第39話 僕の女



そして放課後。


まだまだ楓ちゃんフィーバーは続いており、僕の隣りの席は大混雑だ。


これから、女子を中心にカラオケで歓迎会を開くみたい。僕も誘ってくれはしたが、僕としては皆が楓ちゃん本人との交流をして欲しかったので断った。


楓ちゃんは、正直な所皆よりも僕と一緒に居たいと思っているのは分かっているけれど、僕が独り占めしていたら僕も楓ちゃんも、せっかくのスクールライフが狭い世界になってしまいそうで嫌だった。登下校や昼食はなるべく一緒がいいけれど、常にべったりな関係はお互いにとって良くないかなって思っている。


カラオケから帰る頃に迎えに行く約束をして、僕は高志、美咲、友紀ちゃんと一緒に部室へ向かっている。



美咲「夕の気持ち分かるなー。」



友紀「たしかに夕君とずっと一緒だと私ら以外との付き合いなくなるもんね。」



高志「俺なんてセミ以外の男友達いねーからな。こうなって欲しくはないな。」



夕「高志って昔から何か壁作るよね。その癖彼女はいつもいるよね。」



友紀「高志君てたしかに男友達いないね!どうでもいいけど。」



美咲「夕が男友達と話してると近寄らないよねあんた。キモ。」



高志「つらい。お前らは本当に容赦ないね。いや俺さ、昔イジメられててさ、、、」



美咲「いやあんたの暗い過去とか興味ねーし!今は夕だけじゃなくて私らもいるからよくない?」



友紀「高志君どんまい!ジュース買ってきて。」



高志「買うかー!今イジメうんぬんの話聞いてた?あ、聞いてないよね俺の話なんてね。」



夕「あれ?よく考えればさ、美咲も友紀ちゃんも高志もいるね友達。あれ?もしかして十分じゃね?僕が独り占めしても良いんじゃね?」



友紀「えー!いいのか?ん?あれ?」



美咲「つーか楓の好きにすれば良くない?夕だって今日はきっかけを作ってあげたかっただけでしょ?」



夕「あ、そーだった。高志を基準にしちゃった。そうそう、楓ちゃんは違うもんね。社交性あるもんね。あと、何か急に淋しくなったのもある。あれー楓ちゃんいないなーってなった。」



