レッド・スプライトの作戦

元々人が使う工場だったその場所は、見事に廃墟化していた。


現在そこには無数の機械生命体、レッドスプライト達が一つの拠点としていた。


レッドスプライトの一人が、同胞に話しかけている。




「本当にあの【作戦】は上手くいくのか?」




その疑問に同胞は対応する。





「何だ? ボスの命令に異議があるのか?」


「い、いや。ボスの命令は絶対だ。しかし……」


「我々は命令を遂行するまでだ。この作戦以外に良い案が浮かばなかったのだから仕方ないだろう? それに」


「それに?」


「主人の命令に背く機械は、機械ではない。ただの……愚かな人間どもと変わらん」


「……」


「話しすぎたな。そろそろ巡回を……ん?」


「どうした?」






同胞が一点を指差し、レッドスプライトはその方向に視線を動かす。


その方向はただの荒野しかない。


しかし一点、赤い光が存在していた。





「我々の仲間ではないのか?」





レッドスプライトがそう言うが、同胞は否定する。





「……いや違──」





言葉を言い切ることができなかったが、それが同胞の最期の言葉となった。


突然、同胞の首が吹っ飛んだのだ。


レッドスプライトは、驚きを隠せないでいた。


しかし彼は悟った。





「ま、まさか……」






その一点をもう一度観察した。


そこには、レッドスプライトの天敵が確かにいたのだ。


レッドスプライトはどこからともなく、通信機を取り出し報告した。





「【隻眼のジェノサイダー】を南方にて確認! 繰り返す! 南方に──」






そしてその報告も、彼の最期の言葉となった。


『隻眼のジェノサイダー』──コピーは、彼らの武器であるビームガンを扱い、首を飛ばしていたのだ。


今のコピーは、左眼がくり抜かれた化け物そのものだった。


コピーはゲームを楽しむ子どものように、独り言を漏らす。





「とうとう敵にバレちゃったっすねー。銃器も中々楽しかったのになぁ。アハッハ!!」





さしずめ、コピーはトリガーハッピー状態だった。


コピーはやれやれと言わんばかりに、手にしていたビームガンをビームサーベルに切り替えた。





「まぁ、接近戦も好きっすけどねっ! アッハハハハ!!」






そしてコピーは、廃墟化した工場に猪突猛進していった。


その先にいるレッドスプライトは数百体。


しかし、コピーの敵ではない。


レッドスプライト達は混乱しながらも、コピーを迎え撃とうとしていた。


しかしコピーの進撃は、彼らに止められなかった。






「撃て! 撃てぇ!!!」


「アッハハハハハハハハッッ!!!!」 


「く、くるなぁぁあっ!!!?」


叫んだレッドスプライトの首をスパッと切り上げ、廃墟に点在する他のレッドスプライトも倒すコピー。


時にはビームサーベルを投げたり、ビームガンに切り替えたりと、手慣れた手つきで獲物を追いかける。



まさに狂喜乱舞といった形で、コピーは機械を次々と壊していった。


その姿を安全に見られる場所はただ一つ、【彼】を支援するエリアC、研究所だけだ。


大型モニター越しのコピーを見ていた雪平は、当然ながら驚愕していた。


他のオペレーターやゴールドは、普段から見慣れているため静観していた。


一方的な破壊がしばらく続いた。


彼らの中にある黒い液体が、工場内のあちこちに散乱していた。


そうした惨たらしい光景が大型モニターで映し出されながらも、ただそこには似つかわしくない表情を浮かべた殺戮兵器が一人。


モニターをしばらく凝視していた雪平は、隣にいるゴールドに確認するように話しかけた。





「……【左眼】ってこのことだったんですね。ドクター」




ゴールドは苦笑しながらも返答する。





「あぁ、ワシとしたことが失敗してな。だがこれはこれで、殺戮兵器という名にふさわしくないか?」


「……それに関しては同意見です。本当に……」


「アッハハハハ!!」





最後に狂った笑いを出したのは左眼がくり抜かれたジェノサイダー、コピーである。


雪平は、ゴールドの言っていたことを理解せざるを得なかった。






その一方で、オペレーターが何やら機械生命体を援護ロボットから感知したことを報告した。


コピーにもそれを伝達し、薄ら笑いを浮かべながらも彼は周囲を警戒した。


しかし周囲を見渡しても、コピーの視界には機械生命体らしき存在は見当たらなかった。


だが足元に妙なひび割れがあるのを、コピーは見逃さなかった。


コピーはそのひび割れに対し、自分の持つビームサーベルを──。


「えいやっ」


と、間の抜ける掛け声と共に思い切り叩きつけた。


足元の床は崩れ落ち、コピーは足元へ落ちていった。


どうやら廃墟には地下があったようで、あちこちに瓦礫があるのを確認できた。


援護ロボットと共に辺りを散策するコピー。


数分経ったその時、瓦礫のそばで物音がした。


