Parts(パーツ)

土釜炭

私たちは生まれた。

 混沌は意識を生んだ。その意識は誰の意識なのか。


 それはまだわからない。


 ただ一つだけ、解る事があった。


 それは、その意識が「復讐」に向かっているということ。


 意識は物質的結束を発生させ、一つのかたまりが出来た。


 それは意識を形にした物であり、者だった。


 彼は自らを「ブレイン」と名付けた。


 塊は意識を糧に膨らんだ。


 その過程で、ブレインは沸き立つ怒りに触れた。


 記憶。その一部をブレインは感じたのだ。


 しかし、ブレインはその怒りに対して、一方的に意識を傾けはしなかった。


 冷静に、そして情熱的に、分析したのだ。


 ブレインはまだ混沌の中にいる。


 自身の怒りの分析と、たましいに刻まれた「復讐」を擦り合わせていた。


 長く膨大な時を経て、ブレインの考えはまとまっていった。


 そして、同じ意識を持つ塊、すなわち者がどこかに居るという事実を突き止めたのだ。


 ブレインは旅に出ることにした。


 同じ意識を持つ者を、ブレインは求めたのだ。


 一人では復讐が出来ない。それは思考の末に辿り着いた答えだった。


 ブレインは自分を含めた、同じ意識を持つ者を「パーツ」と呼ぶことにした。



 周囲の闇を、いち早く払う必要があった。混沌の中ではパーツは探せない。


 ブレインは想像を膨らませる。とはいえ、混沌に生まれたブレインは、混沌しか想像できない。


 なので記憶の一部から、自分のいるべき世界を想像し、創造した。


 ウッドデッキの上に男が立っている。蓄えた口髭からパイプを吸い、煙を吐いた。


 かたわらには飲みかけのウイスキーの入ったコップがあって、男は「goddam!」と叫び、カードをテーブルに叩きつけた。


 椅子に座った二人の男が、口髭の男を見上げ、にやりと笑った。


「保安官、仕事中にウイスキーなど飲んでいるから、ツキが減るんだ」


 一人の男が言うと、口髭の保安官は胸のバッジを指で弾いて、ウイスキーを煽った。


「早く馬を捕ってこい。カード遊びはここまでだ」


「負け分を払わない気ですか? いくら保安官とは言え、それは目に余る」

 男の一人が立ち上がり、カードをテーブルに置いた。


 ブレインは、まだ椅子に座ってカードに目を向けている男に


「あ……。あ、え、おん、ま、る、お、き」

 ブレインは声の出し方を確かめる。


「おい、お前も早く馬をとっ捕まえてこい。さもないと牢にぶち込むぞ」


 椅子から立ち上がる。


「ほ、あん、かん」

 ブレインは保安官の表情を確かめるように見ながら、言葉を発してみた。


「なんだ、お前、気持ち悪いな」


「き、もち、わる、い」


「おら、早く行けってんだよ」

 保安官がブレインの頭をひっぱたく。


「いたい」

 ブレインは自衛をした方が良いという判断をした。


 保安官の右腕が根元から吹き飛んだ。

 

