神狼転生 - 天獄を追放されたので冒険者ギルドにお世話になります
maosana
第1話 ゴッドミーツガール
吾輩は狼である。名前はアギト。
名前以外の記憶の全てを忘れている気がするが、今の状況が空腹であるということはわかる。まっ暗な森の中で際立つ、真っ白い毛並みもくすんで艶がない。
だがしかし、狩りの仕方は身体が覚えているようだ。目の前で吾輩に殺意を向ける小鬼の、どこを噛み切れば息の根を止めることができるか理解できた。
小鬼が醜悪な笑みを浮かべながら手に持つ棍棒を振り上げ走り寄ってくる。
軽やかに大ぶりの攻撃をかわしてその喉元に食らいつーーけない!?
ゆっくりと振り下ろされる棍棒はしたたかに吾輩の額を捉えた。
痛みはーーない。
衝撃も特に感じない。
ただ、視えている攻撃をかわせないことの苛立ちを、咆哮に乗せてぶつけることとする。
【月喰らう大神のーー】
むむ?息をするように紡ぐことができたはずの言の葉がでてこない。
とまどう吾輩の頭部にふたたび振り下ろされる棍棒。
高まる吾輩のイライラゲージ。
ノーダメの意味のない攻撃やめろや!
その程度もわからんオツムなのかクソ猿風情が!
そこからは泥試合だった。
避ける必要のない棍棒を無視してクソ猿に体当たり。
遅すぎてあくびの出る蹴りをうけとめて狼パンチ。
臭くてかなわん噛みつきは避けたかったが、無理だったので腕を口に突っ込んで阻止。あとで洗おう。
10数分に及ぶ死闘は、当然のように無傷の吾輩の勝利に終わった。
小鬼の息の根を止めた瞬間、小鬼から漏れ出した光が吾輩の身体に吸い込まれる。同時に、なにやら身体に力が漲ってくるような感覚を覚えた。
取り急ぎ空きっ腹をなんとかすべく、機械音声を無視しつつ仕留めた小鬼の身体を改める。
臭くて不味そうで食べたらお腹を壊しそうだ。食えなくはないだろうけどこれはなぁ……
子鬼の側でためらっていると、吾輩の鼻が小鬼の心臓からわずかに漏れる匂いに気付いた。
む、これはギリギリ食っても大丈夫そうだ。
心の臓から取り出した小石ほどの黒い球を取り出し、口に含む。
優しい甘みとまろやかな香り。十二分に咀嚼して小石を飲み込むと、どこか聞き覚えのある機械的な音声が吾輩の脳内に響いた。
ーー【噛みつく】を取得しました。
お、おう。もう持ってたのでは……?
謎の機械音声さんを心配しつつ、手頃な木に噛みついてみる。
小鬼の腕に歯も立たなかった吾輩の牙が、30センチほどもある木の幹を一息に噛みちぎる。
つっよ。噛みつきさんの時代きたわこれ。
ゆっくりと倒れ込んでくる木を尻尾で振り払うと、吾輩は水場を求めて歩き出した。
◇ ◇ ◇
水の流れる音を頼りに森を彷徨うと、やがて大きな湖が見えて来た。
湖の中央には島があり、密度高く建物が築かれている。
身体の汚れを湖で落とすと、吾輩は身体を丸めて朝まで一眠りすることにした。
◇
翌朝。吾輩が目を覚ますと、辺りは血の海となっていた。
まあ犯人は吾輩なんだけど。
吾輩の白い毛並みが目立つのか、夜通し襲いかかってくるクソ猿、クソ猪、クソ犬。
知能が足りなそうな前半は良いとして、最後の犬共。お前ら群れたら勝てるとでも思ったの?
もれなく噛みつきさんに処してもらいました。
そんな雑魚狩りを続けること一晩。倒した獣から緑の光を吸収するたび、力と共にだんだんと記憶がよみがえってきた。
吾輩は神狼に転生した人族だったようだ。神々の住まう国に生まれ落ちたが、人の記憶を残していたことを理由に追放されることとなった。
追放される際に、力のほぼ全てを奪われ人間界に堕とされたが、吾輩も神のはしくれ。
人間界のモンスターでは吾輩の肉体と比較するのもおこがましく、冒頭からの吾輩TUEEEに続く、と。
思い出す毎に腹が立ってくるので閑話休題。
昨夜覚えた習得スキルは【ひっかく】【突進】【遠吠え】。
いずれも習得時は機械音声さんを心配したが、使ってみると噛みつきさんに負けず劣らず圧倒的な威力で雑魚を屠ってくれました。
精神的に疲れて血の海の中でまどろんでいると、服を着た猿が近づいて来るのがわかった。
この猿は黒飴持ってなさそうだな……無視することに決めて寝ていると、猿は吾輩を抱えて湖に向かって走り出した。
お?吾輩の眠りの邪魔しちゃう系?ローテーション的に【噛みつき】さん……いや【ひっかく】さんかな?
次にお願いする技を決めていると、朝の冷たい湖の水が吾輩の顔にぶちまけられる。
やべえなこの猿……いや人間か?
吾輩が逆の立場なら絶対にやらない地雷を踏みまくってくる。
恐れを知らないって怖え。関わりたくないし処そう。怒りを過ぎて呆れながらもひっかくさんにワンオーダー入れようとしたその時。
人間が口を開いた。
「大丈夫ですか?わんわんちゃん?
今手当てしますからね!」
どうも意思疎通が可能らしい。服も着てるし知能は意外と高いのだろうか。
ひっかくさんへのオーダーをキャンセルしつつ、どうしてもこの人間に伝えなければならない言葉を吐く。
(だれが犬っころじゃクソ猿が!
