第20話 おやすみ

スーパー銭湯を後にした5人は、途中で、美咲&友紀と2人を駅まで送る高志、自宅に戻る神田兄妹&楓ちゃんとに別れた。楓ちゃんの自宅と神田邸は帰る方向が同じで、お互いの家は歩いて15分くらいの場所に位置している。今は神田邸まであと5分位の所の道を3人で歩いている。


泉「楽しかったね!」


楓「楽しかったー!最初に夕君家の玄関入った時はびっくりしたけど、まさか日本に帰って来た途端に夫と妹と友達が一遍に出来てしまうなんて思いもしなかった!今日は本当に最高の日だよ!」


夕「夫……」


泉「あはは!最初は敵が来たと思ってたからねー。でもでも、私もすっごく嬉しいよ!こんなに可愛くて、こんなにもお兄ちゃんを想ってくれる人が姉になってくれたから!」


楓「も、もう!兄妹揃ってどんだけ私を泣かせたら気が済むの?はぁ…幸せ♡あなた、私幸せだよ?」


夕「あなた……」


泉「ところでおねーちゃん、今日はもう帰るの?泊まってかない?料理とか一緒にしたいし。話したいこと一杯あるし。ねぇお兄ちゃんいいよね?」


夕「お兄ちゃん……ハッ!お兄ちゃんは普通だった!えっと、うん!もちろん僕は大歓迎さ!何なら一緒に住もう。うん、そうしよう。」


楓「同居とかめちゃくちゃ憧れるけど、それはお互いの家族に紹介しあった後にしようね♡でも今日は私も泊まりたい!このまま帰るの実は辛いなーって思ってたんだ!ありがとう泉ちゃん、夕君!」


泉「やった♡やった♡明日の昼にはママも帰ってくるから、私から紹介します♫」


楓「あ!それなら一回お土産取りに帰ってもいい?実は二人にもお土産あったんだけど、日本に着いて荷物は家族に預けて、焦って私だけ直行で来てしまったものだから、全部置いてきちゃったの。お母様にご挨拶するのだから手ぶらはちょっと…。」


夕「そっか、分かった!このまま家まで送るには、さすがに僕も手ぶらで挨拶は出来ないから、泉と僕はこのままスーパーに行ってすぐ家に戻るね。もし先に楓ちゃんが神田家に着いたら先に入ってて?はい、これカギ。」


楓「分かった!ありがとう!じゃまた後で!」


そして僕らはスーパーへ、楓ちゃんは一度自宅に戻るため一旦別れた。


楓ちゃんと別れた後は妹と2人。先程までの事がまるで夢だったかのようないつもの日常だ。手を繋いで買い物をする僕達。思えば、手をひく、から手を繋ぐ感覚になったのはいつ頃からだろうか。大きくなったなぁ…。先日の急な告白には驚いたけれど、泉も僕の気持ちを分かってくれたみたいだし、泉の中でも何かが変わったような雰囲気がある。今日なんかは皆の前でちゃんと妹をしてくれていた。楓ちゃんの決意表明が凄かったのもあるけれど、嫉妬する素振りもなく、あまつさえ姉として受け入れてくれた。今一度言うが、大きくなったなぁ…。いつか彼氏が出来て、夫になる人を連れてきて、子供ができて…か、まだまだ想像出来ないけれど、僕は兄として、先輩として、泉が参考にできて、憧れるような恋愛や結婚生活を見せてあげられればいいな。楓ちゃんが相手だから問題は無いだろうけどね。


