第24話 勇者カンダー
楓ちゃんが自宅に戻った翌日、僕は早起きしていた。というのも、僕の通う高校では夏休み中に2回ほど登校日があるからだ。理由は分からないが、夏休みの前半と後半に2回学校へ通わなければならない。甚だ迷惑な制度ではあるが、どちらも午前中のみの授業なので大目に見てあげようと思う。
自宅から学校までは自転車で20分、電車を利用すれば歩きを含めて30分程だ。一時期は自転車で通っていたが、放課後に遊びに行ったりする際に邪魔になるので電車通学にしている。
現在の時刻は午前5時。昨夜、今後の楓ちゃんとのスクールライフを考えてワクワクしていたせいか、興奮で眠りが浅く4時に起きてしまった。既に登校準備は整っており、鞄を持ちさえすればすぐにでも出発出来る状態だ。ギリギリでよければ、7時50分までに出れば間に合う距離。今から出てはあまりにも早すぎるので、コーヒー片手にニュースを見て時間を潰していた。
『今日お出かけになる方は、渋滞が予測されますので、余裕を持ってお出かけ下さい。』爽やかなアナウンサーが告げる。
夏休みになると何度かこのフレーズ聞くよなー。そもそも渋滞の先頭は一体誰なんだ?迷惑なやつだなー。
チャンネルを変える。
お、動物特集か。デカイな、ゾウ。だけどヤツらは草しか食わないんだよなー。サラダはダイエットに向いているハズなんだけどなー。不思議だなー。
チャンネルを変える。
ふーん料理ね。海鮮系かー。え、ナマコ使うの?別に嫌いじゃないけどねー。だけどアレを最初に食べた人の気がしれないよなー。スポンジ見て食べてみよっとか思わないじゃん?それと同じようなもんでしょ?不思議だなー。…だけど、見方を変えたら勇者よね。あんなグロいの食べたんだもんね。歴史に名を残していないのが不思議なくらいだな。…勇者かー。なりたいな勇者。いや、疲れそうだから1日勇者とかでいーんだけどさ。ってまだ5時15分かよーテレビも飽きたなー。今行ったら着くの6時前か…まだ早いなー。あ、校門開くのがたしか6時だったかな?朝練の奴らもいるしね。
………あれ?そう言えば、最初に教室に来るのって誰なんだろ。てゆーか、誰も居ない教室に入る気分ってどーなんだろ。最初のヤツって「おはよー」とか言うの?誰も居ないのに?知りたい。てゆーか言いたい。誰も居ない教室に「おはよー!」って。元気よく言いたい。そんで、ポツリポツリと来る生徒を眺めたい。ようこそ、僕のクラスへ、って顔で迎えたい。…ワクワクしてきた!オラすっげーワクワクしてきた!さしずめクラスを支配するマスター、いや、勇者だわ、このクラスは俺が守ってたぜ!みたいな。よし、コレだ!僕は今日勇者になる!「いってきまーす!」。
……………
ガラガラッ!
「お、おは、おはょぉ」…ってやだ。かんじゃった。緊張しちゃった。誰も居ないのに、机と椅子しかないのに。ふぃー照れる。照れちゃう。一人で照れちゃうー。まって、まってもう1回。「神田いきまーす!」よし。気合入った。「神田一度閉めまーす!」ガラガラッ。よし。スーッハーッ。
ガラガラッ!
