第4話 スライム令嬢は若公爵を介抱する
デートした後で私とロバート様の関係は急速に接近していった。
彼は悪魔の申し子として忌み嫌われているので、王宮の仕事はあまりなかった。
悪評をはねのけるために子供の頃から訓練していたので、剣の腕もかなりのものだが騎士として働くこともなかった。
この王国が魔族と戦争をしているときに、公爵が仕事をしていないのはまずいということで、魔法省で闇魔法の研究をしていた。
ロバート様は珍しい“闇属性”の魔法を使えるのである。
闇属性は魔族が得意としている魔法で、人間族で使える人は少ない。
そういうところも、悪魔の申し子と言われる原因になっていた。
仕事の少ない彼だから、時間は比較的自由に使える。
早い時間に帰宅して私とお茶を飲む時間が増えた。
私とお話しながらお茶を飲む彼は、とても幸せそうに見えた。
そんな幸せな生活にも暗雲が垂れこめてきた。
ロバート様が体調を悪くされて床に臥せったのだ。
魔法医師の診断では闇属性の魔力が活性化して体を蝕んでいるらしい。
魔力を抑える薬を飲んで様子を見るしかないということだった。
「サーラ、君に心配をかけて済まない……」
彼は高熱が出て苦しいはずなのに、私の手を握って微笑んでくれた。
「ロバート様、薬を飲んでお元気になって……」
私は祈るような気持ちで彼の手を握りしめた。
その後は祈りも虚しく、彼の容態は悪化していった。
とうとう意識を失ったまま眠るだけになった。
私は使用人たちが寝静まった後にロバート様の部屋に来ていた。
ワンピースをスルリと脱いで下着姿になる。
下着も脱いで裸になると、彼のベッドに潜り込んだ。
(スライムの吸収スキルで悪い闇魔力を吸い取るしかないわ……)
ロバート様の身体に密着して悪い闇魔力を抜き出す。
彼の身体は高熱を発していたけど、しばらく吸収していると体温が平熱に下がってきた。
(もう少し……うん……あぁ……)
私は異質な闇魔力を受け入れて苦しくなってきた。
もともと持っていた私の魔法属性はスライム使いとしての水属性なので、水が闇で黒く濁っていく感じである。
出来るだけ闇魔力を吸収してから、使用人たちに見つからないように服を着て自分の部屋に戻った。
その日、私は夢を見た。
赤いドレスを着た赤い髪の女性がニタリと笑って近づいてくる夢である。
その女性はロバート様と同じ褐色の肌をしていた。
私はうなされて、そして直感した。
あの赤髪の女性は実在する力のある魔族……魔王だと。
私はそれから毎日、ロバート様のベッドに潜り込んで、悪い闇魔力を吸収していた。
彼は容態が落ち着いてきたけれど、私は体調不良に悩まされてきた。
水属性の魔力が闇に汚染されていくのだ。
夢の中に赤髪の魔王の女性は毎日現れていた。
魔王は私を殺そうとしていた。
(魔王はロバート様を手に入れようとしている。そして、私が邪魔なんだわ)
翌日、部屋で休んでいると侍女のマールが駆け込んできた。
こんなに慌ててマナーを忘れているなんてただ事ではない。
「サーラ様、魔王軍に第二騎士団が敗北しました! 王都まで魔王軍が進軍してきます!」
のっぴきならない事態だった。
私は崩れ落ちそうになった。
魔王軍が来ているなら彼女も来るはず。
――魔王!
突如、ガシャンとロバートの寝ている部屋の窓ガラスが割れる音がした。
慌てて駆けつける。
途中でグルンと目が回る感覚がして、魔法を使われたのがわかった。
見るとマール達侍女と執事が固まったように動かなくなっていた。
(時間を止める魔法? そんな高度な時空魔法を誰が……)
ロバートの寝ている部屋に行くと、赤髪の美女が空中に浮かんでいた。
腰まである長い髪でもみあげのところでロールしていた。
目はつり上がって意思の強そうな顔をしている。
「あら? 時間を止める魔法が効かなかったのね」
「貴女は誰?」
「魔王カミラよ」
私は愕然とした。
やはり夢は本当だったのだ。
「魔王がなぜここに?」
「そこで寝ているロバートは私の許婚者なのよ」
「そんなこと……」
「ロバートは三百年前に死んだ大魔王ルーゼウスの子孫なのよ。だから強大な闇魔法の素質を持っているわ」
魔王カミラは床に降り立つとロバートの頬をなでた。
「生まれた時から私と結婚することが宿命付けられていたのよ」
その手をロバートがつかんで払い除けた。
「勝手に結婚するなどと決めるな!」
「ロバート様、目が覚めたのね」
私は胸の前で両手を組んで、祈るような目を向けた。
「俺が大魔王ルーゼウスの血を引いているだと? ふざけるな、それでどれだけ迫害されたと思っているんだ!」
ロバートはベッドから起き上がった。
「だから迎えに来たのよ。人間の国にいても貴方は幸せになれないわ。でも、魔族の国に行けば私と結婚して王配になれるのよ」
魔王カミラは妖艶に笑った。
「魔王のお前と結婚などしない。ここにいるサーラは俺と真実の愛で結ばれているんだ!」
「真実の愛ですって? ロバート、そこにいるサーラという女が本当に人間だと思っているの?」
魔王カミラは嘲るような目を私に向けた。
私はギクリとなって身をすくませた。
「どういうことだ?」
ロバート様はベッドの脇においてあった剣を手にとって構える。
「教えてあげるわ。その女の真実の姿を」
魔王カミラは一瞬で移動して私のそばに来た。
そして、私を抱きすくめて首筋に牙を立てる。
「私の種族は吸血鬼族なのよ」
首筋から血と一緒に何か大事なものが抜かれていく。
私の人化の術が解けてスライムの姿になった。
ただ、首から上だけは人間の姿を残していた。
「頭は残さないと話ができないものねぇ。オーホホホ!」
魔王カミラは高笑いした。
「サーラ、君は一体……?」
ロバート様は呆然としている。
私は混乱を極めていた。
「ロバート様、ごめんなさい……」
「アーハハハハ! スライムのくせに人間と結婚しようと思っていたの? 笑っちゃうわ!」
魔王カミラはゲラゲラと笑っている。
「サーラ……」
「……」
私は混乱から立ち直ってきた。
まだ終わった訳じゃない。
魔王カミラを倒して人間の姿に戻ればやり直せる……と信じたい。
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