第4話 魔王の遺言と勇者の遺言

「なぁユウよ、食料が尽きたぞ」



 この日は魔王のそんな一言から、一日が始まった。

 新生活が始まってまだ一か月も経っていない中、二人は深刻な食糧問題に直面していた。



「まじすか!? あんなに買い溜めてたのに……。どんだけ大食漢たいしょっかんなんすか!?」

われは女である」

「んーどうしよう……」



 勇者は頭を悩ませる。一応、この家のブレーンは勇者である。



ふもとの町に行くか? さびれているとはいえ食料くらいはあったぞ」

「確かにそれが手っ取り早いっすけど……。いややっぱりそれは無しで行きましょう」

「ほう? なぜだ?」

「だってこのままじゃお金が無くなっちゃいますもん……。そしたら全部終わりです」



 勇者はふところの財布を優しく撫でながら、女々めめしくささやく。

 死ぬ気で創出した資金は大切に使わなければならないのだ。そして勇者にとって“食事”は対して重要なことではない。



「そういえばぬし、あの『勇者の装備』とやらを売り払ってよかったのか? 聖剣せいけんフォルテッシモ、ミューズのよろい、他にも幾つかあったろう?」



 現在は見るからにただの村人のような恰好をしている勇者に対して、魔王は問う。



「全然良いですよ。そもそもあれって別に伝説の剣でも鎧でもないんで。最初に助けた村の村長に押し付け……ゆずってもらっただけです」

「む。特別な加護を授かった『勇者の剣』ではなかったのだな……。誤った情報におどらされたわ」



 魔王は決戦前の部下との会議を思い出す。警戒していた『勇者の剣フォルテッシモ』が何の変哲もないものだったとは思いもよらなかったことである。



「いやでも確かにあれは『勇者の剣』です。他でもない、勇者のオレが握ってたんですから。どんな剣だろうと最強の、伝説の『勇者の剣』ですよ」

「なるほどな」



 魔王は勇者の発言にひどく感心する。

 


 しかし、一聞いちぶん、格好いいことを言ってはいるが、魔王はどうしても勇者が装備を売ったときのやり取りを思い出してしまう。



『店主! これ! あのヴァイデン渓谷けいこくひろった勇者の装備です! 買い取ってください! …………へ!? 五千ベルク!? いくら“クソ装備”だからってそれはないでしょうよ! まず――』



 勇者は思いつく限りの文句を並べに並べて、五千から七千へと買い取り値段を吊り上げていた。なんとも情けない姿であった。


 

 話題は食糧問題に戻る。



「でもめんどくさいな~。動物の方から勝手に食べられに来てくんねぇかな」


 

 一か月近く、日がな一日寝そべっているだけだった怠惰な人間ゆうしゃにとって、“狩り”などオーバーワークである。



「別におぬしが動く必要はあるまい。我に任せよ!」

「へ?」



 魔王が立ち上がると同時に方陣が展開される。



眷属けんぞく召喚――ネメア≫



 その瞬間、部屋にこの世の悪という悪を凝縮ぎょうしゅくしたような巨大な獅子ししが出現する。



「どうだ! こやつに動物を狩ってきてもらおう! 人間にはそのような風習があったはずだ! 良案りょうあんであろう?」

「いや……」



 魔王は自信ありげに胸に手を当て、鼻高々に勇者からの誉め言葉を待つ。



「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い‼ 無理無理無理無理‼ こんなの人に見られたら大騒ぎですよ‼ パニックですよ‼ 国が動きますよ‼」

「むむむ……」



 残念ながら魔王が求めていた言葉は出てこなかった。



 魔王が勇者に褒められたい理由は至極単純しごくたんじゅん。ここ数か月、魔王は活躍の機会がなかったから。

 二百歳を超えている魔王は大変見識深い。しかし人間界においてはその見識は無意味に等しかった。魔王だったころには何をするにしても「さすがは魔王様!」と持ち上げられることが多かったのだが、最近は「ちょっとだまっててください」という言葉を聞くことの方が多かった。



 ここでも役に立てなかった魔王は見るからにしおれていく。『しょんぼり』と言った方が正しいかもしれない。

 指で床をなぞる始末しまつである。

 


 この様子を見て流石さすがに勇者も気を遣う。



「いやでも! 大丈夫です! オレの魔法を使えばっ……」



聖なる覆ホーリーベール!≫



 勇者の詠唱とともに禍々しい獅子はどこか可愛げのある、少し大きめなトラへと変貌する。これでも見る人によっては恐怖の対象となる気もするが……。



「ほら! これなら何の問題もないです! ね! いやさすがですね! さすがは元魔王!」



 魔王に笑顔が戻ると同時にこの家の食糧問題への対抗策として、“ネメアだったもの”が狩りへと向かったのだった。


 ※


「そういえば、町の人間が『大陸から悪魔が消えた』という話をしておったぞ。共に考えた我が遺言はうまく機能したようだな」

「ほぇ、ほへはよはったそれはよかった



 その日の昼下がり、一人物見遊山から帰った魔王が昼寝から目覚めたばかりの勇者に語り掛ける。



 魔王と勇者の最初の共同作業は『魔王の遺言作成』だった。

 遺言の内容を要約すると、


 

『歴代最強の魔王である我をもってしても人間には敵わなかった。故に我を超える存在が現れるまで機を待つのだ』


 

である。これを聞けば全魔族は震え上がる。あの魔王様が負けてしまったのか、と。そして諦める。『大陸征服』という人間からすれば傍迷惑はためいわくな夢を。そもそも魔王マザンジオを超える悪魔などそうそう現れるはずがない。



「……こんなこと聞くの変かもしれないですけど、本当に良かったんですか? 大陸征服やめちゃって」



 勇者の言い回しは丁寧だが、彼の最も鋭利な指は右方うほう鼻孔びこうに突き刺さっている。



「何度も言っているが、我は全く興味が無い。魔王として、皆の期待に応えていただけだ」

「そうっすか」



 魔族の夢を投げ捨てた魔王とは反対に、勇者は人族の夢を叶えたことになっている。その事実を勇者は気にしているのだ。



「聞くがぬし、『勇者の遺言』は残したのか?」

「へ? 残してないっすよ」

「そうか、ならば仲間との別れの言葉が『遺言』になるのか」

「あぁ、そうっすね」

「良ければ聞かせてくれないか? ぬしの遺言を」



 勇者は思い返して再現する。ヴァイデン渓谷に入る手前、四天王の一人バルムザガンが率いた軍と衝突した後の一幕を。



『フォルテ……どうしても一人で行くのか?』



 拳闘士風の男が勇者を心配そうに見つめている。


 

『あぁ。そういう約束だからな』

『でも約束はもう破られたわ! バルムザガンが待ち伏せしてたじゃない! 絶対に一人じゃダメよ!』



 魔術師風の女の言葉は勇者には届かない。



『オレは一人で行くよ。きっと大丈夫だから、待っていてほしい』



 勇者は最後の遠征に連れ添った四人の仲間たちを順番に見つめる。そして、右手を掲げる。



『帰ったら、みんなでおっパブ行こう‼』



 これが勇者フォルテの遺言であった。

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