「お兄ちゃん。プロポーズ…凄く良かったよ。素敵だった。まだ結婚出来ないけど、おねーちゃんを大切にしてね。」


おいおい。どっかから見ていたとは言っていたけれど…聞いてたんかい。さすがにハズいわ。でもまぁ、これが泉クウォリティーだよね。なんか知ってた。


「泉。僕の家族愛をなめるなよ。泉が一番知ってるでしょ?」


「えぇ、痛いくらいに存じ上げておりますわ♡お兄ちゃん大好き♡」


「でも盗聴はダメだぞ。」


「ハハハ。」


「でたよ。」


買い物を終えて自宅に着いた頃、ほぼ同じタイミングで楓ちゃんも到着した。その後は2人の仲睦まじく料理をする姿を、まるで子供のお遊戯会を見る父親のような眼差しで見ていた。そうしていると、時折「ねぇあなた味見して?」と小皿とおたまを持ってくるエプロン姿の楓ちゃん。昔のドラマみたいなシチュエーションではあるが、控えめに言って最高の気分だ。小姑気分の泉が得意げに指図する姿も愛らしい。おままごとと言われればそれまでだけれど、ずっと見ていたい光景だった。今日のメニューは豚汁とコロッケ。普段、揚げ物は処理が面倒だから、と嫌がる泉だが、今日は気分がいいようで自ら「お兄ちゃんの好きなコロッケにしよっか!」と言ってくれた。楓ちゃんお手製の即席お漬物もあったりする。今日は僕の誕生日なのだろうか。もう一度言おう、控えめに言って最高の気分だ!


夕「楓ちゃんおかえりー!&いただきまーす!」


泉「おかいたー!」


楓「ただいまー!&いただきまーす!」


夕「豚汁うっま!」


泉「ほんとだうっま!おねーちゃんやるね!」


楓「ほんと?良かった!コロッケもおいし〜い!」


夕「うむ。このコロッケが神田家の味だ。早く覚えるようにね。」


楓「うん♡」


泉「さっきからお兄ちゃんちょいちょいお父さんモードだよね。」


夕「それな!」


泉「いや、そんな笑顔で言われても。お兄ちゃんのそーゆうとこ何年経ってもよく分からない。嫌いじゃないけど。」


楓「あのさ、二人が揃っている所って実は今日初めて見たけれど、めちゃくちゃ仲良いよね!兄妹ってより恋人?夫婦?みたい。」


夕&泉「「それな!」」


楓「…そっくりじゃん。あー正直妬いちゃうけれど、いずれ私も本当の家族になれると思うとやっぱり嬉しい!でも悔しいからあーん♡」


夕「うっまー!ほっぺた落ちちゃう!そして拾ってまた付けちゃう!」


泉「じゃ、だーりんあーん♡」


夕「No!」


泉「急な拒否?!おねーちゃんが妬くから?そんなのダメ!ダメ…イヤだよお兄ちゃん…」


夕「…あーん!さぁ来なマイエンジェル!あーん!」


泉「ふふ♡だーりん♡かわいいだーりん♡はいどーぞ♡」


楓「す、すごい…速攻で陥落したね。勉強になる…。」


泉「へへっ♡妹歴もうじき15年の私をなめないことね、おねーちゃん!」


楓「師匠…。」


夕「漬物うっまー!泉ソースとって。」


楓「そして通常運転の夕君…」


泉「お兄ちゃんはこんなもんだよ?」


楓「師匠…。」


……………


今日は朝から目まぐるしく過ぎていった。明日が楽しみであり、不安で一杯だった昨日の私がこの事を知ったらおそらく失神すると思う。それぐらい衝撃的な出来事が重なった一日であり、一生分の幸せが一気に降り注いだような一日だった。


今私は神田家にお泊りに来ている。

夕食後に、フランスに渡った経緯、手術や昏睡状態だったこと、リハビリに1年を費やした事等を伝えた。最初は驚いてキョトンとしていたけれど、次第にわんわんと泣きながら聞いてくれた兄妹。夕君に至っては「そんな大変だった時に僕は、僕は…」と自分を責めてしまったけれど、そうなって欲しくないから敢えて伝えなかったし、元気な姿を見せたいから頑張れたことを何度も説明したら落ち着いてくれた。私も切なくなって泣いてしまっていたら、夕君が私を抱きしめ、後ろからは泉ちゃんが抱きしめてくれた。泉ちゃんがいるにも関わらず、堪らなくなって何度もキスをしてしまったけれど、泉ちゃんは優しく微笑んで見守っていてくれた。それにしても、この2人はなんて素晴らしい兄妹なんだろう。ひとりっ子の私にはよく分からないけれど、多分普通の兄弟ではないと思う。仲が良いのは以前から知っていたが、単純に仲が良いレベルの絆ではないと思う。お互いに支えあっている、心底信頼し合っている、そんな感じがして、ヤキモチを通り越して尊敬の念を抱いている自分がいる。私も家族になりたい。けど、この関係に割って入るのではなく、寄り添えるような関係に私はなりたい。さっきは冗談のような流れで同棲の話しをしたけれど、お互いの家族への紹介が終わったら真面目に相談してみようと思う。


