第3話 ファッションエルフ登場!


 冒険者ギルドの朝は早い。

 いまだ朝日は登りきっていない薄暗い中、冒険者ギルドは異様な熱気に包まれていた。


 依頼が掲示板に張り出されるのを虎視眈々と、皆が待ち構えている。

 少しでも良い依頼を受注すべく、冒険者達は誰よりも早起きをしてギルドに集まるのだ。


 吾輩達もまた、そんな冒険者達にならって朝早くからギルドに詰めかけているのだが……


(ふむ。適した依頼がないな)


「ないですねぇ」


 次々と剥がされていく掲示板の依頼を見ながら、吾輩とアリスはため息をついた。


 我輩達のパーティは2人パーティ。前衛たる吾輩と、指示出しの後衛が一人という組み合わせだ。

 後衛のアリスは戦闘力が皆無のため、アリスの身を守る必要がある。

 つまり、純粋に戦闘に割ける戦力がゼロとなるわけだ。


 そんな吾輩達に適した依頼があるはずもなく、我輩達はどんどん寂しくなっていく掲示板を眺めているというわけだ。


 ーーと、そんな吾輩達を値踏みするような視線が一つ。騒々しい掲示板から離れた場所から届いたのを感じた。


(おい、アリス。あの者は知り合いか?)


 視線の主を見ながらアリスに念話を送る。


「えーっと……いえ、知らない方ですね! 私、まともにパーティを組んだのはアギトさんが初めてなので、冒険者の知り合いがほとんどいないんですよね!」


(謎のハイテンションはこっちが悲しくなるからやめろ)


 アリスと会話をしていると、視線の主がこちらに近づいてきてアリスに話しかけた。

 尖った耳をちらつかせて大きなとんがり帽子を押さえながら、女が口を開く。


「やあやあ、はじめまして。ボクの名はエルザ。君は依頼を受けないのかい?」


「あ、はじめまして! 私はアリスって言います! 依頼は……ちょうど良いのがみつからなくてですね!」


「ふむふむ。君はどうやらEランクのようだが、ソロなのかい?」


「ソロというか……私テイマーなので、アギトさんとパーティ組んでます!」


 答えながら我輩を抱きかかえるアリス。

 まじまじと我輩を値踏みするエルザと名乗る女。やんのか? お?


「なんと目つきの悪い犬……おっと失礼、君のパーティメンバーを悪く言うつもりはないんだ。どうだろう、私もEランクなんだが、君達のパーティに入れてもらうことはできないだろうか?」


 言いながら胸の前に垂らした冒険者タグをかざすエルザ。


「私はかまいませんよ! 良いですよねアギトさん?」


(良いんじゃないか? 見たところ後衛のようだし、お前を守ってくれるくらいはしてくれそうだしな。とりあえずお試しで入ってもらって確かめてみるのはどうだ?)


 エルザはすらりと細い華奢な身体を大きな杖で支えている。姿形は魔法使いのそれなので、おそらくは我輩という強力な前衛が欲しかったのだろう。


「じゃあお試しで一度狩りに出かけてみましょう! あ、エルザさんはパーティ組んでないんですか?」


「はは、私は駆け出しだから固定のパーティは組んでいないんだ。では改めて。エルフで精霊使いのエルザだ。よろしく頼む」


 エルザが握手として出してきた右手の上に、アリスが吾輩の前脚を置いた。


(おい。お手みたいでイラッとするから止めろ。処すぞ)


「テイマーのアリスです! そしてこの狼さんがアギトさんです! 宜しくおねがいします!」


「ああ、よろしくアギト」


 エルザが載せた手の肉球を触ってくる。


(くすぐったいから止めろ。処すぞ)


「しゃ、しゃべった!?」


 驚いて手を離すエルザ。


「アギトさんはとっても賢い狼さんなんですよ!」


 嬉しそうに我輩を自慢しだすアリス。持ち上げるな。処すぞ。


(おい。そんなことより依頼を選ばなくて良いのか? どんどん減ってってるぞ)


