09
――そして、次の日の朝。
ゴゼンとピュリーを引き連れ、フィガロ姉妹はいつものように掃除屋の仕事をこなしていた。
「うぅ、なぜサムライである私がこんなことを……。掃除とは使用人の仕事だろう……」
「まったくだよぉ。どうして天下の大冒険家がモップ掛けをやらなきゃいけなんだ……」
「はいはい、ゴゼンもピュリーも文句いわないでやる。もっとモップの水を切ってね。それだと床が濡れたままになっちゃうよ」
不服そうにしている二人にしっかりと掃除をするように指示するレネ。
その様子を見たロニーは、しっかり者の妹のことを頼もしく思っていた。
レネはまだ子供だといっても、掃除屋フィガロを支える相棒でもあるのだと、彼女は止まってしまった機械のぜんまいを巻きながら笑みを浮かべている。
今日の彼女たちの仕事は、ブルーム王国でも人気のある酒場の清掃だ。
この酒場は午後からオープンということもあり、月に何度かはこうやって午前中に掃除屋フィガロに依頼をするお得意さんだ。
決まった依頼が少ないロニーとレネにとってこの店は大事な食い扶持であり、文字通り生命線でもある
彼女たちは大きなホールにあったテーブルや椅子を片付け、まずは床掃除から始めていた。
慣れない作業と不本意というのもあって、ゴゼンとピュリーの動きは遅い。
二人の仕事ぶりにはあまり期待していなかったのだろう。
なんにしてもいつもよりも仕事量が減るので、フィガロ姉妹のほうは上機嫌だった。
「うん、やっぱ四人だと早い!」
「ああ、これなら一時間もかからないで終わりそうだね。これからもこうやって二人がずっとうちで働いてくれると助かるんだけどなぁ~」
遠回しに勧誘されたゴゼンとピュリーは、その表情を引きつらせていた。
それは言葉にしなくてもわかる拒否の態度だ。
ゴゼンは不機嫌そうにモップ掛けを始めると、二人に向って言う。
「そんなの私たちが手伝うよりも、おまえが造ったその機械をもっと増やせばいいじゃないか」
「わかってないね、ゴゼンは。この子を造るのに一体いくらかかると思っているんだよ」
「え……。う~ん、銀貨五枚とか?」
「ブブー。金貨百枚くらいだよ」
「金貨百枚だとッ!? そんなの小さな屋敷ならひとつ買えてしまうじゃないか!?」
驚愕の声をあげたゴゼンの傍では、ピュリーが呆れてさらにその顔を引きつらせていた。
そんなガラクタに、そこまで金銭を費やしたのかとでも言いたそうだ。
ピュリーは悪い言葉を飲み込むと、その口を開いて訊ねる。
「どこからそんな大金を手に入れたんだよ? あんたら毎日キノコ生活の貧乏人なのに」
「少しずつ貯めてたんだよ。他の機械は構造が簡単だから安い部品でも代用できるけど、この子はそうもいかんからねぇ。ずっと機械貯金してたんだ」
「なるほどね。月に何度か仕事あれば、キノコだけの生活なんてしなくてもよさそうなのにとは思っていたけど、そういう理由があったわけだ」
フィガロ姉妹の貧乏生活の謎が解けたピュリーは、すっきりした様子でコクコクとうなづいていた。
だがすぐに表情を厳しいものへと変え、ロニーに向かって言葉を続ける。
「あんたは機械好きだからいいかもしんないけどさ。それじゃレネがかわいそうだろ?」
「そうだぞ、ロニー。自分の趣味のために妹に貧しい思いをさせるなんて、それでもおまえはお姉さんか」
ピュリーに続き、彼女と同意見のゴゼンも怒気を強めて批判した。
二人から注意されたロニーは、「それはごもっとも」とでも言いたそうにうぐぐと身を縮めた。
そんな空気の中、レネが慌てて口をはさんでくる。
「ちょっとピュリーもゴゼンも! あんまりお姉ちゃんをいじめないでよ!」
「しかしだな、レネ。これは由々しき問題だぞ。私は今すぐにでも国の行政機関に知らせて捕まえてやりたいくらいだ。こいつがしていることは立派な児童虐待なんだからな」
「それは誤解だって! アタシはお姉ちゃんとの生活に満足してるし、ご飯だってほしいものだって買ってもらってるよ! それとこのぜんまいちゃんだって、アタシにとっても大事な子なんだから!」
ぜんまいちゃんと呼んだぜんまい仕掛けの機械を撫でながら言ったレネ。
そこまで言われては何も言えないと、ピュリーはもちろんゴゼンも黙ってしまっていた。
「話はそこまでにして掃除しよう。よく考えたら仕事中だったよね」
これまで何も言わなかったロニーが口を開き、掃除を再開するように声をかけた。
レネ、ゴゼン、ピュリー三人は軽く返事をすると仕事を開始する。
重たい雰囲気の中でぜんまい仕掛けの機械だけは、意気揚々と床を磨いていた。
どうやら今日は調子がいいようで、酒場のホールを綺麗にしていく。
「すまない、ロニー。さっきは言い過ぎた……」
「ボクもだよ。家族のことは、他人が口をはさむもんじゃないよね。ごめん……」
モップの水を切った後、ゴゼンとピュリーがロニーに謝った。
謝られたロニーは、笑みを浮かべながら言い返す。
「気にしなくていいよ。ワタシに問題があることは事実だし。それに二人がレネのことを心配してくれているのがわかって嬉しかったしね。さっきの話については、ワタシなりにもうちょっと考えてみるよ」
「ロニー……。私にもできることがあれば協力させてくれ」
「ボクも」
それから重たかった雰囲気が緩和し、四人は仕事に精を出すのだった。
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