12
身体を起こした幼女は立ち上がり、頼りない足取りで歩き出した。
そんな姿が見てられず、レネが慌てて幼女のことを支える。
「こ、ここは……? うッ!? 頭が……いたい……」
「そんなフラフラなのに無茶しちゃダメだよ。ほらここで横になって」
レネが再びソファーに寝かすと、幼女は呻くように言う。
「うぅ、何も思い出せない……」
「もしかしてその子、記憶喪失なの?」
驚きながらいったピュリーの言葉に、幼女の顔が物悲しいへと変わった。
不安でしょうがないのだろう。
頭痛を堪えながら、その小さな体を震わせている。
「大丈夫だよ。記憶なら時間が経てば戻るって」
レネがそんな幼女を励ますと、彼女は不安そうに口を開いた。
「わたしの……名前は……ティ……ティ……」
「ティティっていうんだね。覚えたよ。いいから無茶しないで休んでいて」
レネが声をかけると、ティティと名乗った幼女は気を失うように眠ってしまった。
それからレネは、ゴゼンとピュリーに頼みごとをした。
まず幼女がこの国――ブルーム王国の出身であるか。
もしそうならば幼女の両親の捜索。
もし違う国から来ているのならば保護と、彼女の素性を調べてほしいと。
「当然、引き受けよう。そういうことも私の仕事のうちだからな」
「ボクもオッケーだよ。頼れる人がいないような子のことは必ず守るのが主義でね。記憶がなかろうがその子がモンスターだろうが、絶対に見捨てたりしない」
――ティティが家に来てから数日後。
ロニーの提案で、彼女も掃除屋フィガロの従業員として働いていた。
それは人手がほしかったということもあったが、何よりも家でじっとしているよりも、体を動かしているほうが気がまぎれると思ったからだった。
「どうティティ、そっちの掃除は終わった?」
「うん、終わったよ。掃除屋の仕事っておもしろいね」
ティティはかなりの働き者で、ゴゼンやピュリーとは違い、掃除屋の仕事も楽しんでやっていた。
彼女がいうには、自分の力で部屋が綺麗になっていくのが心地よく、毎日違う仕事場――場所へ行けることが嬉しいらしい。
屋敷に住宅、さらには酒場や馬小屋など、ブルーム王国とはいわなくてもどこの国にでもありそうな現場ばかりだったが、ティティにとっては目新しいようだ。
それと、ロニーの自作であるぜんまい仕掛けの機械がお気に入りのようで、必要もないのにぜんまいを巻いては、動く機械を見てキャッキャッいっている。
今日は王宮にある兵舎の清掃だ。
これはゴゼンが、いい機会だからフィガロ姉妹に頼もうということで依頼された仕事だった。
この兵舎は住んでいるのが男性のみということもあり、汗臭く床も壁も汚れ放題だったが、人数の増えた今の掃除屋フィガロにとっては半日もあれば終わらせられる。
「よし、そろそろお昼にしよう。ゴゼンも戻ってくる頃だしね」
「やった! ごはんごはん~!」
ロニーに皆に声をかけると、レネが嬉しそうに飛び跳ねていた。
ティティには何が嬉しいのかわかっていないようだったが、何故だか彼女の真似をしてピョンピョン飛んでいる。
ピュリーは仕事で疲れ切った顔をしていたが、そんな二人を見て笑みを浮かべていた。
それから四人は兵舎を出て、外にあったテーブルにテーブルクロスを敷き、持ってきていたバスケットから食べ物を取り出す。
今日の昼食は、肉や野菜、卵などをはさんだ豪華なサンドイッチ。
簡単に調理できるうえに気軽に食べることができ、工夫次第で栄養バランスも良くなるという理由から、今回の料理担当だったピュリーが用意したものだ。
「美味しい! 美味しいよピュリー。さすが世界中を旅する盗賊だね」
「盗賊に料理ができるか不安だったけど、上手いもんだね。イケるよ、こいつは」
「だからボクは盗賊じゃないからッ! 冒険家だって何度いわせるんだよ!」
レネとロニーが料理を褒め、ピュリーが訂正を求めるいつものやり取りをしていると、そこへゴゼンが戻ってくる。
彼女もこれから昼食を取るようで、ロニーたちと一緒にサンドイッチをいただくことになった。
「それで、ティティのことは何かわかったの?」
「ああ、それなんだが。子供が迷子になったという報告は一件もなかった。それから考えるに、どうやらティティはブルーム王国の出身ではなさそうだな」
横に座ったゴゼンにロニーが訊ねると、ピュリーも会話に参加する。
「ボクも一応近くの村や町を調べてみたけど、行方不明とかそういう話はなかったよ」
「そうなると、もっと遠くの国からここへ来たことになる、という話になるけど……」
ロニー、ゴゼン、ピュリー三人の視線が、目の前にいるティティのほうへと向けられる。
そこには、レネとサンドイッチを食べている幼女の笑顔がある。
「ピュリーは例外として、子供の足でそんな遠くから来れるものなのかな?」
「難しいだろうな。途中でモンスターの餌になるか、人さらいや悪漢に捕らえられる可能性のほうが高い。とてもじゃないが無理だ」
ロニーの問いにゴゼンが現実的な話を返すと、ピュリーは言う。
「じゃあ、最初からこの国にいたってことになるけど。ティティはブルーム王国の出身ではないんだもんね」
「そうなんだ。だからこそ素姓がわからないまま……。こいつは困ったな。幻獣がまたも復活しているようだし、問題が山積みだ」
ゴゼンとピュリーが「う~ん」とうなっていると、ロニーがニカッと歯を見せる。
「でもまあ、ティティはこのままでいいでしょう。記憶が戻ればなにかわかるだろうし。なんだったらずっとうちに住んでもらってもいいしね」
「ロニーおまえ、そういって実は働き手を確保したいとかじゃないだろうな?」
「い、いやだな、ゴゼン。ワタシはあくまで善意でいってるだけでぇ……」
少し慌てて返事をしたロニーを見て、ゴゼンとピュリーは「図星か」と呆れた。
だが、その後レネと楽しそうにしている幼女の姿を見ると、それも悪くないと思って笑うのだった。
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