フィガロ姉妹の掃除屋さん

コラム

01

部屋の中をぜんまい仕掛けの機械が動き回っていた。


その機械は身体中から水を撒き散らして、室内をビショビショにしていく。


側にいた少女と女性二人が慌てて機械を止めようとするが、何をしても機械はただ噴水のように水を噴き出すだけだ。


「ロニーお姉ちゃん! どうすれば止まるのこの子ッ!?」


少女が姉と呼んだ女性――ロニーがぜんまいに手をやるが、暴れる機械は止まらない。


むしろ洗われるのを嫌う猫のように必死でもがいている。


「ゼンマイだよレネ! この子はゼンマイさえ取れば動かなくなるから!」


ロニーはその金色の三つ編みを振り回しながら、レネと呼んだ少女に声をかけた。


その激しく揺れる三つ編みは、まるで生きのいいエビのようだ。


レネと呼ばれた少女は「わかった」と声を張り上げると、その金色の短い髪をかき上げて姉と入れ替わるようにぜんまいへと手をやった。


ぜんまい仕掛けの機械はレネの体よりも大きく、彼女は暴れる機械によって振り回されてしまう。


「危ないレネ! 手を放しな!」


ロニーが妹を心配して声を張り上げたが、レネは機械に振り回されながらもニコッと姉に笑みを返した。


そして次の瞬間には、レネがぜんまいをスポッと抜き、機械は完全に動かなくなる。


「ふぅ、なんとか止まったなぁ。大丈夫だったか、レネ? ケガとかしてない?」


「アタシは大丈夫だけど……。でも、お姉ちゃん。どうしよう、これ……?」


心配そうにしているロニーに向かって、レネが不安そうな声を出した。


ぜんまい仕掛けの機械は止まったが、部屋はひどい有り様だ。


テーブルや椅子などは倒れ、床も壁も、さらには天井までも水浸しになってしまっている。


この小さな嵐が起きたかのような光景を見て、ロニーが口を開こうとすると、そこへ中年の男が部屋に入ってきた。


「なんの騒ぎだと思って来てみれば……。これはどういうことなんだ!? 説明しろ掃除屋!」


中年の男はこの部屋に住む者――つまり家主だった。


ロニーは「ハハハ」と乾いた笑みを浮かべて振り返った。


レネも姉に続き、恐る恐る家主のほうを見る。


中年の男は部屋の惨状を見たせいで、ワナワナとその身を震わせていた。


「掃除を頼んだのに、どうして逆に汚れてるんだよ!?」


「い、いや~、どうやら今日はこの子の機嫌が悪いみたいで~」


ロニーはぜんまいの抜かれた機械を撫でながら返事をした。


暴れていたこのぜんまい仕掛け機械は、彼女が造った雑巾がけマシーンだ。


普段なら問題なく床の水拭きをしてくれる木と鉄でできた掃除ロボットなのだが、今日に限って調子が悪いようだった。


ロニーはゴマをすりながら、笑ってこの状況を乗り切ろうとした。


だが、当然そんなことを言われても納得できるはずがなく、家主は声を張り上げる。


「そんなこと知るか! もういいから帰れ! お前さんとこにはもう二度と頼まん!」


「ちょっとそりゃないでしょ!? こっちは二週間ぶりの仕事なんだ! 最近野菜も値上がりしてきてるし、ここで稼いでおかないとワタシたちが飢え死にしちゃうよ!」


「だからそんなこと知るかってんだ!」


「ちゃんとピカピカにしますから! もう一度だけチャンスを!」


「いいからさっさと出て行け!」


結局家主の怒りは収まらず、ロニーとレネは家から追い出されてしまった。


掃除用具やぜんまい仕掛けの機械を積み込んだ荷車を引き、ロニーとレネはトボトボと重い足取りで商売道具を運んでいる。


今日は雲一つない空で、風も心地いい陽気だった。


レンガ造りの建物の屋根ではノラ猫が気持ちよさそうにあくびをし、通りを歩いている人たちも誰もが笑顔で挨拶を交わしている。


だが、今の二人の内心は晴れどころか土砂降りの気分だ。


愛想笑いすら作れないほどで、仕事を失ったショックに肩を落としていた。


「お姉ちゃん……。また仕事ダメになっちゃったね……」


「終わったことを気にしてもしょうがない……。気持ち切り替えていこう……」


「お姉ちゃんは前向きだねぇ……」


「そうでも考えないとやっていけないんだよぉ……」


ロニーが妹に返事をしたのと同時に、平和な街に悲鳴のような声があがった。


笑顔だった周囲の人たちも表情を変え、ノラ猫もハッと目を覚ましてその場から逃げ出していく。


「暴れ馬だ! みんな逃げろ!」


悲鳴に続いてまたも鬼気迫る声が聞こえて来た。


その声の後に、馬が石畳の道を物凄い速度で走ってくる。


誰もが驚いて動けずにいる状況で、ロニーはさっと荷車の中からオートボウガンを手に取った。


それを馬に向かって発射すると、先に吸盤の付いた矢がその足を止める。


「あとは任せてお姉ちゃん」


「あまり無茶しちゃダメだよ、レネ」


「わかってるよ」


レネも姉に続いて動いていた。


彼女は跳躍して馬の背中へと跨り、手綱を引きながらなんとか落ち着かせることに成功する。


そんな二人を見ていた周囲の人たちは拍手喝采し、さすがは掃除屋だと声をあげていた。


彼女たちはこのブルーム王国に住むフィガロ姉妹。


仕事はもっぱら失敗続きだが、こういう荒事が得意な掃除屋さんだ。

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