第2話 Eランク昇格試験
この湖の中に浮かぶ街の名はヴァルフォス。総人口は五〇〇〇人程。人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族など、多種多様な種族が暮らしている、人種のるつぼのような街だ。
周囲を広大な湖に囲まれた豊かな水産資源と、街の周囲に日参も可能なダンジョンを複数抱えており、物の流動が活発で人々も活気に溢れている。
ダンジョンについては……あれはまあ、蟻地獄の一種なのだが、おいおい足を運んだ際にでも語るとしよう。一先ずはこの後のアリスのギルド在籍を賭けた試験について……
「アギトさん! 何ボーッとしてるんですか? もうそろそろ試験会場に着きますよ!」
(うむ。お前に聞いた話を吾輩なりにまとめて整理しておったのだ。もう終わったから問題ないぞ)
「お腹いっぱい食べて眠くなったのかと思っちゃいましたよ!」
(……それも悪くないな)
「私が困るのでお昼寝は試験が終わってからにしましょう!」
吾輩の隣を歩く騒々しい小娘の名前はアリス。駆け出しのテイマーで吾輩と従魔契約を結んだ人族だ。これから行われる試練に合格しなければ、夢破れ故郷に帰ることとなるらしい。
(アリス、お前の故郷はどこだ?)
「へ? 私のですか? ポルック村ですけど……急にどうしたんです?」
(いや、試練を超えることが出来なかったとしても故郷までは付き合ってやろうかとな)
「なんで試験前にそんな不吉なこと言うんですか! いや送ってもらえるのはとってもありがたいんですけど! 私は受かりますからお気持ちだけ受け取っておきますよ!?」
(うむ。試験の内容はわかっているのか?)
アリスが足を止め、勢いよく目の前の扉を開く。
「ええ! Eランク昇格の試験は……Eランク冒険者との模擬戦です!」
開いた扉の中は広々とした円形の空間となっており、壁には武具や防具が立てかけられている。部屋の中央には二人の男女が立っており、こちらを見て会話をしているところだった。
(あの二人を処せば良いのか?)
「処すのは女性のほうだけです! 男性の方は試験官なので絶対に、絶対に、絶対に攻撃とか止めてくださいね!?」
(……それは、文字通りの意味でいいんだよな?)
「文字通りの意味以外になにがあるっていうんですか!?」
アリスの真意を測りかねていると、珍しく真剣な顔をしたアリスが吾輩の耳にそっとささやいてきた。
「……ちなみに、私まだアギトさんの能力や戦い方を聞いてないんですけど、作戦とか立てなくて大丈夫なんですか?」
パクピー臭から距離を取るべく、ちょっとだけ顔を逸らす吾輩。
(そうだな……【噛み付く】【ひっかく】【突進】【遠吠え】。どれが見たい? ローテーション的には【ひっかく】さんが出待ちしてる状態だ)
「やっぱり狼っぽいスキルですね! 相手の女性の方もテイマーなんですが、彼女が繰り出す従魔によって攻撃方法を選んだほうが良いかもしれませんね。私の指示に従っていただいてもいいですか?」
(おう、吾輩大神だからな。指示出すのは構わんが、もたつくようならローテーションするぞ)
吾輩の答えに軽くうなずくと、アリスは男女に向かって声をかけた。
「Fランク冒険者、アリスです! Eランク昇格試験の受験にきました!」
アリスの声に、男が気の毒そうに口を開く。
「よく来たねアリス君。わかっていると思うが、君は今回で五回目の受験となる。今回も成果を残せなかった場合、規則にのっとり、冒険者ギルドからの脱退処分とさせてもらうよ」
「……はい! 規則は私達の事を考えて作ってあると、理解しています。今回もダメだった場合は、別の道を探そうと思います……!」
アリスが悲壮な声で、しかし決意を込めた顔で試験官の男に言葉を返した。
ーーと、女が手に持つムチをしならせて口を開いた。
「グスタフ試験官。彼女は五回目の受験ですわ。ベテランなのですからルールも熟知しているでしょう。 早めに始めたほうがお互い時間のムダが無くてよろしいのではないかしら?」
「マーガレットさん……!」
ふむ。試験官の男がグスタフで、対戦相手の女がマーガレットというのか。従魔はまだ出していないようだが……右手に付けたあの指輪から呼ぶのか?
「よかろう。では、くれぐれも相手を死傷させることがないように。ではーー始め!」
グスタフがアリスとマーガレットを見て開始を告げ、ゆっくりと下がっていく。
円形の空間の中央で、アリスとマーガレットが互いに向き合う形となった。
マーガレットはムチを地面に叩きつけながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
「そのおチビさんはフォレストウルフのアルビノかしら? 珍しい従魔を手に入れましたわねアリスさん」
気圧されているのか、アリスは詰められた距離を嫌って徐々に後退していく。
吾輩も一緒に下がったほうがいいのだろうか……ひとまず空気を読んで下がっていく。
「では、同じ狼型でお相手して差し上げましょう! フォレストウルフの上位種……ブラックウルフのエリザベスちゃぁぁん!!」
マーガレットが指輪を付けた右手を高らかに掲げ、従魔の召喚を宣言する。
指輪からは光を放つ魔法陣が現れ、黒い狼が姿を表した。
体長は三メートル程だろうか。周囲に黒いもやを放ちながら、低くうなり声を上げている。
ん? そのうなり声、もしかしてもしかすると吾輩宛て?
