第14話 守られてあげる
心の底が冷たい
体の中が震える
言葉が出ない
涙が溢れる
僕は、何を思っているのだろう。
この感情は一体、何なのだろう。
泉が、僕の妹が、僕を、男と…
女?女として?
女として…だと?
僕は。
僕は。
僕は。
僕は…………そっか…僕は、怒ってるんだ。
「ふっっっざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
僕は叫んだ。
「えぇ?!ちょっ!お兄ちゃん?!違うの!ふざけてなんかないの!本気なの!!」
このやろう。
ここにきてまだガタガタとぬかしやがる。
僕は立ち上がり、勢いのまま、妹の肩を掴んで言葉を続けた。
「泉!」
「は、はい!」
「泉が生まれてから、お前が僕の妹じゃなかった日が1日でもあるか?」
「え?」
「あるか?」
「な、ないけど…」
「エリートめ。」
「はぁ?」
「お兄ちゃんはな!お、お、お兄ちゃんはな?い、泉がな?あのな?くそぅ…グスッ、グスッあの、、、」
「う、うん、うん、お兄ちゃん。ちゃんと聞くから、ね?お兄ちゃん一回さ、鼻かんだりしよ?私もさ、やばいから。ね?はいティッシュ。」
………
「はぁ。。。ありがと。うん。あのね、泉が生まれてね、お兄ちゃんはね、初めてお兄ちゃんになる事ができたの。泉がね、僕をお兄ちゃんにしてくれたんだよ?」
「う、うん」
「ちょっと長くなるけど、聞いてね?」
「うん、きくよ。」
「あのね、あれは、僕が7歳の時のこと。泉がまだ保育園だった時のこと。お母さんと一緒にお祭り行った時にさ、僕が何かに気を取られて、泉の手を離してしまった事があったんだ。」
祭り囃子の音、屋台からの匂い、まるでタイムスリップしたかのように浮かぶ情景。その中に幼い頃の泉の姿が浮かんで、また少し涙が流れた。そんな僕を見て、つられるように泣く泉。
「結果、泉は迷子になった。お母さんと一緒にどれくらいの時間探したのかな?分からないけれど、その間僕は怖くて怖くてしかたがなかった。お母さんに怒られる事も怖かったけれど、泉と、もう…会えないんじゃないかって。もう…手を繋げないんじゃないかって。怖くて怖くて泣きながら泉の名前を呼んでいたんだ。 」
「グスッ…うん…グスッ」
「…あの日、手を離してしまって、ごめんね、泉。」
「そ、そんな前のこと、覚えてないってば…」
僕は泉をそっと抱きしめて、優しく頭を撫でる。泉の涙や鼻水ですぐにシャツがびちゃびちゃになり、ウッウッと漏れる嗚咽と熱い息が胸元にかかる。びちゃびちゃで、生暖かくて気持ち悪いけれど、なんだか、愛しくて、全然不快じゃなかった。
そんな愛しくて愛しくて仕方のない妹へ、僕は続けて語りかける。
「あの時、テントの中から係のおじさんに手を握られて出てきた泉は、お母さんと僕を見た途端、ぐっちゃぐっちゃに泣きながら僕の所へ駆け寄って来たんだよ?お母さんではなく、僕の元へ、真っ直ぐにね。おにいぢゃーんおにいぢゃーんて。さっき、泉は覚えてないって言ったけど、僕はあの時の光景を、力いっぱい僕に抱きついてきたあの感触を、絶対に忘れない。だってね、お兄ちゃんは、その日に誓ったんだ。泉を不安にさせないぞ、今度は絶対に手を離さないぞ、最強のお兄ちゃんになってやるぞって。」
僕に抱きつく泉の腕が、ギュッと力を込めてくる。ふふっ。イテーよ。いつの間にか、こんなに大きくなりやがって…。
「知ってたか?あそこに飾ってある鉄仮面ライダーのお面、あの日に買ってもらったんだぞ?鉄仮面ライダーみたいに、最強のお兄ちゃんになると誓った、証なんだぞ?」
「あのお面…そうだったんだ…。ちょっと怖いから苦手だったのに。えへへ。そんなの聞いたら…大好きになっちゃったな。はぁ。もう…お兄ちゃんは、ほんとに、ほんとに…(最強だなぁ。。。)」
