07
動き回るのを止めたレネは、両手の手のひらを合わせると、まぶたを閉じる。
そのときの彼女は、雷の轟音が鳴り響く中、まるで大自然に囲まれているかのような清々しい表情となっていた。
「やっと観念したか。安心しろ。すぐに貴様の姉もあとを追わせてやる」
動きを止め、何かを祈るようなポーズをとったレネを見て、額縁のモンスターは勝利を確信していた。
やはり先ほどいっていたことはハッタリだったのだと、所詮は子供だと、クククとその整った口から笑い声を漏らしている。
だが次の瞬間、額縁に描かれた女の美しい顔が歪んだ。
それは、目の前で起きたことが信じられなかったからだ。
「これはどういうことだ!? なぜ何人も現れる!? しかも炎だと!?」
手のひらを合わせたレネの体からは、炎をまとった何人もの彼女が現れていた。
それらすべてがレネと瓜二つで、炎をまとったまま額縁のモンスターへと突進していく。
レネの分身たちが額縁を燃やし、描かれている女が悲鳴をあげながら叫んでいた。
「バカな!? 人間の子供ごときがなぜこんな魔法が使えるのだ!?」
「これは魔法じゃない。鍛え抜かれた心と体だからこそ使える必殺技なんだよ」
「必殺技だと!? そんなものがこの世界にあったのか!? 知らんぞわたしは! そんな魔法のような技など!」
「たぶん屋敷に引きこもっていたからじゃないかな。外にはまだまだ面白いことがいっぱいあるんだよ。まあ、アタシも今じゃこの国から出てないけどね」
「わたしが負ける!? 敗れるというのか!? こんな子供に、魔力を持つわたしがぁぁぁッ!」
「迷わず成仏できるから安心してね。きっとこの炎が、あなたを天国へ連れてってくれるからッ!」
「うぎゃぁぁぁッ!」
額縁は灰へと変わり、
描かれていた美しい女も当然いなくなり、もうモンスターの声が聞こえることはない。
レネは完全にモンスターが消滅したことを確認すると、荷車の中で気を失っている姉を起こそうとする。
「お姉ちゃん、ロニーお姉ちゃん。起きてよ、もう。モンスターはもう倒したよ」
「うぅ……なんだレネだけで倒しちゃったのか……。今回はワタシの出る幕なしって、ちょっとレネッ!?」
目を覚ましたロニーは、妹がひとりで屋敷にいたモンスターを倒したことを知って肩を落としていたが、屋内の状態を見て声を張り上げた。
それは屋敷内が、まるで火事にでもあったかのように焦げついていたからだった。
「レネ、あんた……あの技を使ったね」
「う、うん……。だって、けっこう強かったし……。お姉ちゃんは寝ちゃってたし……」
泣きそうな顔で返事をした妹を見ると、ロニーはもうそれ以上何も言わなかった。
荷車から出て自分の足で立つと、午前中に使用したぜんまい仕掛けの機械を動かそうとする。
ギーギーと音を鳴らしながら、ぜんまいを巻いている姉の背中に向かってレネが言う。
「ロニーお姉ちゃん……怒ってる?」
「怒ってないよ。ワタシも寝ちゃってたしね。ほら、もうさっきのことはいいから仕事を始めよう」
「うん! わかったッ!」
パッと明るい表情を取り戻したレネは、荷車からモップとバケツを取って屋敷中のカーテンを開けていった。
ぜんまい仕掛けの機械も問題なく動き、今朝のようなことはなく、屋敷中の
それから数時間後――。
陽が落ちる頃には屋敷の掃除を終え、二人は別の家にいる主人宅へ向かい、仕事の報酬をもらった。
まさか魔法を使うモンスターがいるとは思わなかったことを伝えると、そんな恐ろしいものがいたのかと主人も驚いていたが、フィガロ姉妹に頼んで正解だったとご満悦だった。
そしてその帰り道――。
街では、お祭りでもないのに住民たちが盛り上がっていた。
酒場の外ではテーブルと椅子が並び、誰もが樽型ジョッキを持って笑顔でお酒を楽しんでいる。
中には歌いながら踊り始める者もおり、この光景はブルーム王国が平和だとわかるものだった。
「あッ、ねえお姉ちゃん。あれ見てよ。すっごく美味しそう」
出店で焼き菓子が売っているのを見て、レネはそれに目を奪われていた。
そんな妹の姿に、やれやれとため息をついたロニーは、店員に声をかける。
「マダム、そいつをいくつかほしい。それと今夜は空いているかい? もし時間を作ってくれるなら、そのタルトよりも甘いものを教えてあげるよ」
いつもの調子で人妻であろう妙齢の女性を口説きながら、ロニーはレネのために焼き菓子を買ってやる。
毎度のことなのか。
ロニーは店員の女性には軽くあしらわれたが、気にせずに購入した焼き菓子をレネに渡していた。
「わーい、お菓子だ! でもいいの、お姉ちゃん? こんな無駄遣いをして」
「レネは今日頑張ったからね。そのご褒美だよ。でも、あまり食べ過ぎるなよ。全部食べたら晩ご飯が食べられなくなっちゃうからね」
「大丈夫だよ。これ全部食べてもご飯は残さないって」
「それならいいけどさ」
袋一杯に詰まった焼き菓子を頬張るレネ。
口の中にタルトを詰め込んでモグモグと食べるその姿は、まるでリスのようだった。
下品だと注意しようと思ったロニーだったが、その無邪気な笑顔を見て、言う気も起きなくなっていた。
それから自宅である店へと戻った二人だったが、どういうことか、家の灯りが付いていた。
気にせずに中に入ると、そこには――。
「遅かったな、二人とも」
「夕食は作っておいたよ~」
女サムライのゴゼン·イチゴヒトフリと、バンダナを巻いた少女――自称冒険家であるピュリーがテーブルについていた。
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