こちとら大神やぞ!)
思念を飛ばすと、人間は驚きの表情で吾輩を洗う手を止める。
「しゃ、しゃべった!?」
しゃべるトカゲもいる世界で何を驚いているのだこの人間は。
「ごめんなさい、狼さんとはつゆ知らず……」
(おう、次から気をつけろよ)
「私、冒険者のアリスっていいます! 狼さんのお名前は?」
グイグイくるなこの人間。距離感近過ぎません?
(月喰らう大神のアギトだ)
「突き……食らっちゃう……狼さんですか! あーわかります! 避けるの難しいですよねアレ!」
意思疎通できてる……のかこれ?
「アギトさん、特に怪我もしてなかったみたいなので、一度ギルドに戻ってご飯にしませんか?」
微妙な会話のずれを感じつつも、メシを運んでくるというなら文句はない。吾輩は抱えられたまま、湖の街に向かう船へと載せられるのだった。
◇ ◇ ◇
アリスに抱えられたまま船を降り、着いた先は人間のたむろする食堂だった。
席に座らされしばし待つと、目の前に豪勢な食事が並べられる。
「どうぞアギトさん! 好きなだけ食べちゃってください!」
薦められるまま、目についた肉にかぶりつく。
ふむふむ。悪くない。いや美味い。
「お次はお魚はどうでしょう!」
煮魚に口をつける。
ふむふむ。食べづらいけど美味い。神へのお供え物にふさわしい。
「お次はここに手をおいてくださいーーお手!」
ふむふむ。ここに……出された羊皮紙に置こうとした手をピタリと止める。
(なんだこれは?)
「じゅ、従魔契約書です」
(美味そうには見えんな)
「食べ物ではないです! いつでもご飯を出しますよっていうお約束をする紙です!」
ふむふむ。くたびれた羊皮紙の中身を確認する。神狼として過ごして十余年。かなり人間時代の記憶は薄れかけているが、なんとか読むことはできた。
ーー甲は乙の従魔となることをここに同意する。
契約書にしてはいろいろと情報が足りなすぎてる気がする。
(甲ってどっちだ?)
「アギトさんです!」
(従魔ってなんだ?)
「私の魔力を糧に、私のお願いを聞いてもらう契約形態の一種です!」
(お前の魔力不味そうだし要らんかな)
「そんなっ!」
そう、出会ったときから感じていたのだが、この人間の魔力はどうにも独特なのだ。
匂いでいうならパクチー、味でいうならピーマンのような。
好きなやつは好きかもしれんけどそれ主食に据えるやつおる?という魔力をかもし出している。
「やっぱりダメですか……私、このまま従魔を見つけられないと冒険者ギルドをクビになってしまうので最後のチャンスだったんです……」
(そうか。次の職場でも頑張れよ)
めんどくさい話になりそうなので席から降りる吾輩ーーを掴むアリス。
「お願いしますぅううう! 魔力山盛りにしますからぁあああ!」
(おいその魔力こっちに向けんな匂いがうつる!)
「契約してくれるまで離しません!」
(お? 飯お供えした程度で調子乗っちゃってる? 処すぞ?)
しばらくアリスにシェイクされていたが、ふと、アリスの動きが止まり床に降ろされる。
「ごめんなさい、無理にお願いするつもりはなかったんです」
(おう、必死なのはいいことだ。飯の分だけでも話くらいは聞いてやろう。
所属する群れ?から追い出されるというのはわかったが、そんなに拙いことなのか?)
「冒険者ギルドはそうですね……いろんなお仕事を依頼として受けて、それを達成することで報酬を得る、何でも屋さんみたいなものです」
(ふむふむ?)
「ギルドに所属することで、依頼の範囲ではありますが、普段は立ち入りが禁止されている場所にも赴くことができます」
(吾輩が知ってるギルドと相違なさそうだな)
「子供みたいな夢なんですが、誰も見たことのない場所や誰も知らない知識、冒険を通じてそういった未知を集めて、自分の世界を広げていきたいなぁって思ってます。思ってたんですが……今日の試験で結果を残せなければ、除名処分となって冒険者の道が閉ざされることに……」
(ふーむ。今までで一番の冒険は?)
「日帰りで湖の側の森での薬草採取ですね……」
(大冒険だな)
「私、テイマーなのに従魔がいなくて。パーティを組んでくれる人もいないんです。だから遠くまで行くこともできなくて、ずっと一人ぼっちで……」
アリスの瞳に涙が浮かぶが、気付かないフリをしてやるのが優しさというものだろう。吾輩は目の前の食いかけの食事に目を向ける。ふむ、子守りはまっぴらごめんだが、人間の食事も悪くない……か。
(……契約内容を変更しろ)
「アギトさん?」
(お前のパクピーな魔力はいらん。代わりに飯を代価とする)
「パクピーってなんですか! 意味はわからないですが褒められていないことは伝わってきますよ! ……ってアギトさんもしかして?」
(少なくとも他の従魔と契約できるまでは付き合ってやろう。もちろんこの後の試験とやらにもな)
「あ、ありがどうございまずぅ……」
アリスの瞳から涙がこぼれ落ちるが、顔は喜色に満ちていた。
(冒険、大いに結構ではないか。吾輩もこの世界を巡る必要があるからな。互いに益となる契約というだけだ)
しばらくして泣き止んだアリスが修正した従魔契約書を確認すると、吾輩はしっかりと印を押した。
☆☆☆☆
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
続きが気になる、面白いと思っていただけた方は、評価、コメントいただければ幸いです。
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