第4話:真
イリスの元で、魔王の祝福の研究という名目で、魔王について調査した。
魔王が書いた手記などを見る機会に恵まれ、ついに、魔王の呪いの正体が分かった。
それは真法だ。
調査の過程で、マ法には2つの種類があることがわかった。
世界の法則を一時的に騙し惑わせる魔法と世界の法則を永続的に書き換え真実の法則としてしまう真法。
テムが普段使うマ法は前者の魔法、賢王や魔王が行ったのは後者の真法である。
そして、真法には魔法にはない代償が必要だった。
それは命。
自分の命でも他者の命でも構わないが、動物の命ではだめである。意志ある人族か魔族の命でないといけない。
魔王の手記には、どのように真法を使うかは記載されていなかった。
しかし、人を殺すことで、命の力をため込み、真法を行使することができるアイテム『律法の短剣』が存在することがわかった。
その場所は、イースト大陸でも最北の土地。
かつて、魔王が君臨していた魔王城の地下に存在することがわかった。
『律法の短剣』を手に入れるために、3人は旅に出る。
しかし、3人での旅は長く続かなかった。
イリスにアリスとテムが人族であることがばれてしまったからだ。
それからは、テムとアリスで共に魔王城に向かうとしたが、これも長続きはしなかった。
テムがアリスと仲たがいをした。
テムの望みは、人族に掛かっている死んだ時にアイテムを落とす法則がなくなるだけでよいと考えていた。魔族と人族が仲良くなり、平和になる世界を望んだ。
しかし、アリスの願いは違った。
アリスの望みは人族に掛かっている死んだ時にアイテムを落とす法則を人族でなく魔族にすり替えることだ。魔族を全滅させて、かつての賢王が築いた国を超える国家を作ることを願う。
そして、イリスもイリスで願いを持った。
愛するテムが人族でないのなら魔族にしてしまおうと。
三者三様、異なる願いを抱きながら、各々、魔王城に着いた。
魔王城の地下。
テムが着いた時には既に、アリスとイリスの戦いが終わりを迎えていた。
立っているのはイリス。
アリスは、片足がなくなり、地面にひれ伏していた。
まだかすかに息は残っているようだが、イリスのマ法で肉体の所々が氷漬けになって動ける状態ではない。
対するイリスも無傷ではない。
アリスのマ法で皮膚は焼かれ、爛れている。
肩で息をしているが、まだ立ち上っている。
その手には、『律法の短剣』が握られていた。
テムはイリスとアリスの間に割り込む。
「テム君、どいて、わたくしはあなたを殺したくない」
「俺は、二人に争ってほしくなかったんだけどな」
テムは、内心もう手遅れだとわかっていた。それでも、親しかった人が争うのは見ていられなかった。
「これ以上、邪魔するなら、おとなしくしていただきますよ」
イリスはテムに向かって、氷漬けにするマ法を打ち、テムは氷像のように動かなくなった。
「あとはあの女の命を使ってテムを下等な人族から魔族にしてあげるね。なんていったって、テム君はわたくしの運命なのだから」
「それは御免だな」
イリスのマ法を解除したテムが反応する。
「なんで、テム君は氷漬けされていないのかしら?」
「昔なら素直に教えられたのにな……」
テムは、マ法の真実を知ったことがきっかけで、常人を遥かに超える成長を遂げた。
マ法の本質が、世界の法則を誤魔化し、欺くことである。
テムの使用する偽装のマ法で、他の人がかけたマ法に対して、さらに欺くことができることに気づいた。
テムはイリスが行ったマ法の内、「氷」という部分を偽装のマ法で、「氷」を「水」に書き換えた。
それだけで、イリスが得意としている氷のマ法を防ぐことができた。
その瞬間であった。
ひれ伏していたアリスがイリスに向かって、炎のマ法で心臓を貫く。
イリスは、吐血し、その場に崩れ落ちる。
「私ももう長くはなさそうですね。最期にわたくしとおしゃべりに付き合ってください」
「ああ」
「テム君。わたくしは頑張ったんです。テム君に好かれたくて苦手な料理も頑張りました。魔王の祝福の調査に手伝いました」
「ああ」
「ねえ、わたくしのこと好きでしたか?」
「好きだったよ」
「わたくしはあなたの一番になれましたか?」
「……ああ」
「へへ……嘘つき」
それがイリスの最期の言葉になった。
テムはイリスの持っていた『律法の短剣』を回収し、アリスのもとに向かう。まだぎりぎり意識が残っていた。
「なあ、テム。私は何か間違っていたのだろうか」
「間違っていないよ。ただお互いに目的が違ったからだ」
「私はもうだめだが、テム、お前の願いを叶えろ。私の行動が、私の命が、無駄でないということを証明してくれ」
「無駄じゃないよ。アリスがいなかったら、俺は、魔王の呪いを解こうだなんと思いもいたらなかったよ」
「そうか。そうか……。その言葉で私は少し救われた気がする」
テムは『律法の短剣』でアリスとイリスのことを殺す。
アリスを殺した時に、銀色に輝くソルが一枚落ち、乾いた音が魔王城に響いた。
テムはそのソルを拾うことはしなかった。
二人分の命を吸った『律法の短剣』を手に持ち、テムは初めて真法を使おうとする。
そして、一つ致命的なことがわかった。
支払う代償が足りないことに。
魔王も賢王も真法を使用するために、何百もの命を払ってであろうことが推測できた。
今まで存在する法則を完全に消す、あるいはまったく新しい法則を足すのに必要な
この場に存在する生命力では足りない。
できることといえば、今まで存在する法則をほんの少し書き換えるかぐらいしかできない。
テムは悩んだ末、一つささやかペテンを世界にかけることにした。
テムは、真法を放つために全力を出す準備をする。
「そういえば、この偽装もいらないな」
テムは、自身にかけていた偽装を解く。
魔族と偽るための角は消失し、イリスが惹かれた端正な仮面は消え、ごくごく平凡な顔をのぞかせた。その素顔はアリスも知らない。
右頬についている傷をポリポリと掻く。
アイーシャが死んだ時にドロップしたソルを握る。彼女が近くにいる気がした。
「アイーシャが死ぬことのないような平和な世界を」
テムは自らの心臓に『律法の短剣』を突き刺し、最初で最期の真法を解き放った。
…
……
………
世界からテムは消えた。
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