第7話 静かな国の終わった町にて

 勇者と魔王は二人山を登っている。魔王の四歩ほど後ろを、勇者がついてくる形で。



「マオさんまだすか?」

「そうかすでない。もう着く」



 ちなみに二人はやろうと思えば“大跳躍だいちょううやく”という名の大きな一歩で目的地にたどり着くことができる。ただ約束上しないだけ。



「ほら、着いたぞ」

「……おぉ」



 時刻は夕方。眼前がんぜんにはしずむ太陽に染められたふもとの町。

 そして、最も視界が開けた位置と思われる場所にはおあつらえ向きに椅子いすが並べられている。それも絶妙なバランスで。



「なんすか? これ」

ぬしと訪れたいと思っておったからの。用意しておいたのだ」



 そこまでしてんだったらもっと素直に来てあげりゃよかった、と勇者はひっそり思いながら腰を掛けた。



「ここは不思議な場所だな。なぜか、我が故郷ふるさとつうずるものを感じる」

「え? ここが? マオさんの? 故郷に?」



 あぁ、魔王が感慨深そうにうなずく。



「魔界ってもっと薄暗くて陰湿いんしつ鬱陶うっとうしくて……あと何か……くさいんじゃないですか?」

「前三つは別として、くさくはないぞ。決して……。で、話は変わるが、おぬしはなぜここを選んだのだ?」



 魔王は疑問に思う。勇者がこの場所を住処すみかとして選んだ訳を。

 


 魔王は確かにこの地を気に入っている。それは、かつての故郷を思い出すからだけではない。雄大さ、静けさ、他にもある。

 しかし、それは偶然そうであっただけ。魔王は住処の選択に一切関与していないのだ。


 

 勇者は頬杖ほおづえを突きながら答える。



「それはこの町が大陸でも一番地味な国にあるからですよ。大陸の端っこだし、別に資源が豊富なわけでもないし、領土が極端に大きくも、小さくもない。言えば地味な国なんです。加えて、今この町には領主りょうしゅが居ない」

「領主が?」

「領主が不在ふざいって言った方がいいすかね。どっか行っちゃてるんです。だから実質、無法地帯むほうちたいなんで、オレ達みたいな怪しいよそ者がいても全く違和感ないんですよ」



 『空気がうまいから』のようなもっと雑な理由だと思っていた矢先、一応は理に適った答えが返ってきて魔王は少々面を喰らう。



「なる……ほどな。……だが、無法地帯むほうちたいと言うが、この町の人間は落ちぶれているようには見えない。閑散かんさんとした中でも、どこか希望をもって生きているように見える」

「そう……なんですか? それは知らなかったです。なんでですかね」



 勇者の頭の中では、『恐ろしい魔王が死んだから』という最も安直な理由が出てくるが、きっとそうではない。もっと別の理由があると見ているからこそ、魔王は疑問に思っているのだろう。

 そう勇者は結論付けた。



「……というかマオさん、もうこの町の人と話したんですか?」

「いや、見かけただけだ。まだ話したわけではない」



 勇者は魔王の「まだ」という言葉に引っかかりを覚える。

 これから話す予定だ、という意味に聞こえたからだ。



 そもそも、ただの人間である勇者と悪魔である魔王が自然に会話ができているのは、言葉では表現できない関係性がおよそ二年の間で築かれているからである。

 もちろん、最初の方のやり取りは悲惨ひさんだった。

 勇者が魔王に何を聞こうにも、高圧的で傲慢ごうまんな言葉が返ってきていた。

 それが決して魔王の伝えたいところではなく、単に“そういう話し方”しかできないだけ、ということに勇者が気づいてからようやく、二人の会話が成立し始めたのだ。



 もしこれから魔王が人間と関わることになるのなら、少しは『人間との話し方講座』でも開いて、伝授でんじゅしてあげないとな。

 そう思い至ったところで、勇者は魔王に言葉を返す。



「んまぁ、面倒事めんどうごとは起こさないでくださいね」

「無論だとも」


 

 二人の間には暖かな沈黙が訪れる。ただ視界を共有するだけの時間。



 人族の夢を背負い戦い続けていた勇者は今、何を思うのか。

 その力のない表情は何を意味するのか。

 希望の象徴という重圧から解放され、燃え尽きているのか。

 それとも、本当に何も考えていないのか。

 


 魔族の夢を背負い戦い続けていた魔王は今、何を思うのか。

 その不気味な笑みは何を意味するのか。

 最強絶対の魔王という肩書かたがきを捨て、余裕が生まれたのか。

 それとも、恐ろしき計画でも考えているのか。 



「改めて、われら二人の新たな門出かどでを祝おう」



 静かな国の終わった街で“死んだ”二人は祝い合う。



 この二人が共に暮らして、何も起きないはずがないのだが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る