第5話 魔王の初めて
「なるほど。つまり、
「そうなんすよ……。ただ、TPO(時間・場所・場面)に合ってなかったっぽくて……。そのまま無言で別れましたね。……あぁ、今頃絶対『変態勇者』……いやっ、『変態セクハラ変態』って言われてるよ……」
「『変態勇者』は
勇者は自らの遺言を思い出すと同時に
そして魔王は初めて聞く娯楽施設についての詳細を聞き、内容を理解するとともに勇者を不憫に感じていた。自らは考え抜かれた立派な文言とともに散っていったのに対し、勇者はくだらない言葉とともに死んだことになっているのだ。
「まぁそう気を落とすな。どれっ、気分転換に
「あぁ……あぁ……」
魔王が
魔王が、いや魔族が手料理を振舞うというのは並々ならぬ意味がある。
どの種族よりも『力こそ正義』である魔族にとって、体をつくり活力をつける『食事』という概念は大変重要なものとされている。
そして誰かに料理を作って食べさせるというのはこの上ない、『支え』や『励まし』の意味を含んでいるのだ。
魔王は不憫な勇者を元気づけたいという一心で手料理を振る舞うことに決めたのだ。
※
「ユウよ、目覚めよ!」
「んへっ!? て、テバリア様っ!?」
勇者は
ちなみにテバリアとはこの世界を創造したとされている神のことである。ここ、マルグレート大陸に生きる者でその名を知らない者はいない。
「違う。魔王だ。マザンジオだ」
「なんだ、マオさんか」
勇者の目の前いるのはエプロン姿の魔王。なぜか家庭的には見えない。
「なんだとはなんだ。料理、完成したぞ。寝ぼけてないでさっさと降りてこい」
そう魔王は呼びかけたが、勇者はベッドの上で十分近くグズグズしていた。
結局勇者は魔王から引き
「おー、
勇者の目の前には肉中心の豪勢な料理が並んでいる。決して「そこはかとなく」レベルの
「
「いただきまーす」
勇者がひとたびブロック状の肉を切れば、
そんな光景を見ても勇者は特に反応することはない。
「これって……何なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。それは
勇者は二つのことを察する。一つ目はこの肉が“マイルドディア”のものだということ。二つ目は口ぶりと雰囲気からして魔王はきっとこれが初めての料理だということ。
しかし初めてにしては完成度が高すぎることを勇者は気にも留めなかった。
「……そうっすか」
そして急に
「どうだ……?」
「んふぐんふぐんふぐ」
勇者はじっくりと味わうように口に含んだ肉を
「おいし……」
「おいし……?」
魔王は勇者をじっくりと見つめる。魔王の「勇者に褒められたい欲」は
「くないです。まぁまぁ? いや中の下……及第点のちょっと下? いやちょい上? 百点満点中、四十五点くらいですね。初めてにしてはなかなかなんじゃないですか?」
「……」
一切褒められていない。いや、どちらかといえば
仮にも、
ちょっと前まで偉大だった魔王が
それだけではない。
料理初心者が食べる人のことを
どの側面から見ても
「ほう……。よかろう。わかったわかった」
魔王の右手には力が
ただ魔王の右手に
「……一応聞いておくが、比較対象はなんだ……? 教えろ」
勇者は仮にも大陸内でも最大級の富を持った王国に支援を受けていた存在。毎日、豪華な宮廷料理を口にしていたのかもしれない。
魔王の
「母さんの……料理です。小さいときに毎日食べてた母さんの……」
「……」
なんとも怒りのやり場に困る答えが返ってくる。魔王はそっと右手の力を抜いた。
再び訪れようとした災厄は勇者の母によって救われたのであった。
※
「聞くが、ユウよ。
「オレの家族ですか? もういませんよ。母さんと父さんは死にました。兄弟もいないっす」
「ん、まさか
「いや普通に
「……そうか」
人族の寿命はこの世界の種族の中でもかなり短い方である。当然魔王もそのことは知っている。
「でもオレが暮らしてたのは小さな村だったんで、村のみんなが家族みたいなものでしたね」
「そうか。会いたいとは思わぬのか?」
「別に……今は思わないっすね。まぁ会いたくなったらちらっと会いに行きますよ」
「ふっ。そうするがよい」
魔王は優しく微笑む。
そして聞かれたからには勇者も『魔王の家族』については気になるところである。一緒に暮らす中で
しかし、勇者には今言いたいことが他にあった。
「あ、マオさん、ありがとうございます」
「なにがだ?」
「いや、料理っすよ。お陰様でお腹が満たされました。もちろん心も」
「……む。ま、まぁよい」
魔王の想いはちゃんと勇者に届いていたらしい。
「まぁおいしくはなかったですけど」
「殺すぞ」
この日から魔王が料理に熱中し始めたのは言うまでもない。
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