 何が起きたのか理解が追い付いていない保安官の顔は、一瞬にして青ざめ、その場に膝を着いた。


「え、おい。お前……」

 隣にいた男がブレインの顔を見てから、背を向け走って行く。


 ブレインの右腕は服が破け、肩が外れている。そして、指先は骨折していた。


 まだ、力の加減が分かっていない。


 動かそうとすると、右半身の全体に痛みが走った。


「お前……何をした……」

 保安官は言って、そのまま前向きに倒れた。右腕の切断面から、血が流れている。


 店の中から数名の男達が出てきて、ブレインの顔と保安官を交互に見た。


「なに突っ立ってんだお前。殺されるぞ。早く逃げろ」

 背の高い、黄色に変色したシャツを着た男が言って、保安官のジャケットから金の懐中時計を外した。


「どこ、いけば、いい?」


「は? 知らねえよ」

 背の高い男は金の懐中時計をポケットにしまいながら、店の中に戻って行った。その後ろを数名の男達が付いて行った。


 ブレインは、ウッドデッキに流れる保安官の血を、這いつくばって飲んでみた。

 生ぬるく、身体が受け付けない匂いがした。


 右腕が言う事を聞かないので、左手でもぎ取ったら、保安官と同じように血が噴き出て、身体から力が抜け、倒れてしまった。


 ブレインは男の身体から抜け出ようと思った。

 しかし、どうしてか、それは叶わなかった。


 目を動かしてみる。保安官が目を瞑っている。幸せそうに。


 ブレインの中に慈愛が生まれてくる気がした。

 この男達は可哀相だ。


 死を、ブレインは知っているはずだった。


 混沌の中にまた、戻ろうとしている。


 パーツを探し出し、復讐を遂げる。また意識から始まるのだろうか。


 これで何度目だろう。命が尽きるのは。


 ブレインは学習していない。自分で考える事は出来るが、周囲に合わせた学習をすることが出来ていなかった。


 次の意識からは、学習というものを重視してみよう。そう思い、目を閉じた。


 ブレインの意識は混沌の中に戻った。


 復讐、怒りの思考を経てパーツを見つける考えに至る。一人では難しい事を知る。


 ブレインはまた、旅に出ようと決めた。


 おっと、学習だ。そう。学習しろ。


 自分の考えだけではダメだ。


 記憶の一部から世界を想像し、創造した。


 この世界はさっきとは違うから、前のをブ。この世界はレと呼ぼう。


 レの世界では、学習を重視する。パーツ探し及び復讐はその後だ。


 肉に包まれている。ブレインは思い、手を思い切り伸ばした。


「きゃあ、どうしたのこの子は」


 女の腕に抱かれている事を知る。


「らあ、だ」

 上手く口が回らない。その上、非力だ。


「はいはい、おむつですかねえ」


「奥様、私が」

 肉の女から、痩せた女に、ブレインの身体は移された。


「お願いするわね。ふう。子育てって大変ねえ」

 肉の女は、猫の脚の形をした椅子に腰掛ける。


 痩せた女の手から、ブレインはベッドへと寝かされ、排泄物の処理をされた。


「あ、だ、うう」


「マクシミリアン様は、利発なお方ですね。赤ん坊のうちから、こうして伝えて下さっている。きっと将来は、歴史に名を残すようなお方になられるのでしょうね」

 痩せた女が言う。


「あら、あなた。そんなのは当たり前の事じゃないの。私の子よ」

 肉の女が扇子を仰ぎながら言う。


「これは、失言いたしました」


「いいの。もう、疲れたわ。あなたも、それが終わったら休みなさい。あ、その前に紅茶を一杯淹れてちょうだい」


「はい」

 痩せた女はブレインの頭を撫でた後で離れていった。


 ブレインは寂しさを感じた。泣く。

 そうすれば痩せた女が戻ってくるかもしれない。


「あらあら、どうしたのかしらこの子は、泣き虫さんなのかしらねえ」


「奥様、大丈夫ですよ。きっと誰の姿も見えなくなって寂しかったのでしょう」

 痩せた女は紅茶を淹れながら言った。


 ブレインは、マクシミリアンという名で育った。


 学習をし、働き、恋をし、家庭を持った。

 肉の女の死を悼み、痩せた女はいつからか自分の前には居なかった。


 金融を知って、ブレインはレの世界では一目を置かれる存在となった。


 レの世界でのブレインは、生涯を全うしようとしていた。


 死の淵で、ブレインは思い出した。「復讐」という魂に刻まれた意識。


 子に託そうとしたが、誰に対する怒りなのか、復讐なのか。


 ブレインは、肝心な事を思い出せていなかった。


 そして、ブレインはレの世界で死に、混沌の中に戻った。


 いつまでそうしている気だ?


