第2話:夢
東は、人族と人族の争いだけではない。
魔族領と人族領の境界線があるので、魔族相手の争いも存在する。
魔族領と人族領の境界に当たる土地は適度に雨があり、肥沃な土地なので、本来は農業に向いている場所である。
しかし、常に争っているので、逆に食料を必要とする土地となっている。
国境線付近にいる氏族は、人族に手をかけず、魔族を殺すことを目的とする魔族殲滅主義者が多い。
魔族が人族を殺して得たアイテムをさらに奪うことで生計を立てている。
今回ペソナが商談する相手も、この手のタイプだと伺っている。
ペソナ一行は、食料や武具がたっぷり詰めた輜重を馬にひかせて、境界線近くにある村に着く。
筋骨隆々の相手方の氏主がペソナ一行を快く迎え入れる。
相手の氏主の表情を見て、初っ端から戦闘にならずほっとした。
ペソナは村一番の建物の中に入り、商談を始めた。
ペソナは他の人からなめられないようにマ法で自分の容姿をいじっている。テムも容姿をいじるコツは聞いている。
残されたテム達氏子は、交代で荷物の見張りをしながら、手の空いているものは、相手方の氏子と交流をしている。
昼頃になり、カンカンと鐘の鳴る音がする。
相手方の氏子達は、みな険しい顔をする。
「どうしたのですか?」
「魔族の襲撃だ」
周りの人が指さす方向を見ると、砂埃が舞い上がっているのが見える。
ペソナの氏子の一部は初めて見る魔族を前にバラバラに逃げ出した。相手方の氏子はまだ落ち着いている。
商談をしていたペソナ達が戻ってきた。
「テム坊、森に逃げた奴を可能な限り集めろ。戦闘は勝てないと思ったら避けても構わない」
「お師匠はどうするのですか?」
「商談は終わっていないから、致し方ないが、この場に残って迎え撃つ。オレが万が一やられたら、お前が氏子をまとめろ」
相手方の氏主も慣れたてつきで指示を飛ばしている。
「アリス、お前は女と子供を連れて、森へ逃げろ」
「それは聞き入れがたいな。どうして魔族が前にいるというのに戦わせてくれない」
相手方の氏主がアリスと呼ばれる真っ赤な髪を持つ少女ともめている。
釣り目で、テムよりも身長が高い。
勝気で、躍動する生命力が有り余っているような印象を受けた。
「アリス」
「……。わかったよ。やればいいんでしょ。戦えない者は私についてこい」
アリスは、真っ赤な髪の毛を靡かせて、先頭に立ち、非戦闘員をまとめあげる。
テムは、この辺りの土地勘のあるアリスに付いていく方がいいだろうと考え、アリスの後ろについていき、森の中に逃げ込む。
しばらくすると、村から戦闘の音が聞こえてくる。
襲撃してきた魔族は多く、村にいた者たちでも食い止められなかったのか森の中にも20人以上の魔族が入り込んでく。
足の遅い者もおり、魔族からの遠距離マ法の射程範囲に入ってしまう。
後ろから氷の弾丸や石の礫がマ法で飛んでくるが、アリスが炎のマ法で撃ち落とす。
「おい、テムといったな。お前は何ができる」
「幻を見せる力だな」
「ふん。非力だな」
「幻の力を甘く見てほしくはないな……。例えば、こんなことができる」
テムは偽装のマ法で、黒い霧を生み出す。
追ってきた魔族は、その黒い霧の正体がわからず、霧の中を進むことをためらった。そして、テム達がどっちの方向に逃げたか見失ったようだ。
「うまく、撒けたようだ。助かった」
「それより、俺と協力しないか?」
テムにしてみれば、自分だけが逃げるだけなら容易い。
しかし、ペソナの指示で、散り散りになった氏子を探さないといけない。
魔族が生きている状態で氏子を探すのは、テムにとって望ましくない。
この場で魔族を倒しておきたい。
「構わない」
「アリスは、魔族を同時に何人相手どれるか?」
「3人が限界だ」
テムは偽装のマ法で、幻を作り出し魔族の集団を分断する。
分断された魔族をアリスが炎のマ法で倒していく。
各個撃破を繰り返し、森に入ってきた魔族は全員倒した。
最期の一人を倒した後、テムは地面に座り込んだ。
マ法の使い過ぎで、精神力が枯渇していた。
一方、アリスは肩で息をするものの、まだ戦えそうな余力を残している。
「君がいて助かったよ」
「こちらこそ」
「なあ、テム。君には夢があるか?」
「夢?特にないかな」
「私は、魔王の呪いを解き、再び賢王の時代を取り戻すことが夢だ。呪いさえ消えれば、人族同士の争いも減り、強い国家を作ることができるだろう」
「いい夢だな」
後で知ったのだが、アリスは賢王の血を引いているらしい。
「さきほど君のことを非力と言ってすまない。謝らせてくれ。そして、もしも私の夢に共感してくれたら、君の力を、私のために使ってくれないか?」
アリスはテムに向かって手を差し伸べる。
テムはアイーシャが死ぬことのないような平和な世界を望んでいた。
しかし、その望みは叶うことのないものだと思い込み、特に行動はしていなかった。
目標も夢もない空っぽな人間。
それがテムだった。
そんなテムにとってアリスの語る夢は輝かしく見えた。
テムはアリスから差し出された手を掴む。
テムは自分が少しまともな人間になった気がした。
その後、散り散りになった氏子達を集めて、村に戻る。
村は所々、建物が破壊されている。
ペソナの氏子も相手方の氏子も何人か帰ってこない。
まだ逃げているのか、死んでアイテムになったのかはわからない。
テムはペソナの元に行き、アリスと共に行動したい旨を伝える。
「好きにしろ。お前の人生なんだ。……まあ、本当はお前に、この氏族を受け継いでほしかったのだけどな」
「すみません」
「オレはオレの元から離れる不孝者に何か餞別をくれてやるほどやさしい人間じゃないぜ」
「はい」
「胸ポケットにある物は見逃してやるよ」
「ありがとうございます」
テムはペソナに深々と頭を下げる。
テムがアイーシャの落としたソルを1枚抜き取っていたのは気づいていたようだった。
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