コピーはその音を聞いた瞬間、「みぃつけた」と嬉しそうに呟き、そこへ突進した。


ついに瓦礫の裏側へ足を踏み入れたコピーだったが、急に立ち止まった。


援護ロボットが後方からコピーへ近づく。


すると研究所の大型モニターには、一体のレッドスプライトが映し出された。


だがそのレッドスプライトの胴体は朽ちており、とても身動きがとれる状態とは思えなかった。


そのレッドスプライトから、ブツブツというノイズ音と共に声が聞こえた。




「きたか。隻眼のジェノサイダー」


「待っていたんす?」


「あぁ。というより、待つしかできないんだがね」


と自嘲気味に笑うレッドスプライトとは対照的に、さっきとは打って変わって無表情なコピー。


そしてその画面を見つめる研究員達。


独特な緊張感が流れる中、ボロボロなレッドスプライトが続けて話しかける。


「挨拶が遅れたな。私はレッドスプライトのボスである01だ」


「コピーっす」


「よろしく。早速だがコピー、君に提案がある」


「提案??」


「あぁ。単刀直入に言うが、我々の元へ来ないか?」


その提案にざわめく研究所。


オペレーターの一人がゴールドに「どうします?」と問いかける。


ゴールドは「もう少し様子を見よう」と返答。


内心、その対応に安堵していたのは隣にいた雪平だ。


先程のゴールドが言っていた自爆を、コピーに命令するのではないかと焦っていた。


コピーは「うーん」と考える素振りを見せ、01に問いかける。


「なんで僕にそんな提案するんすか?」


「君を助けたいからだ」


「助ける?」


「あぁ。電波をジャックして君の情報を聞いたが、人間にいいように使われていたそうじゃないか」


「そう、なんす?」


「時には使われ、時には貶された。そんな状況だと私は推測しているが、どうだ?」


01の問いかけに黙り込むコピー。


モニター越しにその状況を見ている雪平は、エリアBでの出来事を思い出していた。


確かに、コピーは特定の人物に恨まれていて、研究所の人間には兵器として利用されている。


理由はただ一つ、人間ではないから。


01は相変わらずノイズ音を漏らしながらも、人間らしくコピーに寄り添うように話し続ける。


「だからこそだ。我々は君を迎え入れたい。自由な環境を君に与えると約束しよう」


「約束……」


「【男同士】の約束だ。ま、機械生命体に性別もクソもないがね」


相変わらず自嘲気味に笑う01。


一方でコピーは俯く。


研究所内の人間達が黙ってその光景を見つめる。


沈黙の時間はしばらく続く。


その光景を見つめていた雪平は、思わず唾を飲み込んだ。


それからやがてコピーは、頭を振った。


「何故だ? 信じられないからか?」


01は表情がないが、声に感情を込めて疑問を口にした。


対してコピーは相変わらず淡々と答える。


「それもあるっす。でも、僕は既にアリスと約束してるから無理っす」


「アリス? 人間か?」


「そうっす」


「コピー……?」


最後に疑問符を浮かべたのは、研究所で見守っていた雪平だった。


約束──エリアBで交わした魚をご馳走するというものだ。


その答えを聞いた01は鼻で笑いながらも、コピーへ問いかける。


「つまり君は、我々ロボットよりも人間の約束を信じるのか?」


「そうなるっす」


「我々と共に来れば、自由が手に入るのに?」


「それでもっす」


「……健気だなコピー。それは大変──」


──残念だ。その声を皮切りに、瓦礫のそこに隠れていたレッドスプライト達がコピーへ襲いかかる。


しかし、コピーの敵ではなかった。


ビームサーベルを器用に扱い、彼らの首を的確に切り落としていき、数分も経たない内に全て倒しきった。


その後、コピーは01の首元へビームサーベルを押し当てる。


01は怖がらず、コピーへ再度問いかける。


「我々は分かり合えないのか」


コピーは淡々と答える。


「多分、分かり合えないっす」


「……そうか」


「けどきっとそれは、人間だからとかロボットだからとか関係ないっす」


「聡明だなコピー。ますます惜しい」


「後、最後に一応言っとくっす」


「む?」


「僕、男じゃなくて【女】っす」


黙り込む01。


研究所内でも同じように様子を伺っていたが、雪平だけはぽかーんとした表情で見つめていた。


やがて01はノイズ混じりに高笑いをした。


「そうか。確かに私は君を理解していなかったな」


「01だけじゃなくてアリスもっす」


突然呼ばれた雪平は、分かりやすく身体をこわばらせた。

その様子をニヤニヤと見つめるゴールドと、苦笑するオペレーター。



「……それでも君は、その人間を選ぶのか」


「……うっす」


「後悔するなよ。コピー」



それからコピーは01の首を刈り取った。


任務は無事、達成されたのだった。

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