 どこからか聞こえてくる。……いや、聞こえてきているのではない。


 元々、一つであったパーツの誰かが、意識を共有しているはずの誰かが、自分が、そう言っている。


 我々は待っているのに、お前はそうして何度も混沌に帰る。


 復讐はどうした。レの世界を謳歌してどうする。楽しかったか?


 ブレイン……お前は自らをそう呼ぶのだな。


 ならば、私の事はアームとでも呼ぼうか。


 私は待っている。次の世界。次は、イの世界で良いのかな?


 そこで、私は待っているぞ。


 いいか、ブレイン。意識を保つんだ。復讐を忘れるな。


 忘れてはならない。そう刻んだはずだ。我々の魂に。


 さあ、行くのだ。復讐と怒りの思考を経て、我々は一つにならねばならない。


 イの世界が始まった。今度は、学習にかまけている暇は無い。


 さっさとパーツを見つけ出し、復讐を遂げなければ。


 大砲の音が鳴る。


 あれは、四斤山砲よんきんさんぽうという、フランスで開発された大砲だ。

 名前の由来としては、四キログラムの砲弾を使用するところからきている。


 ブレインは、かつてレの世界で学んだ事を思い出している。

 こう思考することによって、本来の意識を保つのだ。


 配備された戦争としては、フランスの関わる戦争はもちろんだが、日本の戊辰戦争や西南戦争なども有名である。


「おい、ぼけっとするな。死ぬぞ」

 汚い尻を向けた牧田庄之助が振り返り言う。


「俺が、死ぬ? そんなわけないだろ」

 ブレインは言って、目の前にある汚い尻を叩いた。


「お前、何を言っている。あの人数をみろ。俺らは持ってあと数時間の命だ」


「牧田。お前は勝手に死ねばいい。だがな、俺にはやる事があるんだ。こんなところで死んでたまるか」

 ブレインは忘れていなかった。復讐という魂に刻まれた意識を。


 そしてこの世界に落ちたことを幸運に思った。


 手のひらを見て、握り締めてみる。力がみなぎる。


 レの世界で知った感覚をそのままに、イの世界ではきっとやり遂げてみせる。


 まずはこの戦局から逃げのび、そしてパーツを探す。それから復讐だ。


 誰に? は、パーツが揃えば、その時にわかるだろう。


「牧田。逃げるぞ」


「え?」


「死にたいのか。逃げるんだよ」


「あ、ああ。そうだな。元々百姓の俺たちが、命張るのもおかしい話だ。しかし」


「そうだ、死ねばまた混沌に帰るだけだからな」


「は?」


「いい、こちらの話だ。とにかく、川に飛び込むぞ」


「いや、それは死ぬ。馬鹿かお前」


「何を言う。大砲の前に出る方が死ぬ確率は圧倒的に高いぞ。それに、向こうは西洋式の機関銃まで完備している。こんな、なまくらで勝てる相手じゃない」


「鈴木、お前。武士道を捨てたのか」


「そうだな。そう思われても仕方のない事だ。だがな、牧田、お前にも子があるだろう。おみっちゃんの事だって、どうする気だ」


「ここで逃げて、後ろ指をさされたまま生きろというのか」


「牧田、それは馬鹿な考えだ。妻と子を想えば、他人などどうでもよい事のはずだ。日本人は昔から変わっている。武士道だの、切腹だのと。大政奉還があって、やっとそのような考えがなくなってきていたというのに、士族は納得がいかないのだろうがな。お前は士族でもないだろう」