売ってる? 吾輩、売られてる系大神? 昨夜森で処したクソ犬共とさして変わらない実力の犬っころなので大人な対応をしようと思っていたが……
ちらりとアリスを見るが、初めての実践に緊張しているのだろうか。特に指示も無いようだ。まあローテーションでいいか。
吾輩が心のなかで処し方を決めると同時、マーガレットが手に持つムチで地面を叩く。
「エリザベスちゃん! ご飯の時間よぉ!」
マーガレットの声に応えて、黒い犬が吾輩に向かってとびかかってきた。
黒い犬は一瞬で距離を詰めると、大きな口を開けて吾輩に噛み付こうとする。
鋭い牙が吾輩に触れる瞬間、【ひっかく】さんにオーダーを実施。
吾輩の右前脚が黒い犬の横っ面を殴りつけ、黒い犬は部屋の端まで吹っ飛んでいった。
「……え?」「……え?」
アリスとマーガレットの気の抜けた声が重なる。
弱々しく立ち上がる黒い犬を見ながら、アリスに念話を送っておく。
(ふむ、一撃では処せなかったか。耐久力は昨晩のクソ犬よりもあるようだな)
「ももも、もしかして、アギトさんって私が思ってたよりお強い……?」
(お前がどう思ってたかは知らんが、あの犬よりは強いようだな)
アリスと会話をしていると、マーガレットがひときわ大きく地面にムチを打った。
「エリザベスちゃん? おふざけは止めて本気でいきましょうね?」
ムチに応えて、震える脚で再び吾輩の前に立つ黒い犬。
もはや犬に戦意は無いようだが、それでも飼い主の指示に従うのは忠義か、契約による強制力か……歯向かうと言うなら吾輩の対応は変わらんがな。
「まぐれで良い気にならないことですわ! 【眷属強化】!」
マーガレットが黒い犬に手をかざすと、黒い犬が放つ気配が一回り大きくなった。
「わわわ、アギトさんどうしましょう……私、強化スキルなんて持ってないです!」
(お前の魔力で強化されたら吐くわ)
「女性に向かって言って良いことではない気がしませんかそれ!?」
アリスの魔力は従魔に向けて良い魔力じゃ無い気がするので許されるだろう。
「全力でいきますわよ! エリザベスちゃん、【
黒い犬が再び大きく口を開け、吾輩に向けて黒い雷を伴う衝撃波を放った。
「あわわわ……アギトさん、【遠吠え】です!」
対抗してアリスが吾輩に指示を出すと同時、【遠吠え】起動用の魔力がアリスから吾輩に流れ込んできた。
……流れ込んできてしまった。
(ーーおい、それ止めーーくっさ! マジでくっさっっっ!!)
アリスの魔力は吾輩の精神を蹂躙し、平衡感覚が失われていく。
吾輩が意識を失う前に最後に見た光景は、吾輩の口から出た特大の衝撃波が黒い犬を消し飛ばし、闘技場の屋根を吹き飛ばすところだった。
☆ ☆ ☆
「いやぁ〜無事Eランクに昇格することが出来ました! これもアギトさんのおかげです!!」
上機嫌に笑いながら、わしゃわしゃと吾輩の身体をお湯で洗うアリス。
現在三回目の洗浄を実施中なのだが、未だにパクピー臭が取れずに胃がムカムカするーーような気がする。
魔力的な汚染なので身体をいくら清めても意味はないのだが、気分的なものだ。
(良かったな。 じゃあとっとと契約を破棄しろ)
「ダメですよ! 代わりの従魔が見つかるまで付き合ってくれるって約束じゃないですか!」
(魔力はいらんと言っただろうが。 気を失うほどに不味い魔力ってむしろ吾輩にとってデメリットだろうが)
「魔力のお味のことはわからないんですけど、ものすごい威力でしたね〜アギトさんの【遠吠え】!」
威力に関しては、クソ犬の【遠吠え】を1とすると、
吾輩の【遠吠え】さんが10、
パクピーの【遠吠え】さんが100と言ったところだろうか。
パクピー魔力の特徴は臭いだけでなく濃厚なため、結果として威力が跳ね上がっているようなのだが……それを食らわされる吾輩の身にもなってほしい。
いつの日かこの不味い味を再現してアリスに飲ませて、自分がやっていることを客観的に教えてやりたい。
胸に野望を秘めながら、吾輩が気を失った後の話を整理する。
・黒犬を撃破
・マーガレットが降参を宣言
・アリスがEランクに昇格
・グスタフがアリスに闘技場の修繕費を請求。分割ローンで支払うことに
・アリスが借りている宿で吾輩を洗浄 <= イマココ
(借金はどれくらいになるんだ?)
「そうですねぇ〜クエストの成功報酬から強制的に引かれるので、近々での影響はそこまででないんですが。完全に返済するのに3年くらいかかりそうですね!」
(そうか。頑張れよ)
「ええ! 一緒に頑張りましょう!」
(おい、飯のグレード落とすことは許さんぞ)
「Eランクの依頼を受けれるようになったので、資金にはだいぶ余裕でると思います! 私達二人なら大丈夫ですよ!」
(あ、もうちょっと右)
元気に笑うアリスに身体を洗われながら、吾輩は心地よい微睡みに落ちていった。
☆☆☆☆
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
続きが気になる、面白いと思っていただけた方は、評価、コメントいただければ幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます