第7話 向井 楓①
生きたい…
会いたい…
会いたい…
会いたい…
会いたい…
「……あ…い……た…」
「か、かえで??楓?!楓?分かる?楓!」
「い……ま、ま?ママ?あれ?」
「かえでーーーー!!」
「ママ!いたた!あれ?あれれ?」
…………
『生存率10%以下、たとえ成功しても、術後意識が戻らない可能性も十分に考えられる。』
中2の夏、脳に出来た腫瘍を取る手術が必要だった私は、少しでも生存率を上げるためにと、家族と共にその道の権威ある先生がいるというフランスへ渡った。
検査や説明等のため、しばらくは家と病院を何度も行き来する生活が続き、実際に手術を受ける事が出来たのは、春を迎えた頃だった。
無事に手術は成功したものの、私はずっと昏睡状態が続き、奇跡的に目が覚めたのは、蝉が鳴り止まぬ8月に入った頃だった。
「蝉、セミか、ふふ。まさか、起こしに来てくれたの?」
…………
命に関わる手術を受けるため、フランスに行く事になった件に関しては、先生にしか伝えていなかった。
高い確率で死んでしまうかもしれないなんて、友達にも言う事は出来なかったから。
学校側には、9月に入ってから引っ越した事だけを伝えるように、親からも頼んでもらっていた。
病気のこと、手術のこと、未来のこと、不安で不安で仕方がなかった。
何度も何度も泣いたし、感情的になって家族に酷くあたった事もあった。
だけど、学校では普通に過ごすように心掛けた。
友達や部活仲間に心配されたりしたら、何かが一気に壊れてしまいそうで、怖かったから。
病気のことは、そこまでひた隠しにした私だったけれど、この気持ちだけは、どうしても隠す事が出来なかった。
この気持ちを伝えずに死んでしまうなんて、まさに、死んでも嫌だったから。
…………
中学に入学して間もない頃、帰り道を1人で歩いていると、サッカーボールを抱えて走ってくる少年が、私の横を凄い速さで通り過ぎていった車にはねられそうになり、とっさに横っ飛びで避けたのはいいものの、避けた先が水の張った田んぼで、足を取られたまま、動いては倒れ、動いては倒れを繰り返していたので、道に落ちていた木の棒を差し出して助けてあげた事がある。
長い独白になったけれど、私にとって初めての恋がここから始まった大事な瞬間だったので、どうか目を瞑ってほしい。
それにしても、助けた方が恋に落ちる、なんてね、普通は逆だろうと思うけれど、彼のあのハニかんだ笑顔と、泥だらけのくせして「送るよ。」だなんて、おかしくて、可愛くて…ドキドキした。
それから、特に発展はなく、病気の事が発覚してからも、普通のクラスメイトとして過ごし、教室で彼の姿を見る、部活で走り回る彼を見ている、それだけで幸せだった。
手術に向けての段取りが概ね決まり、1学期が終了してから引っ越す事が決まってからは、一時は気持ちを伝えるべきか否かで迷っていたけれど…。
私は後悔したくなかった。
…………
命がけ。
その言葉が、今の私以上に似合う人はそう多くはないだろう。
何だか、映画の主人公にでもなった気分だ。
もう、時間がない。
一瞬でもいい。あの人の横に並ぶチャンスは、今しかない。
「あなたの女になりたい。」
か、か、か、かっこつけちゃったぁぁぁぁぁぁ!
私、こ、こんなキャラじゃないんだけど?!
ただの地味眼鏡ですけど??
映画の主人公のくだり??アレでなんか変なスイッチ入っちゃった?!
ちょーしこいちゃった?!
ヤバいよこれ!ど、どしよ!どうしよ!
てか今、「うん」って言わなかった?!
言った?!言ったよね?
き、聞けなーい!顔見れなーい!
いや、いいの。うん。
例え断られても、いいの。
少しでもこうやって彼の横に並んでみたかっただけだから。
目標は達成、よ。うん。
けど、けど「うん」て言った…よね?
あれ?さっきもここ通った?あれ?
あ、止まっ…
「僕のものになってほしい。」
死んでもいいと思った。
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