05

それと同時にバンッとテーブルを叩いたピュリーは、現れたときの飄々ひょうひょうした態度から考えられない様子でロニーとレネに向かって言葉を続ける。


「あんたらほどの能力がありながら、こんな吹けば飛ぶような暮らしで満足なのか!? おかしいでしょそんなのッ!?」


「だから満足してるって。そりゃ、もう少し仕事はほし――」


「ボクは嫌だ! あんたらが、特にレネがしがない掃除屋だなんて!」


「ピュリー……」


ピュリーはレネの言葉を遮って叫んだ。


そのあまりの迫力に、レネはもちろんロニーも圧倒されてしまっていた。


なぜ赤の他人である彼女が、ここまでフィガロ姉妹の生き方に口を出すのか。


その理由は、彼女たちの出会ったときまでさかのぼらなければならない。


今から数年前――。


ブルーム王国に正体不明の幻獣が現れ、破壊の限りを尽くした。


その幻獣は、大昔に失われた魔法の力を持っており、ブルーム王国軍も精鋭といわれた王国騎士団もまったく歯が立たなかった。


そんな中、当事まだ新米だった東の大陸からやってきた女サムライ――ゴゼン·イチゴヒトフリが、誰も見たことがない剣技を駆使し、幻獣を止めてみせた。


さらにそこへ自称大冒険家の少女であるピュリーも協力し、二人ならば幻獣を倒せると思われたが、魔法の力の前に敗れてしまう。


では、一体誰が幻獣を倒したのか?


それこそがロニーとレネのフィガロ姉妹だった。


ロニーの高度な機械武器とレネの魔法のような体術によって見事に幻獣を打ち倒し、ブルーム王国は平和になったのだ。


それ以降、ゴゼンはロニーをライバル視するようになり。


ピュリーはレネを仲間にしようと声をかけるようになった。


先ほどピュリーが感情的になったのは、国を救った英雄である二人の落ちぶれている様子に思うところがあったのだろう。


たしかに正体不明の幻獣を撃退できる力があるのならば、もっと稼げる仕事や安定した職につけそうなものだが。


フィガロ姉妹は、先祖代々受け継がれている家業――掃除屋に並々ならぬこだわりがあるようで、たとえ貧乏生活になろうとも続けている。


「ごめん、ちょっと言い過ぎたね。出直すよ」


ピュリーは申し訳なさそうに言うと、カップの紅茶を飲み干して部屋を出ていった。


ロニーは、去っていく少女の背中を見ていたレネの肩にポンッと手をそえる。


「もうすぐ次の仕事の時間だ。そろそろ出発しよう」


レネはコクッと頷くと、カップとポットを片付けて掃除用具の準備を始めるのだった。


――その後、荷車を引いて、依頼された屋敷の清掃に向かうフィガロ姉妹。


ロニーはそんなことなかったが。


ピュリーのことを気にしているのか、レネの足取りは重かった。


「レネ、気分が乗らないなら家にいていいぞ」


「ううん、いく……。大丈夫だよ。気にしないで、お姉ちゃん」


そんな妹を気にかけるロニーだったが、レネは笑顔を返した。


それは強がっていることがわかるものだったが、姉もまた笑顔を返し、二人は依頼された屋敷へと到着する。


清掃を頼まれた屋敷は年季の入った古びた外観だったが、庭を見るに手入れが行き届いているのがわかる建物だった。


だが、最近まで人が住んでいた形跡はあるのだが、鎖で閉められている扉を見るとまるで幽霊屋敷のように見える。


二人が渡された鍵を使って屋敷に入ると、中は少々ほこりっぽかったが、庭と同じく特別汚れているようには様子はなかった。


ちょっと掃き掃除と水拭きをすれば、すぐにでも人が住めそうだ。


これなら掃除屋に依頼するほどでもなく、自分たちでも片付けられそうだが。


当然フィガロ姉妹に仕事を頼んだのには理由があった。


「なんかオークションで買った絵にモンスターがりついちゃったんだっけ?」


「ついてないよね。まあ、こういうことがあるから掃除屋うちも食べていけるわけだけどさ」


ブルーム王国では、正体不明の幻獣が倒された後、なぜかモンスターが多く出現するようになった。


まるで何かに誘われるように国内にある建物に住み着き、住民たちを困らせる事件が起こっている。


失敗続きのフィガロ姉妹に仕事が来るのも、彼女たちが建物に住み着いたモンスターを駆除できる唯一の掃除屋だからだ。


もちろん午前中の仕事がそうだったように、普通の清掃の依頼も来るが。


もっぱら空き物件や、長く使われていない公共施設に住み着いたモンスター清掃の仕事がメインになっている。


ブルーム王国は治安がよく、王の統治も政治も評判がいいが。


大きな被害が出ない限りは軍が動くことはなく、モンスターを追い出してはくれないのだ。


そんな状況を変えようと、掃除屋フィガロがモンスター退治――清掃を代々請け負っていた。


それが、ロニーとレネ二人が誇りを持って仕事に取り組んでいる理由でもある。


「とりあえず中を綺麗にしよう」


「うん。モンスターは出てきたら倒せばいいよね」


二人が早速掃除を始めようとすると、いきなり屋敷中のカーテンが閉まり、急に真っ暗になった。


差し込んでいた陽の光は完全に遮断され、開いていた扉もバタンと大きな音を立てて閉じてしまう。


「レネ、どうやら掃除する前に現れてくれたみたいだよ」


ロニーは妹に気をつけるように声をかけると、掃除用具の入った荷車に手を伸ばした。

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