02

「どうどう。お姉ちゃん、この子もだいぶ落ち着いたみたい」


「そっか。なら、ワタシたちの出番は終わりだね。帰ろう」


暴れ馬を見事に止めたロニー、レネは、その場を去ろうとした。


すると、彼女たちの前に若い女性が飛び出して来る。


「ちょっとお待ちを!」


その女性は遠くから走ってきたのか。


ずいぶんと息を切らしていたが、呼吸するのも辛そうながらもその頭を下げる。


「馬を止めていただきありがとうございました。本当に、なんとお礼を言っていいのか」


若い女性が顔を上げると、ロニーの目が輝いていた。


そんな姉を見て、レネは大きくため息をついている。


ロニーは申し訳なさそうにしている女性の手を取ると、妖艶な笑みを浮かべて口を開く。


「いえ、そんなこと気にしないでください。ワタシはレディに恩着せがましいマネはしませんよ。それよりもあなたの美しさに、ワタシはすっかり心を奪われてしまった」


「え……? そ、そのぉ……」


若い女性はロニーの態度に面を食らっていた。


お礼を言ったら突然口説かれたのだ。


それもしょうがない。


戸惑っている女性に、ロニーはお構いなしに言葉を続ける。


「ワタシはフィガロ、ロニー·フィガロです。小さいですがこの先で掃除屋を営んでおります。よかったら今度食事にでも」


「はいお姉ちゃん、そこまでだよ。この人、困ってちゃってるでしょ」


「ああ、戸惑う姿もまた美しい」


妙なポーズをとってその場でヨロッと傾くロニー。


一方で女性のほうは完全に引いてしまっていた。


「ごめんなさい。お姉ちゃんは女の人を見るといつもこうなの。だから気にしないで」


「は、はぁ……」


歯の浮くセリフを吐き続けている姉を無視して、レネが女性に謝った。


それから彼女は、ロニーの首根っこをつかむと荷車へと放り投げる。


ストンと着地したロニーは、掃除用具やぜんまい仕掛けの機械の中に放り込まれてもまだ口説き文句を言い続けていた。


夢中になっているので、自分が投げ飛ばされたことにも気づいていないのだろう。


レネはいつものことだと言いたそうにため息をつくと、姉を積んだ荷車を引き始める。


「またお馬さんが暴れないように気をつけてね。それじゃ」


そして、ポカンと立ち尽くしている女性に手を振って、その場を後にした。


それから自宅へと戻った二人は、ちょっと遅めの昼食を取ることにする。


狭い部屋だが立派なかまどがあり、フィガロ家の料理は基本的にこれに依存している。


「よーし。できたぞ、レネ」


料理は姉であるロニーが作っている。


彼女は妙な機械を造るだけでなく、家事などの女性的なことも得意なのだ。


マリネに炒め物、クリームシチューなど種類も豊富で、ロニーの料理のバリエーションが多いことがわかる。


テーブルに並べられた料理からは、食欲をそそる香ばしい匂いがして、レネが両目を輝かせていた。


「どれも美味しそう! でも、今日も具はキノコだけなんだね……」


「ああ、今日の仕事もダメになったから、次の大きな依頼が来るまではしばらくキノコ生活だよ……」


フィガロ家の主食はキノコ、というかキノコオンリーだった。


それは、彼女たちの店である掃除屋があまり儲かっていないのもあって、森でタダで取れる食材がキノコだったからに他ならない。


森では果実なども手に入るが、いろいろと使い回しがきくのはやはりキノコだけのようだ。


「まあ、落ち込んでてもしょうがない。冷める前に食べよう」


「うん。キノコは飽きてるけど、味は最高だもんね」


気を取り直して、二人が料理に手を伸ばそうとしたそのとき――。


突然家の扉が開き、大声を出しながら女性がひとり入ってくる。


「勝負だ、ロニー! 今日こそ決着をつける!」


それは長い黒髪を束ねた男装の女性だった。


腰には刀を差しているので、彼女が剣士であることがわかる装いだ。


いきなり挨拶もなしに家に入ってきた女性に対し、ロニーとレネは特に驚くこともなく笑顔を向けている。


「ちょうどいいところに来たね、ゴゼン」


「これからごはんだよ。一緒に食べよう」


「お前ら、私の話をちゃんと聞いていたか!?」


無視されて食事に誘われてしまった女性の名は、ゴゼン·イチゴヒトフリ。


フィガロ姉妹が住むこのブルーム王国に仕える女サムライだ。


以前に、国が正体不明の幻獣に襲われたときも、彼女がある人物たちと協力して打ち倒したといわれている。


「私は勝負をしにきたのだ。さあ、表へ出ろ。それともここでやるか? 別に私は構わんぞ」


腰に差した刀に手を伸ばし、不敵な笑みをみせたゴゼン。


そんな彼女を見たロニーは、椅子から腰を上げると彼女の傍へと近づいていく。


そして彼女は、ムムムと表情を強張らせるゴゼンを突然抱きしめた。


「な、なにをする!? これは何かの技か!? くッ離れろ!」


「勝負はゴゼンの勝ちでいいから一緒に食事をしよう」


「またそうやってお前は! 私はお前に実力で勝たねば意味がないのだ!」


「そう。なら、このまま食べちゃおっかな~」


「や、やめろぉぉぉ。そ、それ以上はダメェ……」


ロニーはゴゼンの耳元でささやき続けた。


甘ったるい声を出しながら息まで吹きかける。


だがゴゼンはハッと我に返ると、ロニーを振り払って逃れた。


顔を真っ赤にしながら、自分の体を守るように手で隠して声を荒げる。


「おまえという奴は……。私のようなゴリラ女にまでそんな真似を……恥を知れ!」


「えッ? でも、ゴゼンはキレイだよ。誰が見てもそういうと思うけど」


「またそういって私をからかっているのだな! 今日という今日こそおまえを打ち倒し、その戯言ざれごとをいわせなくしてやる!」


ロニーは本心から言っているのだが、ゴゼンからするとからかわれていると思っているため、全く話が噛み合わなかった。

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