 掲示板を見ると、人だかりはだいぶはけて僅かな依頼が張り出されているばかりとなっていた。

 その依頼もこのままではそう遠くない未来に消えるだろう。


「おっと、では適当な討伐依頼を受けるとしようか。フォレストウルフの討伐……はやめておいて、ゴブリンの討伐にしよう」


 エルザがちらりとこちらを見ながら掲示板から依頼を剥がす。


 どこかに忖度する場所があったのだろうか。アリスもたいがいだが、こいつの気持ちもよくわからんな。


 その後、無事に依頼を受けた我輩達は、早速湖を超えて森の中に向かうのだった。


☆ ☆ ☆


 薄暗い森を歩くことしばし。吾輩達は緑の子鬼ーー1匹のゴブリンを発見した。

 依頼によると、ゴブリンを5匹討伐する必要があるが、まずはエルザの力を見せてもらうことにしようと吾輩とアリスは距離をおく。


 早速エルザが杖を構え、魔法を詠唱し始めた。


 エルザの杖から精緻な魔法陣が生まれ、その先端から炎をまとったトカゲが姿を表す。

 名はたしか……


「いでよ、サラマンダー!」


「かっこいいです! さすがエルフ! 精霊召喚はお手の物ですね! さすエル!」


 アリスの脳天気な応援が森に響く。うるさい。


「ははは! エルフはカッコいいだろう! ゆけ! サラマンダー! ゴブリンを焼き尽くすんだ!」


 エルザに召喚された火トカゲがゴブリンに突撃し、その身体にまとわりついた。


 悲鳴のような声をあげるゴブリンに構わず、火トカゲはゴブリンの腰みのを燃やし始める。


 文字通り尻に火がついたゴブリンは、火を消すべく手に持つこん棒をがむしゃらにふりまわしはじめた。


 しばらくしてなんとか火を消しおえたゴブリンは怒りに満ちた顔でエルザをにらみつける。


(なんか……威力がショボいな?)


「私は精霊魔法を初めて見たんですが、Eランクだとあれくらいなんじゃないでしょうか?」


 もしかしてエルザはゴブリン一匹も倒せないのかもしれないと思い、観戦モードを止めて腰をあげる。


 ーーと、ゴブリンの攻撃が火トカゲに命中し、火トカゲが霧散した。


(精霊というのは、物理攻撃が効くものなのか?)


「私は精霊魔法を初めて見たんですが、Eランクだと効くのかもしれません」


 ゴブリンのこん棒がエルザに向って振るわれるが、すんでのところでエルザは回避に成功、転がりながら距離をとる。


(おい、無理なら無理って正直に言え。見栄張って怪我しても知らんぞ)


「見栄などとんでもない! ゴブリン程度、私の精霊魔法にかかればーー」


(ん? なんか耳が落ちてるぞ?)


 さっきのゴブリンの攻撃を回避した際にエルザの耳を掠めた攻撃が、どうやらエルザの耳を落としていたようだ。

 なんという鋭い攻撃……と思いながらエルザを見ると、エルザには短くなった耳が付いているし血も出ていない。


 吾輩の念話で気付いたのか、エルザは耳を押さえながら血相を変えて叫ぶ。


「私の耳をよくも……! もう許さん! いでよ、炎の魔神、イフリート!!」


 エルザの声に応えて、エルザの杖から先程と同じような魔法陣が生まれ、その中から炎の魔神が姿を現した。


 大きさは先程の火トカゲと同じくらい、体長30センチ程だろうか。

 魔神というか……火をまとった小人が姿を現した。


「全てを焼き尽くせ! イフリート!」


 炎の小人はゴブリンにまとわりつくと、同様に腰みのを燃やし始めた。


(おい……お前もしかして……)


「フハハハ! 灰燼と化してくれよう!」


「すごいです! 炎を自在に操っていますね……!」


(腰みのだけ灰にしてるな)


 エルザの火遊びは、吾輩が【ひっかく】さんへのオーダーを決めるまでの間続くのだった。


☆ ☆ ☆


 ゴブリンを5匹討伐したーー全て吾輩が処したのだがーー帰り道。


(お前、ファッションエルフだろ)


 吾輩はエルザに疑問をぶつけていた。


「ファッション? とんでもない、私はエルフだよ! 耳が短いという特徴はあるがね!」


(じゃあ種族は良いとして。 火をなんかの形に変えるのが上手いのはわかったが、他に魔法使えないのか?)


「おおっと! 私の魔法は精霊魔法だからね! 精霊を呼び出しているだけであって、火魔法を操作しているわけではないよ!」


(アリス、コイツはパーティ追放しよう)


「うーん……借金を早く返したいのは山々なんですが、エルザさんもちょっと前の私と同じだと思うんです!」


(どういう意味だ?)


「アギトさんのような強力な召喚獣と契約さえすれば活躍できるんじゃないかと!」


(ーーまあ、お前がそう思うんならそうなのかもしれないな)


「ははは! 任せてくれたまえ! 今はフェニックスという炎の不死鳥を呼ぶ練習をしているからね!」


「不死鳥! それは強そうですね!」


 にぎやかに騒ぎ立てる二人の声を聞きながら、吾輩は今夜の食事に想いを馳せていた。

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神狼転生 - 天獄を追放されたので冒険者ギルドにお世話になります maosana @maosana

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