第19話 スーパー銭湯②

昼食を終え、僕と楓ちゃんを除いたメンバーはカフェで休んでいる。

ここにきてやっと2人きりの時間をもらえたわけだ。ハーレムごっこも楽しいけれど、僕はやっぱり2人がいい。

手を繋いで館内を歩いていると、おあつらえ向きに二人掛けのベンチソファが空いていたので、自然と僕らはそこに座った。


「いい場所あったね!」


「うん!窓に面してるから二人だけの空間って感じ!嬉しい♡」


そう言って外を眺める楓ちゃん。

嬉しい。僕だって嬉しいよ。君がいるんだから。愛する人が側にいるんだからね。そんな、嬉しい状況…な、はずなのに、ふと僕の心に不安がよぎった。2年前にいなくなった大切な人、ずっと心の中だけにいた人、そんな人がすぐ隣りにいる現実が嘘みたいに思えたからだ。


「こっち向いて?」


そう言って彼女の頬に両手で触れると、ほんのり暖かくて柔らかかった。

不思議そうな顔でこちらを見ている。

よかった…。

確かに彼女はここにいる…。

ホッと安心した僕からは自然と笑みがこぼれていた。

そんな僕を見ていた彼女の瞳は、いつの間にか涙で溢れていた。


「夕君…。」


「うん。」


「夕君…夕君がいる。」


「うん。いるよ。」


「…背が大きくなってる。」


「そうだね。」


「…カッコよくなってる。」


「そうかな。」


「私の夕君…。」


「そうだよ。」


「…夕君…私の夕君…会いたかった…謝りたかった…ずっと…ごめんね…ごめんね夕君…」


そう言って僕に抱きついた楓ちゃんは、ヒックヒックと喉を詰まらせながら、何度も何度も名前とごめんねを繰り返している。

僕は、「おかえり、大丈夫だよ」と呟きながら優しく頭を撫でていた。


2年ぶりの再会にも関わらず、何だかバタバタになってしまった。

本当は、ずっとこうしたかっただろうに…随分と我慢をさせてしまった。


2年ぶり…か。


この2年間、楓ちゃんが帰ってくる保証はどこにもなかったけれど、心のどこかで待ち続けている僕がいた。

だから、今日の再会は心の底から嬉しいし、今まで生きてきた中で最高の出来事だった。

だけど、勝手に区切りを2年と定めることで、完全に過去の恋愛にしようと思っていたのも事実。

帰って来るかどうかも分からない彼女を待ち続けられる程、僕は強くは無かったからだ。

僕は、ただ昔の恋を引きずったまま2年の月日を過ごしたにすぎない。


では、楓ちゃんにとってのこの2年はどうだったのだろうか。

命に関わる病気。それがどんなものなのかはまだ知らない。けれど、彼女は言った、僕に会うことだけを願った2年だったと。それがあったからこそ生きられたのだと。

つまり、彼女が過ごした2年間は、全て僕のためだけにあった。

僕が、仄かな期待を持ちつつも、『過去』にしようと生きた2年間を、彼女は必死に『今』にしようと生きてきたんだ…。


今僕の腕の中にいる彼女が、そんな2年間を過ごしていたと思うと胸が苦しい。今にも張り裂けてしまいそうだ。

そして、何度も謝る彼女を見て、謝るのは僕の方だと感じている。でも、僕が今彼女に言うべきは謝罪の言葉ではなく感謝だ。

感動で高鳴る鼓動、そして溢れる暖かな想い。

僕の事だけを想い続けてくれた彼女への気持ちが、おのずと僕の口を開かせる。


「楓ちゃん。生まれてきてくれて有難う。そして、僕を見つけてくれて、有難う。…楓ちゃん。君が、僕のために生きてくれた2年間と同じように、これからの人生も僕が貰います。その代わりに、僕の全てを君に捧げます。だから、だから生きよう、楓ちゃん。これからは、一緒に生きよう。命が無くなるその日まで。楓ちゃん。改めて言います。僕のものになって下さい。」


「……ぅ…ぅっ…は……ぃ…」


泣き崩れるほど号泣している彼女は、なんとか絞り出した声でそう言った。


本日二度目となるプロポーズの場所は、ムードの欠けらもないスーパー銭湯。指輪もなければ、着ている服は館内着。僕らは15歳。傍からみたら、人生のじの字も知らない子供の戯言。

でも、今はこれでいい。

僕と楓ちゃんの今を、一つ一つ重ねる事が僕らの人生となるのだから。



先程やっと泣きやんだ楓ちゃん。鼻はグズグズだし顔は真っ赤で熱っぽい。まるで赤ちゃんのようだ。あぁ僕のベイビーちゃん。なんて愛らしいのだろう。と、まるで子供をあやすように撫でる僕に とろん とした目で甘えてくる楓ちゃん。ポワポワでふにゃふにゃだ。な、なんだよこれ…可愛すぎだろ…ちょっと…僕もうムリ…溶けちゃう。


楓ちゃんの反則級の可愛さにノックアウト寸前の僕に、いつの間にかソファの縁に腰掛けていたセコンド(妹)がタオルを投げこんできた。


泉「おねーちゃん!もうダメ!お兄ちゃんが幸せ過ぎて死んじゃう!」


楓「ふにゃ?!」


夕「ふ、ふにゃって、ふにゃって言ったよ?泉、お兄ちゃん生きてる?」


泉「んーギリギリあうと!」


夕「死んでるじゃんそれ。」


危ない危ない。まさかツッコミで息を吹きかえすとはね。


夕「泉、助かった!さ、楓ちゃん続きは後で!お風呂入ってアイスクリーム食べよ?」


楓「うん!うん!そうだね!危ない危ない私完全に溶けてた!」


泉「こっちだって見てるだけでのぼせるかと思ったよ?美咲ちゃん達は早々にギブアップして今頃泣きながらサウナ入ってるよ。」


楓「………み、見てたの?」


泉「ハハハ。」


夕「笑って誤魔化す選手権断トツでビリだなお前。」


プロポーズの時点から密かに監視されていたと知り、プリプリと怒っていた楓ちゃんは、浴場で女子ーズに説教を始めたが、プロポーズを思い出してはデレるというプリデレを発揮して傷心女子2人をさらに傷つける結果となったらしい。そこですかさず泉が過去のお兄ちゃんエピソードでフォローを入れると、すぐに2人も目を輝かせ、めでたく一致団結と相成ったそうだ。

僕達男組は特に岩盤浴にも興味がなかったため、マンガを読んだり例の如くしょーもない話をして過ごしていた。その後は女子達とまた合流してアイスを食べ、17時に皆で帰路についた。

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