第8話 一週間の恋人
「えっ?!来週引っ越し?フランスに?!」
告白の後、中庭のベンチに誘った私は、必死に謝りながら引っ越しの事を告げた。
病気や手術の事は言えないので、親の都合で、1年くらい?とボカした説明になってしまったけれど。
当然だけど、彼は驚いていた。
告白を受けてくれた嬉しさはもちろんあったけれど、この時ばかりは申し訳無さでいっぱいだった。嫌われる事も、怒られることも覚悟していた。
そんな私に、彼は少し悩んだ素振りを見せた後、「これは、部活なんかやってる場合じゃないよね!デートに行こう!僕、憧れてるやつがあるんだ!」と無邪気に笑って私の手を握ってくれた。
私は一瞬で、今後の事なんて考えられなくなった。
今、この瞬間が全てに思えた。
校門に続く中庭は、下校の生徒が沢山いたはずだけど、私の目には彼しか映らなかった。
何もかもが楽しくて、ふわふわで、幸せで、幸せで、幸せだった。
夢のようだ。信じられないけれど、今私は、この病気にさえ、感謝してしまっている…。
…………
「ねぇねぇ夕君夕君、さっきさ、私の事好きって言ってくれたけどさ、それってさ、いつから?」
「それは、あれだ。さっき!」
「えっとー、私が告ったから?」
「そう!あれはヤバかった。一瞬で恋に落ちたよ!なんなら僕の方が好きだね。今は!」
「うっわぁー!嬉しい!勇気を出してよかったなぁー!でもさ、私はさっきよりも夕君が好き!ベスト、いやもう神だっ!」
「か、神?!うー。じゃ僕は、ウルトラ、いや違うな、そーだな…べ、ベイビー…」
「あははは!なにそれ!でもそっか、赤ちゃんには神さまも勝てないかもね♡」
「だ、だよね!いいか、ベイビーちゃん!これから少しスピード上げるからな!そしたら、『風になってるぅ〜』って言うんだぞ?それで完成だから!」
「なにが?あははは、うん、でも分かった!ダーリン♡」
「あ、ダーリンはダメ。」
「急に冷静。なんで?」
「妹が時々そう呼ぶんだ。妹がチラつくと僕はお兄ちゃんモードを発動してしまう。楓ちゃんは彼女だから、彼氏でいたいんだ!」
「そ、そう?…じゃ……ハズバン!」
「…夫か…いいね。じゃ、行くぞベイビー!」
「よし!行っけー!ハズバン!」
僕は今、楓ちゃんを自転車の後ろに乗せて絶賛デート中だ。憧れてたんだ、これ。ほんとは海沿いの道をスイーッてしたかったけど、この辺海ないしね、仕方がないから駄菓子屋に向かっている。
突然の告白、突然の恋、突然の彼女。
そして、一週間の期限。
正直な話、頭がついていけていない。
だけど、僕は恋に落ちた。既にぞっこんだ。これだけはハッキリしている。さらに、両想い。必要な条件は揃っている。ならば、進もう。好きな人と好きなだけ、好きなことをしよう。
一週間を永遠に、一生の思い出にするんだ。そんな決意を胸に、僕はペダルに力を込めた。
…………
映画も見た、キスもした、ハンバーガーショップで何時間も話した、ふくれた顔、お腹を抱えて笑う姿、別れ際の悲しそうな顔、ぬくもり…ここ数日で沢山の彼女を見て、沢山の彼女を感じた。僕は今、ベッドにいる。眼下には彼女がいる。目を潤わせて上気を帯びた赤い頬。僕は、胸を締めつける想いに任せて、彼女を、抱いた。
耳元であなたの声が聞こえる。
優しい眼差しが私を見つめる。
唇に、あなたが触れる。
汗で滲んだ肌が重なる。
段々と、激しくなる吐息。
愛おしさが、溢れてくる。
涙と一緒に、溢れてくる。
私とあなたが、一つになる。
…最初は、想いを伝えるだけでよかったはずなのに。
私は今、全てを手に入れてしまった。
これは、これは手放す訳にはいかない。
死ぬ訳にはいかない。
生きたい。
絶対に、生きたい。
…………
『夕君。私の夕君。あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はきっと空の上です。嘘をついてしまった事を謝ります。ごめんなさい。でも、もし夕君が飛行場まで来てくれていたら、私はきっと飛行機に乗る事が出来ません。詳しくはまだ話せないけれど、それだけは絶対にダメなんです。私は必ず帰って来ます。1年後なのか、2年後なのか、まだ何とも言えないけれど…。酷いことをしているよね。ごめんね。だから、待たないで。決して待たないで下さい。私はあなたのものです。何があってもあなたのものです。彼女を作ってもいいし、時期がきたら結婚してもいいんだよ?ただ、もし、今一度私があなたの前に、あなたの前に現れた時は、全力であなたを奪いに行くから、覚悟だけはしていてね?ふふふ。ついつい脅してしまった。あなたの女は随分自分勝手だね。夕君、夕君、一週間の恋人は今日で終わりだけれど、人生で最高の一週間をありがとうございました。私は、世界一の幸せ者でした。大好きよ、夕君。落ち着いたらまたお手紙します。未来にこの続きがある事を願って。またね。
あなたのベイビーちゃんより。』
昨日彼女は言った。明日の夕方、飛行機に乗ると。
苦しくて、悲しかった。悲しいけれど、見送りをするつもりで、眠れぬまま朝を迎えた。
母が、手紙が来てたよ?と渡してくれた。
所々、涙で萎れた手紙だった。
今、僕の手元で恋が終わった。
絶叫。
慌てて僕の元へ来た母と妹。
母に抱きしめられ、妹は一緒に泣いてくれていた。
窓の外、一筋の飛行機雲が伸びていく。
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