第6話 真夏の事件簿



"僕は今、帰りたいと思っている。


心底、そう思っている。"



今朝、いつもの時間にセットしたままだったアラームを止め、もう少し寝ていようと二度寝を決め込んでから数分後、ズカズカと部屋に入り込んできた妹に「ヨーグルト買ってきて。」と激しく体を揺さぶられ、強引に起こされた所から僕の夏休み1日目が始まった。



コンビニまでは徒歩5分。自分で行けよと思いつつも「アロエ?」とか聞いちゃう社畜体質な僕を誰か癒やして欲しい。



ヨーグルトと菓子パンを買って自宅に戻り、みょーに甘えんぼモードの泉を適当に相手しつつリビングで朝食を摂る。さて、もう一回寝るかな?マンガでも読もうかな?と自室に戻ってみると、そこでは事件が起きていた。



嘘だろ?!…エアコンが動かない…だと?



猛暑、かどうかは知らんが、7月に入って日中は30度を下回る事がほぼ無く、今日も朝からふつーに30度を越えている。これからもどんどん暑くなっていくというのに、今日から夏休みだというのに…。



どうしたものか。


ついさっきまで元気よくお仕事をしていたエア・コンさんが夏季休暇に入ってしまった。無断で。



リストラ待ったなしの暴挙ではあるが、仕方ない。彼も疲れていたのだろう。


しかし、困った。何とか戻って来てくれる方法はないかと、したたる汗を拭って考えていると、「な、なんか暑くない?この部屋、え?エ、エアコン壊れたの?じゃさ、じゃさ、私の部屋来なよ、ね?私は別に構わないし?」と何だか早口で言う妹に違和感を感じつつも、リビングは広い分電気コストも掛かるため、取り敢えず妹部屋へ居候させて貰う事にした。



これが、間違った選択だと後悔する事にさして時間は掛からなかった。



「それでさ、こっちのピンクの方なんだけど、ちょっと子供っぽい?やっぱこっちかな?あ、でもバックに合わせるならこれがいいかも!どう思う?あ、着てみないとあれだよね、ちょっと待ってね!」



「いや、良くない?さっき見たし。全部かわいいって。」



「そ?じゃ次は髪形なんだけどー。」



待て待て待て!もう勘弁して!何なんだこの罰ゲーム!もうお兄ちゃんの褒め言葉ストックはゼロよ?寧ろマイナスよ?つらい!つらい!マジむり!



「いや、泉ちゃん?僕ね、読みたい本あるからね?また今度にしよ?ね?」



「は?意味分かんない。あ、いーや。じゃ抱っこして。」



「なぜに??いや…うむ。来な、マイエンジェル。」



「ふふっ♡だーりん♡」



胡座をかく僕に背を向ける形でドサっと乗っかってくる妹。許可を出してから秒の早ワザである。



あーウザい!ウザいけど…かわいい!ウザカワ!ちくしょーめ!!



かれこれ2時間ほど泉のファッションショーに付き合い、早い段階から帰りたい帰りたい(自室へ)と思っていたけれど、こうしてくっついては甘えるマイエンジェル(妹)を相手するのは悪くない。



変わらないなー。お兄ちゃん子でいてくれるのはいつまでかなー?なんて嬉しくなったり、ちょっと寂しさを感じたりしてしまう。



いつか来る兄離れを覚悟しつつも、自分から甘えて来る間は全力で甘えさせてあげよう、と決意する僕であった。



にゃーにゃーと、自分を子猫ちゃんだと思い込んでいる妹の相手をしていると、いつの間にか昼になっていた。



そういえば電気屋に修理の依頼をしないとね、と電話を手に持った途端、「ちょっ!ストップ!ストップ!ま、待ってて!」と僕を止めて咄嗟に部屋を出て行く泉。



何事かと思って追いかけてみると、必死に背を伸ばし、エアコンのコンセントを差し込もうとしている妹の姿があった。僕の部屋で。



「お、おまっ!」


「ち、違うよ?別に。違うよ?」


「違うかボケー!現行犯じゃねーか!」


「違うからー!!」



そう叫びながら僕を押しのけてダッシュで部屋に戻ろうとする泉を捕まえ、くすぐりからのごめんなさい14回の刑に処した。



先程の、エア・コン氏殺害未遂事件を取り調べた所、エアコンを止める事で僕を強制的に自室へ連行し、少しでも甘えていたかった、等と供述していた。


何やってんだあいつ。かわいいかよ。



しかし、甘やかし過ぎも問題だな、と全力甘やかし宣言は一旦引き下げる事とした。

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