04

突然部屋に入ってきた少女に、レネはどうでもよさそうに言う。


「あ、盗賊だ」


「盗賊じゃないよ!? 冒険家! ボクのことは冒険家っていってよッ!」


バンダナを巻いた少女が訂正を望むと、レネはソファーから体を起こした。


それから彼女は、湯を沸かし始めてカップやポットの用意をしだす。


「似たようなものでしょ」


「似てないから! 大ちがいだから! この七つの海を股にかけちゃう大冒険家に向かって盗賊とは酷いじゃないッ!」


突然フィガロ家に入ってきた少女の名はピュリー。


幼いながらも世界中を旅してきた冒険家だが、彼女の手癖の悪さもあって、ブルーム王国の民からは盗賊と認識されている。


それでも手に入れた財宝を金銭に換えて貧しい者たちへ配っているため、一部の権力者や富豪以外からの評判はいい。


彼女とフィガロ姉妹と関係は古く。


今から数年前、ブルーム王国が正体不明の幻獣に襲われたときからの付き合いだ。


「紅茶でいいよね」


「ああ。それよりもまだ掃除屋なんてやってるの? いい加減にボクとコンビを組もうよ」


ピュリーは旅から帰ると、まず自宅よりも先に掃除屋フィガロへと立ち寄る。


それは、先ほどから彼女が口にしているように、レネを冒険家として仲間に入れるためだった。


「それはお父さんとの約束で無理だって、何度もいってるでしょ」


「でもさ、考えるだけでもワクワクしない? 世界中の財宝が、ボクらのことを今か今かと待ってるんだよ」


「ピュリーとの旅は楽しそうだけど、アタシはこの国が好きだし、なによりもお姉ちゃんだけじゃお店が回らないもん」


「そこは人を雇えばいいじゃん。それで帰って来たときだけ掃除屋に戻るとかさ」


引き下がらないピュリーにレネが困っていると、そこへ姉のロニーが現れ、そのバンダナを巻いた頭をガシッとわし掴みした。


冷や汗を掻いて振り返った彼女は、恐る恐る口を開く。


「や、やあロニー。久しぶりだね~」


「そうだねピュリー、久しぶり。いつも挨拶に来てくれるのは嬉しいけどさ。毎度うちの妹をたぶらかすのは止めてもらえないかな」


「いやだなぁ、たぶらかしてなんてないよ~。ボクはただ冒険のすばらしさをレネに教えてあげてるだけなんだから」


「あ、そう。ならいいけど」


ロニーはレディが大好きだが、ガール――つまり少女には興味がなかった。


もちろん優しくは接するが。


彼女からすると、レネと同じくらいの年齢の女子は全員妹に見えるようで、けして恋愛対象にはならない。


「はい、紅茶。いい茶葉らしいから美味しいよ」


誤魔化そうとするピュリーに呆れながらロニーが椅子に座ると、レネが先ほど用意していた紅茶を出した。


ちなみにこの紅茶はフィガロ家で購入したものではなく、以前にゴゼンが置いていったものだ(そのときは、どちらが美味しいお茶を入れられるかの勝負だった。結果は引き分け)。


妹の出した紅茶を飲みながらロニーが言う。


「ピュリーもさ。冒険もいいけど、地に足のついた生活も大事だよ。毎日旅から旅じゃ心も体も休まらないでしょ」


ロニーは、そこまで歳が離れてないというのに、ピュリーに人生について語り始めた。


冒険家稼業は先行きがなく、収入も不安定だと言いながら、ピュリーに向かって身を乗り出す。


「なんだったらうちで働きなよ。あんたならいろんなところに顔が利くから、ぜひわが掃除屋フィガロの営業担当に」


「ジョーダンでしょ。こんな今にも潰れそうな掃除屋で働くなら盗賊にでもなったほうが安心だよ。それにボクはキノコが大っきらいなんだ。ロニーの料理が美味しいのは知ってるけど、毎日キノコ生活なんて耐えられないね」


ハッと鼻を鳴らしていうピュリーに、ロニーは何も言い返すことができなかった。


ただ「うぅ……」と呻きながら、口をモゴモゴ動かしているだけだ。


それは、この自称大冒険家の少女の返答が、正論以外なにものでもないからだった。


掃除屋フィガロは誰の目から見ても繁盛してるとは言い難く。


事実、日々の食料はすべて森で取れるものに頼りきっている(主食はキノコ)。


服などの衣類は、ロニーがどこからかもらってきた布を使って一から作る。


さらには調味料や生活用品なども購入しておらず、何かにつけてはやって来るゴゼンにたかっている始末だ。


もし森で食料が取れなくなったり、ゴゼンが家に来なくなれば、いつでも破綻する――そんな暮らしである。


ピュリーのいうように、不安定とはいえ、盗賊でもやっていたほうがまだメシにありつけるだろう。


言い返せない姉を見かねてか、レネがピュリーに言う。


「それはこれから変わるから。そのうち仕事も増える予定だよ」


「あのね、レネ……。この際だから言うけど、あんたもロニーもさ。掃除屋なんてやってないでもっと夢のあることしようよ」


「夢のあること? この生活はこの生活で楽しいし、アタシは満足してるけど」


「こんな貧乏な生活が楽しい!? ありえない! ありえないよそんなことッ!」


レネの言葉を聞いたピュリーは、急に大声を出し始めた。

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