「だが、日本人だ」

 牧田は言うと、目に光が宿った。


 ブレインはそれに魂の輝きを見たが、牧田の尻を見ながら後ずさりをし、川に飛び込んだ。


 牧田が振り返る。

「鈴木! 生きていろよ! 俺も生きる! そしてまた、どこかで会おう!」


 牧田、それはない。なぜ飛び込まない。お前はそこで死ぬ。

 頼む、飛び込んでくれ。


 ブレインは川の流れに乗り、下流に流されていった。


 左足が折れているようであったが、岸にたどり着き、水を吐いて身体を上げた。


「……海が、近いのか」


 潮の匂いがした。これもレの世界で知った匂いだった。アメリカという新しい国に旅行した時の、海岸で知った匂い。


「しかし、粗末な服装だ。良くこれで戦争などしていたな。鈴木よ」

 ブレインは自身の服を見回して思う。


 ブの世界はアメリカの外れの街だったのだろう。レの世界はそれよりも少し後だ。そして、このイの世界は、日本という島国。知っている。東の外れにある国だ。


 何とも遠い所まで来た。


 しかし、年号で言えば、今の時代が一番進んでいるか?

 わからない。


 目の周りが腫れている。


 あれは、蟹か。小さいが、喰えるだろう。動け、鈴木。


 ブレインは手を伸ばす。沢蟹がこのような下流にいるとは。


 ここは汽水域になっているようだが。

 蟹を叩き潰す勢いで握り込むと、すぐさま口に入れて咀嚼した。


 やはり、焼いた方が旨いのかもしれない。


 そうだ、マクシミリアンの時に、私は大きな蟹を食った。

 あれは、とても大きかった。


 海老も沢山食べたな。……腹が減った。


 アーム。どこに居るのだ。そちらも、私を探しているか?


「おかあちゃん。なんや、おっさんが倒れてんで」


「あら、ほんに。こんなとこで寝ていはるの?」


 着物というやつか。いや、おいの知っている着物は、もそっと派手だったような。

 和服という名称で統一されていたか。


「おら、おっさん。こんとこで寝とったら風邪ひくで」


「あんた、ここらの人じゃない?」


 ブレインは身をよじり、母親の裾を掴む。


「め、飯をくれ」


「うわあ! おかあちゃんから離れろや! おっさん!」

 子供が手に持つ棒切れでブレインの頭を叩いた。


 ブレインは痛みに耐えかねて身を丸くした。


「飯て、あんた。ただで食えるとおもてはるの? この時勢に」


「す、すまない。しかし、銭がないのだ」


「なんや、物乞いかいな」

 子供が言って、唾を吐いた。


「ぼん、やめんさい。おっちゃん困っとんのや。助けたらなあかんで」


「う、ありがたい。すまない。死ぬほど腹が減っているようで」


「そなら、知り合いのとこで雇ってもらえるか聞いてみましょか」


 仕事なら、散々してきた。とにかく飯だ。食わねばまた死ぬ。


「よろしく頼む」


「おっさん、ものすご格好悪いで。ほれ、立てや」

 子供が言ってブレインの乱れた髪を引っ張った。


「これ! 乱暴にしなや」

 母親が止め、ブレインに手を差し伸べる。


 ブレインが母親の手に触れた時、記憶が流入してきた。


 激動の時代を生き抜くために、この母親は過去に人を殺めた事さえある。

 そして、隣にいる子は、自分の子ではない。


 ブレインの目に涙が浮いてくる。肉の女と、痩せた女を思い出していた。


「すまん、ぼん。すこしだけ、優しくしてくれたらありがたい」

 

 ブレインが言うと、子供は髪から手を離し、そっぽを向いて歩き始めた。


「立てますか?」

 母親は言うと、ブレインの手を引いた。


 ブレインの身体がぐっと引かれ、その勢いで立つことが出来た。

 左足に痛みが走る。


「骨、出てますよ?」


「ああ、さっき、折ってしまって」


 母親はブレインを再度座らせて、子供を呼び、棒切れを奪った。


「なんや! おかあちゃん! おっさんに惚れたんか!」

「馬鹿な事言ってんと、ほれ、おっちゃんの口に板でも噛ませてな」


 母親は、「いくで」と言ってから、ブレインの左足を引っ張った。

 そして、骨の位置を修正し添え木を当て、袖の一部を破いて巻き、固定した。


「これなら」

 母親は言うと、ブレインを立たせた。


「すまない、ありがたい」


「ええて、その分、働いてもらうで」

 母親は言うと、ブレインの腕を肩に回し、笑った。


「おかあちゃん! おかしいて! そんなおっさんほっとけや!」


「ぼん、おかあちゃんが助けたんやで。親切は帰ってくんねん。覚えとき!」


 ブレインは、安心した心地の中で、緊張の綻びを感じた。

 