「おはよーございまーす!」…言えた!よーしよし神田いい子!いい子神田!パンナコッタ!あー楽しい。
まさかね、教室に最初に入る事がこんなに楽しいなんて。知らなかったなー。損してたなー。んーさてさて、僕の席は窓側の一番後ろだ・け・どぉー。もうね、全部座っちゃう。制覇しちゃうの今日は。うふふー。ハイ、吉田制覇ー!ハイ、三好制覇ー!ハイ、黒田制覇ー!……って飽きたな。なんか、女子レーンは気が引けるし。やめよ。さて、では勇者席にて優雅に冒険者達を待つとしますか。
…来ないね。えーっと今6時半でしょ、始業が8時半でしょ、長いね。早い人でも7時半くらい?いつも僕はだいたい8時10分くらいに来るしな。長いね。どしよ。ま、あれだ。こーゆう時の楓ちゃんだよね。あ、脳内のね。例えば…ハッ!!2人でさ、今日みたいなやつやればさ、楽しくない?!それはもう、デートじゃない?!楓ちゃんが誰も居ない教室にさ、元気な声で「おはよ!」って……いや、分からん。それの一体何が楽しいのか分からん。ふつーに一緒に登校するだけで十分楽しいわ。バグってたな今の僕。
ガラッ。
「えっ。」
驚いた。まだ6時50分だと言うのに…。控えめにドアを開けて入って来たのは岡田君だ。いつも座席で本を読んでいて、群れるのを良しとしない孤高の人だ。ただ、話すと面白い人なので、僕は彼が好きだ。特に、彼の話す古代の神々の話は聞いていて胸が熱くなるんだよね。その話はまた別の機会にでも話すが、彼は僕をセミではなく神田君と呼ぶ数少ない紳士な人である。
「あ、おはよ。神田君。早いね。」
「お、おはよ!アハハ!岡田君、君が第一村人だ!」
「ん?あーなるほど、うん、それは光栄だね。何時から来てたの?」
「6時だ!」
「マジか。やるじゃん。」
「だろ?岡田君、君もなかなかだね。まだ7時前だと言うのに。いつもこんな早いの?」
「ふふっ。神田君。今日君が現れるまでは、僕がこのクラスのマスターだったんだぜ。」
「なんと…。やはり先代でしたか。貫禄が違うもんね。」
「まさか二代目が現れるとは思わなんだが…素直に負けを認めるよ。」
「いやいや、今までの君の孤独な戦い。敬服する。今日から君をマスターと呼ぶよ。」
「あ、僕は神田君でいいや。恥ずかしいし、なんか。」
そう言って僕達は固い握手を交した。
「ところでマスター。始業まであと1時間半程ある訳だが、僕はどうしたらいいだろうか。」
「ふむ。僕はいつも本を読んでいるからね、助言は難しいが、例えばね、見て?外。あそこ。」
言われてグラウンドを眺める。すると、ジャージ姿の一人の女生徒が準備体操をしていた。
「陸上部かな?」
「うん。おそらく2年生だ。僕、彼女が好きなんだ。」
「えっ?」
「ふふっ驚いた?好きなんだ、僕。名前も知らないし、この距離からしか見たことはないけどね。」
「驚いた。…じゃ彼女を見るために?そのために早く来ているの?」
「そ。だけど、彼女を見るのは準備体操をしている間だけ。今日もいたな、くらいのもんさ。後は、本を読んでる。」
「……そうなんだ。」
「不思議?」
「うん。ただ、なんか…素敵だなって思ったな。」
「へー。ヘタレとか言わないんだね。」
「いや、文学的っていうの?ま、君の佇まいとか、語り口も含めてだけど、なんか、胸にくるものがあった。」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいね。でも、実際僕はヘタレさ。今度さ、声をかけてみたいんだけど、ビビってる。」
「あ、それは。今だよ。」
「えっ…今?」
「僕さ、勇者になりたくて今日早く来たんだ。あ、分かってるよ?自分が意味分からないこと言ってることはね?ただ、1番最初にこのクラスに入った時点で、僕の目標は叶った。つまり、今僕は勇者なんだ。だからマスター。君に勇気を与えよう。先輩に、おはようと言う勇気を。」
「アハハハハ!君は、本当に面白い!最高だ!うん。勇者カンダーよ、確かに受け取った!では…参る!」
「うん。行け!マスター!」
行ったか…。本、持っていくんだね。
彼が彼女の元へ到達したのは、丁度入念なストレッチを終えた頃だった。彼はこの距離でも分かるくらいに、肩で息をしている。無茶しやがって…。
突然の声がけにたじろぐ様な素振りを見せる先輩だったが、口元を押さえて笑っているように見えた。彼は左手に文庫本を抱え、右手で頭をポリポリしながら、二言三言話した後、ペコりとお辞儀をして戻ってきた。彼が校内に入るまで、彼女は彼の背中を目で追っていた。
「か、神田君!はぁ、はぁ、ありがとう!挨拶、できたよ!」
「見てたよ、マスター。男だった。」
「ははっそうか、僕が、男か。すごいや。…神田君、挨拶して、思った、僕は、恋している!」
「だね。恥ずかしいね。」
「あぁ!恥ずかしいね!」
「でも、最高だよね。」
「最高だ!」
この後、マスターこと岡田君はしきりに興奮していた。本なんか読んでる場合じゃねー!とか言ってた。しかし、次第にクラスメイトが集まり出すと、いつもの孤高のオーラを纏い出し、投げ出した文庫本のチリを払ってから読書を再開した。そして、一度こちらを見て、親指を立てた。いい笑顔だった。
ん、おかしいな…。勇者は僕じゃなかった。
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