僕は泉を少し離し、目を見てゆっくりと告げる。
「だから、泉。お兄ちゃんから妹を奪わないでほしい。」
「え…」
「お前が僕を男として見てくれた事は嬉しい。けど、男女の関係なんかじゃ、僕は満足出来ない。だって何があろうと泉は僕の妹で、家族だから。泉、僕はね、彼女や奥さんよりも確かな、絶対の繋がりじゃないと、嫌なんだ…。」
「お兄ちゃん…」
「ねぇ…泉?…お前がいたから僕は…えっと…分かんないや…なんか…寂しいよ…」
最後の一言は弱々しく、私を抱きしめたまま、崩れる様に膝をつきながらの言葉だった。
私は、一生を捧げるつもりで、決死の想いで兄へ告白をした。それは、私の勝手な想いであり、独占欲であり、何時までも兄を繋ぎ留めるための呪いの言葉でもあった。
どんな形であれ、優しい兄が、この想いを無下にするはずが無い、と打算があった気もする。
しかし、最初に向けられたのはまさかの怒りだった。予想だにしない展開に心臓が止まるかと思った。
でも、やはり兄は優しかった。
私の想いを受け止めた上で、ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、優しく兄の想いを聞かせてくれた。
今、私は後悔をしている。
兄を、大好きな兄を不安にさせてしまった。
私が一生を捧げようと決意する遥か昔から、とっくに兄は私に、一生を捧げてくれていたんだ。
だから、男女という不確かな存在になりたがる私に、言いようのない不安を覚えたんだ。
最初に怒っていたのは、不安で、怖かったからだよね?ごめんねお兄ちゃん。ごめんね。。。
私達はずっと一緒だった。
居ることが当たり前の二人。
私が妹だから、寂しい思いをしないように、私を守ってくれていると思っていた。
確かに、私は守られていたし、私には兄が必要だった。
だけど、私が兄を必要とするように、兄も私を必要としてくれていたのだと、今、分かった。
お兄ちゃんも寂しかったんだね。私が側にいたから、お兄ちゃんも頑張れたんだね…。
私は嬉しい。
私は幸せだ。
兄と私のそれぞれに、ちゃんと居場所があるんだもの。
しかも、誰も入って来れない特等席が。
はぁ。。。なんか、馬鹿だったなぁ。
気づけば、兄へ対する有り余るパトス的な、異性へのそれが薄らいだ気がする。
今は、なんというか、母性?凄く、凄く優しくて、温かくて愛しくて…。
キスしたい。
「えいっ。」
「ふぇっ?」
「なんで?なんでちゅーした?」
困惑する兄に構うことなく、私は何度もキスをした。
異性に対するそれではなく、兄への、家族へのキス。
変なの、全然ドキドキしないや。
恋から愛へレベルアップしたのかな?
うん、なんでもいいや。
ありがとうや、ごめんねや、これからもよろしくねって気持ちを、唇に込めて。
「おにちゃーん♡おにちゃーん♡ちゅっ♡ちゅっ♡ちゅっ♡」
「ちょっ!ちょっと!おまっちょっ!」
「ふふふ♡さて!お兄ちゃん!!」
「へ?」
「私さ、守られてあげる。妹だから。ずっと。ずっと。一生。」
「う、うん。」
「嬉しい?」
「嬉しい。」
「かわいい?」
「かわいい。」
「愛してる?」
「うん。」
「愛してる?」
「…愛してる。」
「私もー♡じゃ、寝よっか?」
「え?一緒に?」
「うん♡」
「いいけど…」
「あ、シャツ変えてね。」
「うん…」
なんだったんだ…。
それから、甘えんぼモードだったり、お姉さんモードだったり、よく分からないテンションの妹に翻弄されつつも、なんだか疲れていたので、僕も、妹もすぐに眠りについたのだった。
鉄仮面ライダーのお面は、翌日から妹の部屋に飾られた。
日焼けた壁に白く残るお面の跡が、妹の成長を物語っていた。
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