第22話 地方の夜、楽しい朝
出張中の仕事を終え、一人ホテルで晩酌をする母の元へ娘からメッセージが入った。
『今日はお兄ちゃんのフィアンセが泊まりに来てるから、明日ママに紹介するね!』
え?突然なに?
『フィアンセ?だれ?』
『元カノ。2年前に事情があって別れちゃった人。』
あー。あの時の。帰って来たんだ。へー…しかしフィアンセねー。そして泉から紹介って…
『わかった!昼過ぎには着くからねー駅弁買ってくから昼作らなくていーよ。』
『やった♡肉だけーはダメだよ?幕の内ぽいのね!』
『はいはい』
ふふ♡いつまでも可愛い娘だわ。あの兄妹に反抗期はないのかしら?夕は可愛い顔して何気に頼れるしな、昔から手の掛からない兄妹で助かるけれど、子育てってこんなもん?なんて思ったりもする。この間の泉の告白宣言だってさ、気になって翌日聞いたら『私やっぱ妹がいい。妹最高!ママ、お兄ちゃんの妹に産んでくれてありがとう。凄い幸せ!パパにもさっきお礼言ったよ。ママ早く帰ってきてね!』なんてさ…ちょっとは泣きついてくるかなーとか思っていたのに、逆にこっちが泣かされるっていう…。最近まで小さかったくせに。はぁ…そしてフィアンセですか…。あなた?何だか勝手に育っていくよ?私ちゃんと親、出来てる?
神田 翠(みどり)40歳。商社勤務のバリキャリは、地方のホテルで頭を傾げる。愛する子供の成長。その喜ばしさの裏では、どことなく達成感の無さを感じていたからだ。入念な準備、細かな調整、様々な苦労があって初めて結果に繋がる。夫を亡くし、子供達のため、そんな仕事の世界で生きてきた彼女らしい感覚であった。せめて明日の会合では親らしくありたい。楽しみでありながら、少し気合も入れつつビールを呷る。向かいに置いた写真立て。出張の時はいつも持ち歩く家族の写真。泉を抱え、にこやかに微笑む夫の顔をコツンと指で弾いた。「ばか。」こぼれた二文字は寂しげだったが、写真の夫が少し困ったような顔をしたように思えて、小さく笑った。
ピコンッ♬
お、今度は息子からだ。
『お母さん、蛍光灯が切れそうだから買ってきて。あ、リビングの、あの短い方ね?長い方じゃないよ?あ、いーや。間違えそうだしお母さん。僕明日買うわ。おやすみ。』
ぶははは!何言ってんだこいつ。
『今の送った意味ある?なんならおやすみだけでよくない?それよりも、もっと言う事なかった?相変わらずバカねあんた。おやすみ。』
『仕事おつかれ。あと、孫の名前考え始めてもいいよ。』
「気が早いよバカ。」そう言って、笑いがこみ上げる。
それにしても、夕の言葉はどことなく優しいのよね。「おつかれ」か、さりげない優しさは、あなたに似たのね。
……………
翌朝、神田邸にて
男に宿る一人のキャンパー。両腕を天使と女神の頭に支配されている夕は、起床後、暫くそのキャンパーに悩まされていた。
(テント、畳んでくれないか?いやいや、邪険にするつもりはないよ?今日も立派、我ながらホレボレしちゃう。けどね、キャンパー。聞いてくれるか?キャンパー。見たら分かると思うけど、僕ね、今身動き取れないの。もし、もしもだよ?今2人が起きちゃったらどう思う?ビックリしちゃうよね?ね?「ねーお兄ちゃん、何か嘘ついた?ピノキオのお鼻みたく伸びてるよ?」とかさ、「あらまぁお可愛いこと。」なんて言わちゃうよ?嫌だろ?プライド傷つくだろ?なぁ孤高のキャンパーよ。テント畳んでくれよ…たのむよ…腕痺れてんだよ…。)ったく憎い。自分の若さが憎い。ただ、キャンパーに話しかけていたら大分治まってきたぞ。しめしめ、ではこの隙に、起こさないように少しずつ頭をずらす作業に移ろう。では女神様からね…ってやだ…ちょー可愛い。白くて柔らかそうな肌だ…少しプックリとした桜色の唇…妖精が滑り台していそうな長いまつげ…そして甘い吐息が鼻にかかっかっかってキャンパー!!何また設営始めてんだバーロー!!「あれれーおかしいぞぉー」じゃねーぞ!!こちとら頭脳も見た目も大人だっつーの!!…そんな、声にならない叫びを上げつつ足をバタつかせていると、「お兄ちゃんうるさい」「あ、おはよう♡」と目を覚ます2人。素早く腕を引き抜き、慌ててベッドから降りて、痺れた腕で小さく手を振りながら、苦笑いで「おはよう。」と言った。前屈みだった。笑われた。キャンパーは堂々としていた。
……………
泉「別に落ち込まなくてよくない?つーか、お兄ちゃんいつもそうじゃん。」
夕「いつもとか言うな!せめて朝は、と付けてくれ!そんな変態兄ちゃん嫌だろ?!そしてバレてたんかーい!」
楓「夕君かわいい♡気にしないでね♡生きてる証拠だよ?」
夕「(おっと…命系はあれだね、どうリアクションしていいか分からんね。取り敢えず勢いで誤魔化そ。)う、うん。だよね!ちょー生きてる!楓!愛してる!」
楓「あ!初めて呼び捨て!よき♡よき♡」
夕「(よかった。なんか大丈夫そう。気にしすぎかな?分かんないや、ま、気をつけよう。なるべくね。)楓、おいで、ちゅーしよ。」
楓「わぁ♡あなたー♡」
泉「(うん。浮かれとるね。いつもの私もこうなのかしら。恥ずかしいわ。反省。からの)ずるーい!おにちゃん♡おねちゃん♡私もー♡ちゅー♡」
楽しい朝であった。
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