第21話 失恋のその先は

目を瞑る度に蘇る光景。


彼が彼女の頬にそっと手を添えて、今まで一度も見たことのない、とても、とても優しい笑顔を彼女に向けている…。まるで、世界が二人だけを祝福しているかのように、その場所だけが優しく煌めいているように見えた。


美しかった。


美しすぎて、思わず目を伏せてしまった。耐えきれず、思わずその場から逃げてしまった。けれど、逃げられなかった。逃げたかったものは、私の中にあったのだから。


戦友。彼女は何かと聞かれたならば、それが一番しっくりとくる。おそらく同じ想いを抱えている彼女が、私の隣りで泣いている。


……………


今日、私は失恋をした。一度ではなく、二度も。そして、相手は同じ人。

一度目の失恋は、そんなに辛くはなかった。彼女の言葉は凛としていて、凄みや覚悟があり、私には到底太刀打ちの出来ない何か…例えるなら、彼女が物語の主人公であり、私は読者の一人に過ぎないような、圧倒的な存在感がそこにはあったからだ。素直に祝福出来たし、読者でありながら、素敵な物語の世界に直接触れる事が出来たような、高揚感みたいなものを感じていたりした。

ただ、二度目の失恋は、容赦なく私の心を抉った。別に、彼から直接何かを言われた訳でもないし、再度告白して振られた訳でもない。さらには、数時間前に諦めた恋でもあったはず。なのに、涙が止まらなかった。

彼のあんな姿…女なら誰もが撃ち抜かれるであろう甘い弾丸のような、果てしなく優しくて甘い笑顔。それが、私ではない別の人に向けられている。私は、その表情に一瞬で恋に堕ちたと同時に、一瞬で失恋してしまった…。

これ以上見ていることが出来なかった私は、すぐにその場を逃げだした。


戦友。彼女は何かと聞かれたならば、それが一番しっくりとくる。おそらく同じ想いを抱えている彼女が、私の隣りで泣いている。


……………


友紀「見なきゃよかった…」

美咲「同感…」

友紀「あんな…あんなの…あんなの…」

美咲「言わないでよ友紀…辛すぎ…」

友紀「分かってるの…叶わないの…叶わないのに…」

美咲「…さらに好きになるとか…ね…」

友紀「ないわ…私らってほんとないわ…」

美咲「マジであのたらし…何なん?マジで魔王なん?どーしたらいいのよ…これ…」

友紀「だけど…夕君以上とか…いるの?」

美咲「…ダメだ。ちょーすき。」

友紀「優しいじゃん?面白いじゃん?」

美咲「頼りがいがなさそーであったり?逆になかったり?」

友紀「包容力があるかと思えば、寂しそうな顔してみたり?」

美咲「甘えたくなるし、甘えられたくもなる!」

友紀「私なんて楓ちゃん一筋な所も含めて好き!」

美咲「それ!てかそれがあるから夕なんじゃない?」

友紀「なる!!じゃえっと…つまり?」

美咲「別にこのままでも幸せってゆーか…」

友紀「だよね…友達だけど…妬いちゃうけど…会えないより全然いい!」


顔を上げ、同時に見つめ合う二人。お互いに、涙で腫れた瞼を見て口元が緩む。


美咲「うん、ま、楓に怒られない程度に、ちょっかい出そ♡ふひひ♡」

友紀「私達にいい人が出来るまでは…怒られない程度…にね、ふひひ♡」


泣いていてもバレずらい。そんな意図で駆け込んだ低温サウナ。指し示す訳でもなく、2人はそこで肩を寄せ合い、一人では抱えきれない想いを吐露しあった。元々ポジティブ思考の2人ではあるが、さすがに此度の失恋はこたえた。好きな人が同じ、失恋のタイミングも同じ、そんな戦友がいたからこそ、僅かな時間で前を向けるようになった。失恋のその先に何があるのかは分からない。怖い。ただ、一人ではない。それだけが彼女達を突き動かす。そんな、儚くも逞しい2人の前に、最大の壁であり羨望の的でもある女性が姿を現した。


楓「あ!いた!ちょっとあなたたちさ!」

美咲「うわー…勝ち組来たー。」

友紀「あらまぁ奥様じゃないですか、何かご用?」

楓「お、奥様って…奥様って…ふふ♡」

美咲「嫌味だよ?!天然か?!」

友紀「攻撃したこちらがダメージを受けたわ…。」

楓「ななな!怒ってるのはこっちなんだよ?」

美咲「はー?今ね、夕の魅力について語ってたんだよ!負け犬が傷を舐めあってたんだよ!邪魔しないでよ!」

友紀「そーだよ!私達はね、諦めたよ?諦めたってね、夕君が好きなんだからね!」

楓「うっ…あの…ど、どんな所が…好き?あのね…教えて欲しいな…だめ?」

美咲「ちょ…絶妙な上目遣い…かわいい…悔しい…」

友紀「やだ…ドキドキした…悔しい…」

泉「みんなさーお兄ちゃんの昔話、聞きたい?」

楓&美咲&友紀「「「うん!!」」」

泉「じゃーまずは私が8歳の時の話なんだけどー……」


こうして、夕を巡る3人、妹を含めれば4人の女子の関係性は、不思議な事に今後も妙なバランスで続いていく。

甘酸っぱくて、甘塩っぱくて、思い出すと頬が赤くなるけれど、かけがえのない時間だったと思えるような、そんな青春を過ごすことになる。


高志「俺も夏してーなー。」

マッサージチェアに座りながらそんなことを呟く青年。彼の青春もまだ始まったばかりだ。

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