第38話 少女コミック脳



「はい。おはようございます。約一ヶ月前にね、今日とね、同じようにね、挨拶をしたのがね、つい昨日のようにね、感じますがね、なんだか、ね、皆の顔つきが、ね、夏休み前と比べてね、少し大人びたかなー。なんてね、思う訳ですがね、特にね、3年生はね、、、、、」



日本一「ね」の消費量が多い男として、以前深夜番組で取り上げられた事があり、我が校のちょっとした名物でもある大久根校長は今日も絶好調だ。



僕の隣りで話を聞いている楓ちゃんは、「ね」の度に小さくつま先でリズムを取っている。さすがは元吹奏楽部だね。


それにしても、楓ちゃんは堂々としているな。全校集会の前だったので、実は楓ちゃんはまだクラスで挨拶も出来ていない。職員室から直接生徒の列に加わった形なので、周りの生徒達は「え?だれ?」って目で見ていたけれど、全く気にした様子が無い。時々僕の方を向いてはニコニコと笑顔を向けている。大手術もさることながら、家族しか頼る人がいない異国の地で、沢山の経験を積んだ彼女の度胸は半端じゃないようだ。その姿はまるでアスファルトの隙間から咲く一本の花のようで、可憐で、格好良くて、惚れ惚れする。今すぐ抱きしめたい!そんな気持ちを抑えるのに必死になっていると全校集会が終わった。



楓「凄かった。左足がつるかと思った!」



夕「凄いよね。あの人ね、名前が大久根っ言うんだよ。」



楓「ほんとに?!奇跡じゃん!」



川田(担任)「神田くーん!先生ねーちょっと用事あるからさ、向井さんよろしく!戻ったら紹介するから!あ、席は神田君の隣りにしといたから!向井さん適当に座ってて!じゃっ!」



そう言って急いで先生はどこかへ行った。そうそう、前に、川田先生が言っていた通り、本当に僕らを同じクラスにしてくれたようで、「さらにサプライズも用意したから。」と今朝楓ちゃんを職員室に送った際に言っていた。今のがサプライズだろうか?だとしたら素直に嬉しい。ただ、「あの石鹸のお礼。」とウインクを交えて言われた時は少し心が傷んだ。あれは邪魔だったからあげただけなのに…。



楓「隣りだって!最高のスタートだ!嬉しー♡」



夕「ペアソープ…思わぬ効果を発揮したね!今度は箱でプレゼントしよう。」



楓「だねー♡リボン付きで飾られているのを見た時は申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど…。先生にも彼氏が出来るように祈っておこう。」



そんな話をしながら教室に入ると、皆の視線やら質問やら罵声やらが僕らに一斉に襲い掛かった。罵声をあげた奴ら、顔は覚えたからね。「セミには勿体無い」だの「妹紹介しろ」だのと…浮かれやがって。特に高志、「小6までおねしょしてたくせに!」って何?それお前じゃん。



「セミ君セミ君、クラスラインでフィアンセだって言ってたけどほんと?」



そう聞いて来たのは水野 遥さん。クラス委員長であり、成績学年トップの才色兼備な大和撫子だ。彼女の言う通り、事前にラインで一応楓ちゃんの紹介はしていた。2年間の闘病に関しては、親の都合としか言っていないが、フィアンセであり、同居している事は言ってある。



夕「そうだよ!追々また話すけどさ、それはそれとしてさ、仲良くしてね!楓ちゃんをよろしくね、遥ちゃん。」



遥「そっかー。凄いね。憧れる!それにしてもめちゃくちゃ可愛いね?お似合いだなー…。じゃー後で改めて話しかけにくるね!」



夕「うん。ありがと!」



囲まれて質問攻めにあっている楓ちゃんを放置して取り敢えず僕は席に座った。転校生の宿命だよね。あたふたしている彼女をニヤニヤしながら眺めるプレーに興じていると、友紀ちゃんに頭をポンポンされた。



友紀「楓ちゃん取られちゃったねー。しかしまさか同じクラスとはなー。でもね、夕君。座席は前後の方が距離近いんだよ。夕君起こす係は私にお任せをー。」



夕「えー?そんなに寝るキャラだった?でもその時はよろしくね。いつもありがとう。」



友紀「やった♡まぁ…拒否されてもやるけどね、私は。アハハッ」



相変わらずだね、と二人で笑っていると美咲も近くにやってきた。



美咲「楓フィーバー凄いねー。てかさー私だけ席遠いの嫌だなー。」



友紀「それはちょっと可哀相に思うな。どうせなら皆近くが良かったよね。」



夕「実は時々美咲の後頭部見てるよ。眠たい時コクッコクッてなるの楽しい。」



美咲「それは嬉しいな♪あーあ。夕の体が増えたらいいなー…。あ、ねぇねぇ!もし私と付き合ったらさ、夕は何してくれる?」



夕「んー。みーちゃんって呼ぶ。」



美咲「やー♡ちょー良い!」



友紀「私は?私は?」



夕「そうだなー…あ、背中にすきって書くとか…なんかいいよね。」



友紀「いい♡授業中でしょ?ちょー良い!」



美咲「いいねそれ!あー夢が膨らむ♡ねぇ何か書いて書いて!」



友紀「あ、先越された。」



夕「いくぞ!」



美咲「………え?なんだろ?長くない?漢字?…あ、分かった!肉まんだ!」



夕「正解!やるね!」



美咲「楽しい♡楽しい♡」



友紀「ちょっとちょっと私も!私も!」



夕「じゃー、、、」



楓「コラッ!夕君!フィアンセ放っといて何やってんの!え?本当に何やってんの?え?うらやま!ちょっと!私にもやって!やって!」



友紀「今私の番!楓ちゃんはあっちでチヤホヤされてなよ!」



夕「ベイビーおいで!」



楓「やった♡」



友紀「くぅー…。」



楓「………ん?さ?ん?み…かな?さ・み・し・か・つ・た?あ!さみしかっただ!やだー♡夕君かわいすぎー♡」



美咲「ちょー良い!それ書かれたーい!」



友紀「ねぇ!授業中やってね!やってね!」



「ハ、ハーレムだ…」「どーなってんの?…」「おねしょやろう…」「すげぇなセミ…」「混ざりたい…」「楽しそう…」「悔しい…」「私もして欲しい…」「「「「え?委員長?」」」」



ついつい家にいる感覚で遊んでしまった…と後悔した頃には時既に遅しで、すっかりハーレムキャラになってしまった僕だが、そんな事よりも同じ教室に楓ちゃんがいる現実が嬉しくて仕方なかった。その後、先生が来て、ちゃんとした楓ちゃんの自己紹介も終わった。何故か、楓ちゃんがフィアンセである事を先生が興奮気味に話していて、「フィアンセ特権として卒業まで神田君の隣りの席権を与えます!」と言っていた。どうやらこれがサプライズだったみたい。美咲や友紀ちゃん、あと何故か委員長やら数名の女子が抗議をしていたが結局覆らなかった。有り難い事ではあるが、先生はどうやら少女コミック脳の気がしてならない。先生曰く「婚約者が隣りじゃなきゃ一体誰が隣りに座るワケ?当たり前でしょ?議論の余地がありません。はい、終わり。」とのこと。石鹸の件もあるので、何かこの人ちょっと怖いなって思った。


今日の授業は、体育祭実行委員、文化祭実行委員決めで終わった。僕らの学校では10月に体育祭、11月に文化祭がある。くじ引きで僕と美咲は文化祭実行委員になった。楓ちゃんや友紀ちゃんを差し置いて何故か結果に一番不満そうにしていたのは先生だった。怖い。

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