第3話 スライム令嬢は若公爵とデートする
一ヶ月ほど経った頃、ロバート様が私に声をかけた。
「サーラ、明日、街に行かないか? 新しいドレスとか装飾品を買ってあげるよ」
私はびっくりしたけど、ニッコリと笑った。
これって、期待していいのよね。
ドレスや装飾品をプレゼントしてもらえるって、ただの居候の令嬢にはありえないだろう。
やっぱり、ロバート様は私のことが好き?
「旦那様、とうとうその気になったのね」
「いいことだわ」
侍女や使用人たちが噂している。
ロバート様はその黒髪と黒瞳と褐色の肌で悪魔の申し子のように言われている。
今まで知り合った女性は、怖がるばかりでまともに交際してことがないらしい。
二十四歳にもなって婚約者はおろか交際中の女性もいないロバート様は跡継ぎが出来ないことを危惧されていたらしいのだ。
私は自分がスライム令嬢なので、ロバート様が悪魔の申し子でも気にならない。
人間、色々事情がある。
彼も私が理解者になってくれることを期待しているのだろう。
その期待に応えるつもりだ。
私には帰る家がない。
このミッターマイヤー公爵家にずっといられるようになりたいのである。
ロバート様が私のことを好きになってくれるのなら、その気持も利用するつもりである。
もちろん私も彼のことは好ましく思っているけど。
でも、虐待されて育った私は、男の人を愛するということがどういうことなのかよくわからないのである。
デートに誘ってくれたのなら、もっと親しくなって“愛する”と言う気持ちを確かめてみたい。
そんな気持ちで明日を楽しみにすることにした。
翌日になり、私とロバート様は馬車で噴水前の広場に来ていた。
「一ヶ月前にここでサーラと出会ったんだ」
「懐かしいですね」
馬車を降りて話をしながら歩く。
ロバート様の距離が近かった。
コロンのほのかな匂いがする。
私は思い切って彼の腕に自分の腕を絡めてみた。
ロバート様は少し驚いたようだけど、嫌がる素振りはない。
「まさか悪魔の申し子の俺が令嬢と腕を組んで歩くとはな……」
彼は自嘲するように言う。
「悪魔の申し子なんて酷いです。ロバート様はこんなに優しいのに」
私は彼の顔を見ながら腕に胸をグイグイと押し付けた。
スライムボディで盛っているので肉感的である。
ロバート様の顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「恥ずかしいことだが、俺はこの歳まで女性と付き合ったことがない。今日もデートに誘っておきながらどうしていいか分からないんだ」
「私もです。男の人と付き合うのは初めてです」
私は今までになくご機嫌だった。
「ロバート様のしたいことを何でもしていいんですよ。私が合わせますから」
潤々とした瞳で見上げると、彼は顔が真っ赤である。
私も上気して顔が火照っていた。
傍から見ていればラブラブな相思相愛のカップルに見えるだろう。
私は男の人を愛するということがどういうことなのか、本当に知りたいと思った。
私たちは少し歩いて、“マダム・テクチュアの店”というドレスを売っているお店に入った。
「この店は王都で有名だからいい商品があるだろう」
「いらっしゃいませ~。私がオーナーのテクチュアです」
店の奥から上品な四十代の女性が出てきた。
「俺はミッターマイヤー公爵だ。サーラに似合うドレスを十着ほど見繕ってくれ」
「こんなに美人の令嬢ならどんなドレスでも似合いますわ。今すぐ採寸して用意しますね」
テクチュアさんに促されて試着採寸ルームに入る。
店員さんに服を脱がされて、採寸されて色々なドレスを試着するすることになった。
Aラインの人気のドレスやプリンセスラインの可愛らしいドレスなどを試着させてもらった。
試着するたびに試着採寸ルームを出て、ロバート様に見せに行くのである。
「サーラ様は美人でスタイルが良いですから、ドレスが映えますねぇ」
ロバート様は熱っぽい瞳で見つめてくる。
やっぱり彼は私のことが好きなんだわ。
恋愛経験がなくてもこれだけ態度に表してくれば分かるのである。
結局はドレスを十着購入して、ミッターマイヤー公爵邸に届けてもらうことになった。
その後は、装飾品を売っているお店に行った。
店長から宝石を薦められる。
「私、青い宝石が好きなんです」
「それではこちらのサファイア、ブルーダイアモンド、タンザナイトなどはどうでしょう?」
薦められたものとは別のもっと青い宝石が目にとまる。
「これは?」
「それはアウイナイトです。別名をアウィンとも言って、ヘルマン国のアイフェル地方で産出される珍しい宝石です」
「まぁ……」
溜息をついてロバート様の方を見ると、頷いてくれた。
「欲しいものは何でも買うといい」
購入したドレスの色に合わせて宝石も色の違うものを色々と購入した。
ネックレスやブローチなどに加工してから公爵邸に届けてくれることになった。
傾国の悪女になった気分だわ。
こんなに高いものを次々と買ってもらうなんて。
お店で随分と時間を使ったのでお腹が空いてきた。
「最近人気の貴族が利用するレストランがあるんだ。そこへ行こう」
ロバート様に案内されて、ベジータナパと言う名前のレストランに入った。
彼が適当に注文して料理が届く。
「貴族は野菜を殆ど食べないだろう。それが良くないという料理人がいて、野菜を使った高級料理の店を開いたんだ。それがこのレストランだよ」
言われてみるといつもの公爵邸の料理よりも、野菜がたくさん使われている。
「薄味でそれでいて繊細な味付けで美味しいわ」
「そうだろう」
「公爵邸の料理ももっと野菜を使った方が健康にも良さそうですね」
「そうだな、料理長に言っておくか」
食後にラズベリーリーフ茶が運ばれてきた。
リラックスしてお茶を楽しむ。
「サーラに言っておきたいことがある」
ロバート様が真剣な目をして私を見つめた。
「……?」
私は可愛い顔をして小首をかしげる。
「俺は本当に呪われた悪魔の申し子なんだ」
「そんな事……!」
「毎晩、夢の中に赤いドレスを着た女が出てくるんだ。凄まじい美女で頭に角が生えている。人間じゃない、魔族だ……」
ロバート様が吐き出すように言うと、私は息を呑んだ。
「それも強い力を持った魔族だ。おそらく魔王に近い……」
「でも、夢の話なんですよね?」
「ただの夢じゃない。その魔族の女は俺の名前を呼んで手招きするんだ。それに誘い出されそうになる……」
私は頭の中がぐるぐると渦巻いて、何も考えられなくなった。
魔王みたいな女がロバート様の夢に出てくる。
人間の女ならキャットファイトをやってでも、ロバート様を奪い合うけど、相手が魔王ではどうにも出来ないかもしれない。
「この国は今、魔王軍と戦っている。君の父親も第二騎士団の副団長だから出征している」
「はい」
「魔族が侵略してくるのは俺に原因があるのかもしれない……」
「そんな……考えすぎです……」
「こんな不吉な話をして済まない。でも、サーラには隠し事はしておきたくなかったんだ」
「私もロバート様のお力になりたいですわ」
「ありがとう。そう言ってくれるだけで心が軽くなるよ」
その後は重苦しい雰囲気になったので、二人共無言で馬車に乗り公爵邸に戻った。
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