ジェノサイダーのお世話係
本当に信じられない。
眼鏡を掛けた女性は、目の前の少年を見ながら驚いていた。
彼女と少年がいるそこは『エリアA』と呼ばれる場所で、いわゆる住宅街である。
その街の真ん中で、彼らは今日初めて顔合わせをしたらしい。
「なんす?」
そう言ったのは少年である。
彼は何やらポテトチップスをボリボリと食べていた。
女性は慌てて応答する。
「あぁえっとごめんね。今日から貴方の監視……いや、お世話係になった雪平アリスっていうの。宜しくね?」
しどろもどろにそう言いながら、雪平は少年に握手を求める。
少年は素直に彼女の手を握り、特徴的なアホ毛を揺らしながら自己紹介した。
「僕はコピーっす」
「え? それ、名前なの?」
「そうっす」
「そ、そう……」
雪平は溜息を吐き、次のように思考していた。
「(人型ロボットだというのは事前に聞かされていたけれど、まさかこんな子供型だとは)」
それ故に彼女は、この少年が戦争の道具に使われているという事実にどうにも心を傷めてしまったらしい。
「というかコピーって……。もう少しマシな名前はなかったのかしら……」
「?」
雪平は名付け親に呆れていたが、コピーはその意図が掴めなかった。
これが彼らの、不思議で何ともいえないファーストコンタクトになった。
しばらくして、彼らはエリアBに来ていた。
そこはいわゆるショッピングエリアとして機能している。
雪平が聞いたところ、コピーはちょうど任務を遂行した後だったらしい。
そのため、何かを奢ろうとこのエリアに来たのだ。
雪平はそこで、コピーに話しかける。
「ねぇ。コピー君」
雪平がそう呼びかけると、コピーは一度立ち止まり、少し困惑した様子を見せた。
妙な間があってから、コピーは応答する。
「なんす?」
その反応に多少の違和感を覚えた雪平だったが、構わずコピーに対してコミュニケーションを行った。
「コピー君は何が好きなの?」
「食べ物っす」
「他には?」
「寝ることと、後は──」
AI達を倒すこと。
コピーは抑揚のない声で、淡々とそう言った。
雪平は驚きながらも、心の中で納得していた。
「(そうか、やっぱりこの子はAI専用の兵器なんだな)」
雪平は神妙な顔でコピーを見つめ、再びコピーに問う。
「えーとじゃあ、食べ物の中で何が好き?」
「今食べてるものも好きっす」
「他には?」
雪平の質問攻めに怒ったのか、急にコピーは立ち止まった。
しかし、それはすぐに杞憂であることが分かった。
コピーの視線の先に答えがあるからだ。
雪平は、コピーと同じ方向を見つめる。
そこには、魚のマークが描かれたガラス張りのお店があった。
「……もしかして、あれ?」
雪平の疑問にコピーはすぐ答える。
「食べたことないっす。でも、美味しそうだから食べてみたいんす」
「まぁ、高いもんねぇお魚は……」
要するにコピーは、高級なあれに興味津々らしい。
雪平は苦虫を噛み潰したような顔で、咄嗟に思考していた。
「(研究所の予算がどれだけあるかによるけれど、私のお金と合わせれば何とか買えなくはない……)」
それでも一匹買うのにも、相当な金がかかる。
どうしたものかと雪平が四苦八苦していると、突然ガコンと鈍い音が雪平の近くで鳴った。
どこに何が当たったのかはすぐに把握できた。
小さな石ころがコピーに当たったのだ。
それを投げた人物も近くで特定できた。
コピーと同じくらいの小さな男の子だった。
男の子は何やら「父ちゃんの仇!」とコピーに向かって叫んでいた。
そしてその子の母親らしき人物が現れ、「すみません、すみません!」と平謝りをしながら、男の子を引っ張りその場をそそくさと立ち去った。
複雑な感情を持ち合わせながら、雪平はコピーを心配そうに見つめ話しかける。
「い、痛くない? 大丈夫?」
「大丈夫っす。慣れてるっす」
「慣れてる、か。コピー君は嫌にならないの?」
「何がっす?」
「さっきの男の子の行動よ」
コピーは転がった石ころを見つめながら、やがて答えた。
「よく分かんないっす」
雪平は安心したような、或いは悲しい表情でコピーに言った。
「……うん。しばらくそれでいい、と思う」
「そうなんす?」
雪平は「そうだよ」と応答し、先程の行動について納得はするものの、納得できないという矛盾した思考を走らせていた。
人類はAI、つまり機械達によって蹂躙され犠牲となった。
コピーにも当然、彼らと同じようなAIを持っているため、彼も先程のような行動を取ったのだろう。
確かに理解はできるが、それでもコピーが人類を守る鍵であることに変わりない。
「(子どもだからしょうがないけど、だとしてもあんまりね……)」
幸いコピーは、そのような思考をしないというのがある意味救いなのかもしれない。
しかしそれではあまりにも、コピーが報われないではないか。
そう考えた雪平は、覚悟を決めた表情で口を開く。
「……よし。コピー君」
「なんす?」
「後で買うよ、あのお魚。君のために」
雪平がそう言い切ると、コピーの特徴的なアホ毛がメトロノームのように揺れ動く。
「ホントっすか?」
「うん。約束する」
「おぉー。やったっす」
無邪気な子どものようにコピーが喜んだ瞬間、機械音声が流れた。
『本部から伝達。エリアBから北方約15キロほど離れた場所にて、多数の機械生命体を確認。直ちに出撃せよ』
本部とは、コピーの生みの親であるゴールド・フライトの研究所である。
どうやらコピーに再び任務が届いたらしい。
コピーは雪平から離れ、お菓子袋を近くのゴミ箱に捨てた。
それから雪平に「行ってくるっす」と一言。
雪平は「うん。私もすぐに本部に行って、キミをサポートするね」と微笑みながら答えた。
「お願いするっす。アリス」
そしてコピーは、その場から現地に向かって走り出した。
ポツンと1人になった雪平も、足早に本部へ向かいながら独り言を漏らす。
「フフッ、アリスか。……素直で良い子なのになぁ」
煮え切らない気持ちと、名前を初めて呼ばれた嬉しさで気持ちをぐしゃぐしゃにしていた。
それでも仕事を早く終わらせるために、彼女は本部へ急いだ。
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