……………


夕「うー。今日は凄い一日だったね。名残り惜しいけれどそろそろ寝よっか。さっき泉の部屋に布団運んどいたからそれ使ってね。」


楓「うん!ありがとう。何回も言うけど夕君、泉ちゃんありがとうね。」


泉「私達の中では今日からもう家族だから、気にしないでね♫」


夕「泉の言う通りだね。これからの毎日が楽しみだね!それじゃ二人ともおやすみなさい。」


楓「あー幸せだぁ。あーやばいまた泣きそう!ではではおやすみ夕君!」


泉「お兄ちゃんおやすみー。」


……………


消灯後、泉の部屋にて


泉「ねぇ…おねーちゃん…あの…したい?」


楓「う…それは……うん…」


泉「だよね…けど…さすがに隣りでその…」


楓「う、うんうん大丈夫だよ!それはまた、ね?タイミングというか…その…2人だけの時に…だから大丈夫だよ!」


泉「ごめんね?あ、あのさ、こんな時にっていうか…言わなきゃいけないような気がしてて…あの、実はさ、この間さ、告白したんだよね、お兄ちゃんに。」


楓「え?…告白?」


泉「…うん。抱いてって。もう妹じゃ嫌だって…。」


楓「え…それって…」


泉「あ、あ!違う!違うってか違くないけど…やってないの!振られたっていうか…気付かされたって感じだけど…とにかく今はもう男女関係になりたいとは思ってないから安心して!」


楓「わ、分かった…けど…割りきれるものなの?好きなんでしょ?」


泉「大好きだよ。お兄ちゃんにならいつ抱かれてもいいし、お兄ちゃんが私を女として見るのなら全力で答えるよ。でもね、私達はそんな関係にならなくてもお互いに一生を捧げあっているの。兄妹として。それをこの間お兄ちゃんが教えてくれたの。そしたら、なんか…妹でいられる事が嬉しくて嬉しくて…だから、おねーちゃんから奪うとか全然心配しなくて大丈夫だからね?ただ、家族としてお兄ちゃんは愛しくてたまらないから…その…キスしたり、一緒にお風呂したりは…しちゃうと思う…けど。いいか…な?」


楓「そっか…。夕君はきっと嫌がらないと思うし、いいよ。私、兄弟いないから、兄弟ってどんな感情でお互いを思うのかは分からない。きっと色々な関係性があるんだろうけどね。ただ、今の話しを聞いたり、夕君と泉ちゃんの関係を今日見ててさ、素敵で、羨ましくて、私も2人との絆を強くしたいって思ってた。まだ、1日しか2人と一緒にいないけれど、それでもさ、キスでも、お風呂でも、なんなら肉体関係があったとしても、普通に受け入れちゃうんじゃないかって思うくらいに2人の事が好き。そして、気持ち的には私はもう夕君の妻であり、泉ちゃんの姉だから、妹を怒るし、甘やかすし、守りたいの。だから、何も気にしないでいいんだよ?あなたのしたいように全力で妹をしたらいいと思う。そうやって、いつしか私を本当のおねーちゃんと思ってくれたら嬉しい。私はそこを目指してるよ。」


泉「…すっごい…。お兄ちゃんみたいなおねーちゃんだ…。」


楓「そ、そーなの?似てた?」


泉「似てた…うん、なんか似てた。包容力みたいな…」


楓「へー…。じゃ、おいで?泉ちゃん♡」


泉「おねちゃん!おねちゃーん♡」


楓「おーよしよし♡うー♡やだ可愛すぎ!夕君の気持ちが分かるわー♡」


泉「にゃん♡」


楓「お、いずにゃんだ♡ねぇ、いずにゃん、私やっぱり夕君と一緒にいたい!だから一緒に突撃しない?」


泉「!!こっちだにゃん!着いてくるにゃん!」


いずにゃんの音消しスキルを真似しながら私は夕君のベッドへ潜りこんだ。

すっかり夢の中の夕君だったが、可愛らしい寝顔に我慢が出来なくなった2人の怒涛のキス攻撃に窒息しそうになり飛び起きた。2人を一瞥し、やれやれって感じで頭を掻いたあと「殺す気か!」と言って特に気にするでもなく、両腕に2人の頭を乗せてはまたすぐに眠りについた。私と泉ちゃんは可笑しくて一度笑った後、今度は頬へ何度も何度もおやすみのキスをしてから眠りについた。


長い眠りから目覚めてから約1年、初めて不安のないおやすみを言えた夜だった。

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