第32話 神田家の夏休み②

河口湖。富士山と湖と温泉が有名な観光地。僕達が今日泊まる宿は、懐石料理と、富士山が眺められる部屋、そして広い温泉が特徴の旅館だ。チェックインを済ませた後、お母さんだけは宿に残り温泉とお酒を堪能している。僕達3人は、旅館の送迎バスに乗り、絶叫マシンが有名な遊園地に遊びに来ている。



「さすがにお盆だけあって混んでるね!絶叫マシンは待ち時間がヤバいね!」



「だね、楓ちゃん。アレは辞めておこう。あと、アレとかアレも辞めておこう。あ、お化け屋敷もね、言わずもがなね、言わずもがなだから。」



「夕君、何しに来たの?このビビリめ!はい、並びまーす。」



「むむむ。」




「おねーちゃん。おねーちゃんが居てくれて良かったよ。ほんとに。お兄ちゃんはね、『遊園地は人を見る動物園だ』と言って聞かないんだよ。乗らないんだから、ほんとに。今日はやっと、やっとシングルライダーを卒業出来るよ。涙が出るよ。」



「そうなの?じゃ夕君はいつも何してるの?」



「え、何って…一緒に並んで…乗る時は離脱して……つまりアレだ。並びに来てるね。」



「え?何それ修行?!」



「いやいや、楓ちゃん。それがね、もしかして離脱出来ないのでは?強制連行されちゃうのでは?というスリル?これがね、醍醐味。近づくにつれ高まる緊張感はね、ジェットコースターの比じゃないんだよ?乗った事はないけどね。」



「そんな楽しみ方あるの?!」



「それがさ、たかくん もそうなんだよね。いっつもさ、離脱したらハイタッチしてるんだよね、二人は。恥ずかしい。」



「うわぁ。マジか。今までよく耐えたね泉ちゃん。えらい!今日からはおねーちゃんがいるからね?もう泉ちゃんをシングルライダーとは呼ばせないよ!」



「おねーちゃんっ!!ありがとう!ありがとう!」



「楓ちゃん。ありがとなー。僕はジェットコースターと椎茸はどうもね。」



「夕君は勇敢なのかビビりなのか分からないね♡」



「そうだねー。ま、お兄ちゃんは可愛いよね♡」



「天使みたいな笑顔だなお前。だいしゅき。」



「おに♡おに♡」



「もーすぐそうやってイチャつく!私も可愛がって!」



「ちゅーでいい?」



「10秒♡」



「おに♡おに♡」



「泉ちゃん!邪魔しないでー!」



「あーもう!遊園地どーでもよくなってきた!泉!お前しばらくシングルライダー卒業待てるか?」



「おに♡おに♡」



「うん。待てそうだな。よし、ベイビー離脱しよう!旅館戻ってイチャつこう!」



「やったー♡ちゅー1分ねっ!ねっ!」



「いずたんは10分♡」



「おぉ、いずたんは初めて聞いた。ハッピーバースデーいずたん。」



「かえたんは…ん?かえたん?夕君どー思う?」



「んー…よめたんは?コレだとよめにゃんも可愛い。」



「いい♡しゅごい♡」



「ハッピーバースデー。」



………………



旅館に戻ってしばらく2人を可愛がっていると、お母さんがエステから戻ってきた。既にお酒も入っていて、お母さんまで甘えだしたのには困った。凄い嫌だったけれど、今日はママたんとママにゃんも誕生してしまった。さらに、まだ16時で夕飯まで時間があったので、全員で貸し切り風呂に入ることに…。正直お母さんとの入浴は抵抗を感じるが、本人が寂しがるので仕方ない…。



翠「まぁ!綺麗な肌ねー!」



楓「ママンもめっちゃ綺麗ですよ!」



翠「そう?うふふ、ねぇ夕どっちが綺麗?」



夕「お母さんさー予言者じゃなくたって答えは分かるだろ?悲しくなるだけだろ?」



翠「アハハッ!たしかに!」



泉「ママは綺麗だよ!胸も張りがあるし!まだまだいけるね!」



楓「それは凄く思う!私最初見た時に女子アナかと思った!」



翠「マジ?女子アナ?めちゃ嬉しい!まだいける?夕どお?今晩どお?」



夕「もう勘弁してくれ!頼むよ!お願い!」



翠「アハハッ!楽しー!」



楓「ねぇママン!夕君てさ、お父様に似てますか?」



翠「いやー…どーかなー。顔は私似だしね。あの人はね、優しいけどね、勝手なとこあったね。いつも振り回されてたもんね。夕は泉のおかげですげー優しくてさ、いいヤツに育ったね。バカだけどね。」



泉「へー。写真見る限りパパってめちゃくちゃ優しい人だと思ってた。」



翠「そりゃ優しいよ!あんた達のパパだもん。けどね、割と喧嘩っぱやいしね、男はこうじゃなきゃ、みたいな所あったね。夕はさ、基本プライドないじゃん?そこは違うね!アハハッ。」



夕「……くっ。言い返せない。探したけど……見当たらない。」



楓「夕君はそれでいいのよ♡」



泉「そうそう、お兄ちゃんは不思議とそれで格好良いんだよね。なんだろね?」



翠「アハハッ!夕は幸せだね♡夕、あんたのいい所はさ、プライドより大切と思える事を自然に優先できる所だよ?格好悪い所が格好良いんだよ♡」



楓「んー納得!夕君大好き♡」



泉「たしかにねー。なんか分かるなー。」



夕「なるほどな。全然分からん。褒めてんのか?それ。」



翠「ベタ褒めだぜ!マイサン!」



夕「へー。ロックじゃん?マミー、今晩抱いてやろーか?」



翠「アハハッ!楓ちゃん悪りーね!」



楓「ダメー!!絶対ダメー!!」



泉「ママがんば!」



楓「ダメッ!ダメッ!抱くなら私を!今すぐだっていーから!」



夕「ロックじゃん?」



翠「ロックだねー!!夕、いい女捕まえたね!えらいぞっ!」



泉「おねーちゃんも格好良いんだよなー…。憧れるなー…。」



………………



お風呂の後に食べた懐石料理は最高だった。その後のカラオケも楽しかった。お母さんが眠った後に行った湖畔への散歩も気持ちが良かった。


二日目。お母さんの仕事が明日から再開するため、今日は特にどこにも立ち寄らず、まっすぐ家に向かっての帰路についている。



昨日、家族水入らずで入った温泉。水入らずと言いつつも、家族で温泉に浸るのは何だか不思議な話だが、楓ちゃんのおかげで思いがけず父の話も聞けて良かった。


殆ど記憶にない父であり、母を、僕らを困らせた父。だけど、父の事を話す母の表情は柔らかく、幸せそうで、楽しげだった。


死してなお、母にそんな表情をさせる父を僕は誇らしく思い、感謝した。




父さん。あなたの女は楽しそうに笑います。僕達を愛してくれています。



父さん。僕はあなたの代わりにはなれないけれど、僕はせいぜい紡いでいきます。これからも、家族の笑顔が絶えないように。


それが、僕のプライドなんです。




神田家の夏休み。毎年恒例で、今年からは楓ちゃんも加わった。


自宅への帰路。肩にもたれて眠る二人の体温を感じながら、僕は遠ざかる富士山を眺めていた。

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