第5話 いい月夜ですね

深夜にやっているラーメン屋に入る。

「いらっしゃい!席空いてるよ!」

「白湯ラーメン。麺を豆腐に変えてください」

ここのラーメン屋は麺を湯豆腐に変えてくれるから、深夜に食べても罪悪感がない。

でも、なんでラーメンのスープに豆腐を投入しようと思ったんだろうか?

謎である。

ほどなくして、料理が運ばれてきた。

レンゲで一口スープをすする。

濃厚な塩と鳥の熱いダシがガツンと舌先にくる。

「うまー」

レンゲで一口大に豆腐を崩し、口に持っていく。

唇についた瞬間にプルリンとそれが揺れ、ちゅるんと口の間を縫って滑り込んでくる。

「んんんー」

人は本当にうまいものに遭遇すると、語彙力をなくし、ただ料理を堪能するだけに意識が集中するという。

湯豆腐に集中しすぎてインスタに投稿するための画像が撮れなかった。

この湯豆腐、きゅうちゃんと食べたいな。

あの子はこれにどんなリアクションするんだろうか?

わー、湯豆腐!?珍しいね!

とか?

それだったら嬉しいな。

ラーメン屋行って湯豆腐なんて、店主さんは変わってるね。

とか?

ラーメン屋だからラーメンたべなきゃでしょ?

とか言って普通にラーメン食べるかな?

それもまたいいな。

そういえば、ここのラーメン食べたことないや。

初体験を一緒に……

そして……

いや、ダメダメ!まだ早い!

会ったばっかりだよ!

それに、相手は男と女どっちが好きかわかんないし!

その前に、初対面で挨拶もなく出ていっちゃったのはまずかったかも。

まずはお友達の前に、ちゃんとはじめまして、って言うべきでしょ!

うわ最悪。

人としてサイテーだ。

もうダメだ。嫌われた。

絶望的な気持ちに苛まれ、せっかくの湯豆腐の味がしない。

ドアが開く音がした。

「こんばんはあ!いい月夜ですね」

振り返ると我が目を疑った。

きゅうちゃんが、いた。





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