友紀「左腕もらいー♡」



夕「どわっ」



高志「みぎ、、、」



美咲「どけよ。右腕もらいー♡」



高志「み、深雪さーん!」



そう言って高志は部室に駆け込んで行った。



高志「深雪さーん。俺は、俺はダメなやつだよ…。チラッ」



深雪「たかくん。甘えすぎはダメなんだよ?あざといのは私好きくない。」



高志「……セミー!もう分かんねーよ!助けてくれよー!」



深雪「あ!セミ君きたー♡あ…腕組んでる…いいな…」



美咲「部長さー高志構ってやんなよー。夕が可愛いのは分かるけどさーいい加減こっちが泣けてくるよー。」



友紀「部長、そりゃあんまりよ。高志君と話してる所見れたのは良かったけどさー、夕君との温度差あり過ぎてこっちが凹むよ。」



夕「ねぇ部長。高志が甘えられるのは部長だけなんだよ?あなたがいないとダメなんだよ?僕がいつでもグチは聞くから。今は高志を抱きしめてあげて。ね?」



高志「セミ……」



深雪「そっか。わかった。じゃーおいで!たかにゃん♡」



高志「深雪さーん!!」ガバッ



深雪「ところで、セミ君。今朝の女だれ?」



友紀「女って…。こわ。部長のその擬似ブラコンなんなんだろね。」



夕「高志を抱きしめながら凄く低い声出したね。あの子は僕のフィアンセだよ。楓ちゃんて言うんだ。部活にも入れるつもりだよ。」



深雪「へー…。そう。じゃお姉ちゃんを捨てるんだ。そうなんだ。」



美咲「何この展開。」



夕「高志を抱きしめながら…ま、いいか。部長。例えお姉ちゃんでも僕の女に文句は言わせない。僕同様に可愛がれ。いい?弟からの命令だ。ハイは?」



深雪「はい♡」



友紀「落ちたー!!急なSっ気!!ヤバ!!」



美咲「瞬殺だった!!つか何今の!!ゾクゾクした!!」



夕「明日連れてくるからね。分かってくれてありがとう。頭撫でる?」



深雪「うん♡うん♡」



夕「はい、どーぞ。」



深雪「ちょっとたかくんごめんね?」



高志「はい。待ちます。」



深雪「セミくーん♡かわゆい♡かわゆい♡そしてかっこよい♡あー♡幸せー♡」



美咲「ほんとに何なのこの関係?高志は高志だし。夕だけは素敵だけど♡」



友紀「まじカオスだよね。夕君はほんとにほんとにもう凄すぎだけど♡」



高志「(まだかな…)」



部長を含めた文化交流部のメンバーで二時間ほどわちゃわちゃした後、高志と部長、僕と美咲・友紀ちゃんに別れて解散した。


まだお昼ご飯を食べていなかった事を思い出した僕達は、急にお腹が空いたので牛丼屋に駆け込んだ。



友紀「夕君。夕君や。七味かけてみ?絶対だからこれ。」



夕「え。そう?こんくらい?」



友紀「もっと。あと2回チャッチャして。…そう。…どお?」



夕「…ん?なんか…ん?深み?大人っぽくなった!」



友紀「ね?絶対でしょ?」



夕「絶対かも。」



美咲「夕。お新香半分あげるから。これね?乗せてみ?そんで、お肉と、ご飯と一緒に食べんの。これ、かなりよ。」



夕「あ。ありがと。七味ちょっと掛かってるけどいい?」



美咲「いいよ。」



夕「ん。あ、変わった。何か違くなった!」



美咲「ね?かなりでしょ?」



夕「かなりだねー。」



美咲「あはは♡友紀ー楽しいねー♡」



友紀「うん♡すっごく楽しい♡」



夕「これは…泉にも教えねば。」



ご飯を食べてからは楓ちゃん達がいるカラオケに合流した。そこには女子しかおらず、何故かすんごいハーレムみたいな状況になり、楓ちゃんが止めるどころか煽るもんだから揉みくちゃにされた。美咲達が守ってくれていたけれど、2対8では当然守りきれず、すんごい疲れた。何あのパワー…特に委員長が凄かった…。30分くらいで限界になり、堪らず楓ちゃんを連れて逃げ出してきた。今は帰りの電車の中だ。



夕「なんだったんだ…。」



楓「ごめんね夕君。なんかさー…今日居たメンバーのほとんどがさ、実は夕君の事好きだったんだって。相変わらずモテモテだなー。私の夕君は。」



夕「僕を?まさか。そんなことある?」



楓「そんなことあるんだよ夕君は。中学の時だってすっごい人気だったんだよ?」



夕「え?覚えがない。告白されたのは楓ちゃんだけだし、高校でも美咲達だけだよ?」



楓「それはね、みんなの夕君でいて欲しいっていう集団心理なんだよ。だってさ、好きなアイドルに特定の人いたら嫌じゃない?私や美咲ちゃん達は夕君をアイドルじゃなくて男として見てるから告白しただけの話だよ。私達は実は掟破りなんだよね。ファン心理から言えばね。私の場合は命がけだったから告白出来たけど、美咲ちゃん達はナチュラルにそれが出来た。敵が沢山出来ようとそれが何?って感じでね。夕君の人気ぶりを肌で感じてさ、今日はそれを思い知った。いや、思い出したって感じかな。美咲ちゃんと友紀ちゃん、彼女達はね、凄いんだよ。当時の私なんかよりずっとね。」



そう言って肩を落とす楓ちゃん。手紙では、気弱な面もあった楓ちゃんだけれど、こっちに来てからの彼女はどこか無敵だった。笑顔を絶やさず、凛とした態度で、相手をも包み込むおおらかさがあった。そんな楓ちゃんに、いつの間にか僕は安心していた。彼女は大丈夫。そんな風に思っていた。けど、そっか。無理してたんだ。内心怯えてたんだ。これは、今一度分からせなければならない。君が一体、僕の何なのかを。



夕「そっか、僕はアイドルだったのか…。サインの練習すれば良かったな…。なんてね。僕が皆にそんな風に思われていた事、にわかに信じ難いけれど、僕はアイドルよりも楓ちゃんの男がいいな。それから、美咲達の話ももういいよ。楓ちゃん、忘れないで?僕の女は君なんだから。」



楓「うぅ…ゆうぐん…」



夕「よしよし。居づらかったよね?かわいそうにー。イジメられなかった?大丈夫だった?」



楓「んーん。だいじょぶ。いい子だった。みんな。なかよくなった。」



夕「そっかそっか。良かったね楓ちゃん。僕はねー何か淋しかったよー。2年間も耐えたくせに今日は数時間で淋しかった。不思議だった。」



楓「ほんと?!嬉しいっ♡嬉しいっ♡…ねぇねぇ、ちょっと甘えたいな?公園とかよろ?だめ?」



夕「いいよ。」



楓「あぁ…♡ねぇ?ほんとに私のものなの?嘘じゃない?」



夕「嘘じゃないよ。全部君の。だから、僕の事は好きにしなよ。」



楓「はぅぅ♡あぁ♡心臓が大変だ!一回離れよ…あぁ…だめー!またくっついちゃう!」



夕「あははっ!めっちゃ可愛い今の!あははははっ!」



「甘っ!」「爆ぜろや!」「うらやま…」「バカップルめ…」「今日何食べよ…」「若いなー…」「なんか奥さんに会いたくなった…」「足踏んでやろうかな…」



乗り合わせた客の様々な思いを知る由もなく、二人は仲良く家路…の前に公園へ向かった。



楓にとっては2年ぶりの学校。久しく忘れていた夕の人気ぶり。2年前の告白の前までは、自身も一ファンに過ぎなかった事実。夕の事をキラキラした目で語る彼女達の中に、楓は過去の自分を見た。


フィアンセ。


今現在の立ち位置にどこか現実味が無くなり、自信が崩れていくのを感じた。『私なんて…』そんな思いがよぎり、啖呵を切ったはずの二人に対し引け目を感じた。


そんな楓を、公園で夕は存分に甘えさせた。楓が家に着いてもしばらく赤ちゃん言葉だった程に。


『明日も頑張れる。』フィアンセとしての自信を取り戻した楓はそう思った。



あと、足は踏まれなかった。

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