第9話 町の若いの

 魔王は一人でふもとの町に訪れていた。

 


 その町は『街並み』としょうせるほどの立派な石畳の建物を備えている。

 だが、町は例外なく閑散かんさんとしていて、人混みというものが生まれる気配すらない。勇者が言うには、「領主不在の際により、“ごろつき”が大量に住み着いている」との事だったがそのような気配すらない。

 良い意味でも悪い意味でも静かな町なのだ。



 魔王が町に訪れるのはこれが初めてというわけではない。何の気なしに足を運んだことが数度ある。ただ人間に話しかけるのはこれが初である。



「そこの若いの」



 魔王は適当に目に入った人間に話しかけた。えない雰囲気の人間だ。



「は、はいっ!? 僕ですかっ!?」



 人間の慌てふためく様子に魔王は少し困惑こんわくする。

 その狼狽ろうばいは魔王の『威厳いげん』的なものの影響なのか。一応、人間と何ら変わりのない風貌ふうぼうをしているが、恐ろしさがにじみ出ているのかもしれない。



「あぁ。貴様きさまだ」



 魔王はできる限り丁寧な対応をとることを決心した。



「な、なんでございましょうか!?」



 目の前の人間の目、眉、頬、肩、手、体のいたる部位の動きが動揺を表現している。

 魔王は今回の下山の目的を果たすために尋ねる。



「この近くに青果店はあるか?」 

「せ、青果店ですか?」

「そうだ」

「…………」



 人間は魔王の顔を黙ってじっと見つめている。一体なぜなのか。



「ないのか? それとも知らないのか?」

「いえ! 知ってます! あーと、じゃ、じゃあ、僕についてきてください」

「わかった」



 魔王は人間の背を追う。余計な口を開くことはない。

 すると、人間の方から会話を切り出した。



「あのー、やっぱり僕ってたよりなく見えますかね……?」

「どういうことだ? われがそんなこと言ったか?」



 魔王はそのようなたぐいの言葉を言った覚えはない。何なら現在進行形で頼っている。



「さっき、僕のこと『若いの』って呼びましたよね? 僕とお姉さん、そんなに年齢変わらないと思うんですけど……」



 どうやら人間は魔王の呼び方をネガティブに解釈したらしい。



「その呼び方に他意たいはない。そもそも、われにはまだ、貴様の“人となり”を判断することなどできない」

「そ、そうですか……」



 魔王は理由をつけて否定したが、依然人間はシュンとしている。そして、「聞いて聞いて!」と言わんばかりの雰囲気をかもし出している。

 魔王は一応、空気を読むことにした。



「よく言われるのか? 頼りない、と」

「はい……妹に」

「妹か。確かに“兄”というのは一般的に“頼れる存在”とされている場合が多いな」

「ですよね」

「故に、妹から言われるのならば貴様が頼りないというのは事実なのかもしれない」

「……ですよね」


 

 初対面の人間の愚痴ぐちないし悩みを聞かされてどのような感情を抱くか。簡潔に言えば、面倒めんどう、である。

 それでも魔王は無視することなどしない。



「だが、少なくとも今、われにとって貴様が頼りだ」

「……えっ?」



 人間の目はキラッとうるおいを帯びる。



「青果店への道案内、頼んだぞ」

「は、はいっ‼」



 ほんの少し前を歩く人間は跳ねるように歩き始める。人間とはわかりやすい生き物だ。



 ちなみに魔王がこの人間のことを『若いの』と呼んだのは、勇者から教わったからである。『若いの』『娘』『坊主』等々がレパートリーであり、魔王が人のことを上から目線に『おい人間』と呼んでしまわないようにするための処置なのだ。

 


 ほどなくして人間は立ちどまり、意気揚々いきようように宣言した。



「お姉さん! ここです!」

「助かった。意外と近かったのだな」



 小ぢんまりとした店内に色とりどりの野菜と果物。見た目から分かる新鮮さも申し分なく、野菜食べたい欲に侵されている魔王にとってはもはや毒とも言える光景だ。

 しかし、何かが足りない。



「店主はどこだ?」



 そう、いて当たり前の存在がいないのだ。

 案内してくれた人間に尋ねると、その人間は照れ臭そうに反応した。



「僕……なんですよ。へへ……」

「……」



 魔王はいろんな疑問が湧き出る。 

 なぜこの人間はその事実をここまで隠していたのか。また自分の店をほったらかしにして何をしていたのか。

 残念ながら答えを聞く気にはなれなかった。



「それで、何をお買い求めなんでしょうか?」

「……いや、われは商品を買いに来たのではない。金も持ち合わせていない」



 魔王は紛うことなき真実を告げる。財布を握る勇者は一銭も持たせてくれなかった。



「え!? そうなんですか!? ……じゃ、一体何を?」

「貴様の知人に畑づくりの知識を持った者はおらぬか?」



 これが今回の目的である。その人間を見つけるまでは家に帰ることはできない。



「な、なるほど。お姉さんは畑づくりにご興味があるんですね」

「そうだ。この店の商品の仕入れ元、取引相手を紹介してくれればいい。そやつならば畑に関する知識も豊富なはずだ」

「うーん……」



 人間は理解を示したが、直後悩み始めた。



「どうした? 教えてくれぬのか?」



 悩みの表情は崩れない。魔王には推測の時間が生まれてしまった。


 

 この人間は取引相手を明かすことを躊躇ちゅうちょしている。それは一体なぜだ。もしや、取引相手が奪われることを懸念しているのか。われが近い将来、商売敵しょうばいがたきとなると考えているのか。だが我は間違いなく「畑づくりの知識を求めている」と伝えた。決して「新しく青果店を開店するゆえに、仕入れ元を探している」などとは言っていない。それでも答えることを躊躇ためらうということは、われが嘘をついているという想定をしているのか。この人間……あなどれれないな。



 そう、魔王が推測すると同時に、人間はようやく口を開いた。

 何か、大きなことを決心したかのように。



「ぼ、僕じゃだめですか!?」

「…………何がだ?」



 青果店は不思議な空気に包まれた。

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勇者と魔王がニートになりまして…… まぞくふぇち @eno3take3

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