第18話 ファーストキス
「お前!月子に何を言った!」
お母さんの家の前でアイツがドアを乱暴に叩きながら叫んでいた。
私はただ家の中で耳を塞ぎ、うずくまっている。
「このクソ女!俺の大事な娘を誘拐して何をする気だ!」
「この犯罪者ー!出てこい!」
お母さんが警察を呼ぶ。
その後、裁判所にて度々嫌がらせの電話があったこと、ポストに鳥の死骸やゴミを入れるなどの迷惑行為や家のドアに名誉毀損まがいの張り紙や落書きをしていたことが明らかになり、父親が私にしたことも明るみにし、しかるべき措置をとり、親権は母の方に渡ることとなった。
高校も母の家から遠いので別のところに編入することになった。
次の高校は進学校だったが、校則はゆるく、ピアスやメイク、華美でないなら染髪もOKだった。
私は、編入記念とのことで、左耳にピアスを開けた。
ズキズキ痛むピアスの穴。
その日は夏祭りで、屋台で買い食いしてる人、川辺や神社で涼む浴衣のカップル、金魚掬いに夢中になる子供や取ったばかりのスーパーボールをはずませながら走る子もいた。
そんな中、一人の女の子に目がいく。
白地に黒のストライプ柄、紫の牡丹柄の浴衣。
顔は中性的な顔をしている。
髪は短く、髪飾りはしていない。
唯一しているメイクは唇にほんのりと紅をさしているだけ。
それが嫌味がない程度の色気を放つ。
まだ中学生くらいだろうか?
カタ、カタ、と馴れない足つきで下駄の音を鳴らす。
彼女がクラッと倒れそうになったので、すぐさま抱き抱えた。
真っ直ぐで華奢な肩。細い首筋から除く白いうなじ。
私は彼女の脇に手を入れ、ひこずるように道の脇の人通りのなさそうなところへ連れて行った。
こういう時、男ならお姫様抱っこできるんだろうけど、腕力がないのでこうなった。
屋台でドリンクを買い、彼女に飲ませる。
左隣に座り、右手で肩を抱いて左手でストロー付きのカップを持って、彼女の口に運ぶ。
薄目を開け、ゆっくりとちゅうちゅう吸ってる様がなんとも可愛らしい。
「大丈夫?」
「人に酔ってしまったみたいで……ごめんなさい」
「いいよ。大丈夫。気にしないで。お連れの人はいる?彼氏とか、友達とか」
「ええ!?か、彼氏⁉︎」
真っ赤になってあたふたする彼女が可愛くて、ら思わず笑ってしまった。
「あはは。ごめんごめん。1人……だった?」
「うん。彼氏……とか、男の人は興味なくて、むしろ、お姉さんがいい」
「え?だ、ダメだよ」
「ダメなの?」
上目遣いで私を見る彼女の瞳がキラキラと星みたいに光って、綺麗だと思った。
通りすがりの名前も、年齢もわからない、だけど……
彼女は目を閉じて唇を寄せてきた。
いいのかな?
こんな可愛い子が私を?
唇と唇を優しく触れ合わせるだけのキス。
その一瞬だけのキスが、すごく長く感じる。
少し硬くて薄い唇。
彼女の口から少しだけオレンジジュースの香りがした。
「オレンジジュース、ごちそうさま。『またね』」
「あ、待って……あれ?」
人混みの中、彼女を見失う。
あれが、ファーストキスだった。
遠くの方で花火が上がる。
自分の唇を中指でゆっくりとなぞる。
あの子は、誰だったんだろう?
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