 それは、レの世界にいた時、自らの子が生まれた時と似た感覚であった。


 俺は、誰に復讐をするんだ。なあ。我々の魂に刻まれた仇敵とは、誰なのだ。


 アームに出会えぬまま、ブレインは鈴木としての生を生きた。


 しかしレの世界の時とは違い、復讐を、怒りを忘れたことは無かった。


 ぼんが家を出る頃になって、ブレインの小屋を訪ねてきた。


「鈴木のおっさん。世話んなったな。俺は東京に行く。おかあちゃんを頼みたい」


「ぼん、ええか、命だけは守れ。戦争に行くんやろ。おかあちゃん悲しませたらあかんで。生きて帰ってこいや」


「簡単に死んでたまるか。おっさん、あんたこそ生きとってな。俺が帰ってきて死んでたらあかんで。約束や」


「ああ、ぼん。おかあちゃんは俺の命の恩人やからな。命張ってでも守ったる」


「なあ、おっさん。なんで、おかあちゃんと一緒にならないんや」


「俺にはその資格がない。ただそれだけや」


「そか。まあ、元々物乞いやしな」


 ぼんは言い、小屋から出て行った。


「鈴木はん。よろしおますの」

 死神が暗闇から言う。


「ああ」


「んじゃ、刈らせてもらいまーす」


 死神の報酬を、ぼんとその母親に捧げ、

 ブレインは鈴木としての生を終えた。


 地獄の炎は、ブレインを焼き続けた。


 母親の業は、閻魔の采配を迷わせないほどに深いものだった。


 ブレインは悠久の時を地獄で過ごし、ついに業が晴れたのは、人類が宇宙に出てから四万年の時を経た時分であった。


 ンの世界。それは混沌の中から生まれた世界だった。


 ンの世界は宇宙で、


 宇宙は果てしなかった。ブレインは彷徨っている。


 閻魔にサヨナラを言った時、閻魔は笑って「またこいや」と言った気がした。


 地獄で焼かれながらも、ブレインは考えるのを止めなかった。


 パーツ達の居所を考えていたのだ。


 アームは、待っていると言っていた。


 元は一つの者であったのだから、意識を座標にして集まって来てもおかしくないのに、どうしてか、パーツのそれぞれと会えない。


 ブレインは怒りがパーツ達の、それぞれの判断を曇らせているのではないかと仮説を立てた。


 地獄の炎で焼かれ続けていたブレインが、いつからか怒りを失っていたからだ。


 復讐という言葉と具体的な行為はつまり、対象を殺す事だが、それに疑問さえ抱き始めたのだ。


 怒りが無いのなら、何のために? 何のために私はパーツを見つけ、復讐をするのだろう。しなくてはならないのだろう。


 魂に刻まれた復讐という業は、地獄の炎に焼かれても残った。


 それは、ぼんの母親の業でも、マクシミリアンの乳母であった痩せた女の業でも、保安官の業でも足りない。


 究極、完全なる業であるのだ。


 そうと決めたのは、ブレイン自身である。

 だから、パーツ達にも同じ業があるのだ。


 混沌から生まれたブレインは、ンの世界とは兄弟のようなものだ。


 世界。


 ブレインは、はっとして、動きをとめた。


 向き合っていたのだ。ブレインは、この世界と向き合っていた。


「そうか」

 ブレインは呟き、ある場所に向かって動き始める。


 宇宙の果て。


 ブレインは、混沌の作り出した宇宙の果てに辿り着いた。


 蜘蛛が巣を張り、天体のいくつかが捕まっている。


「やっと来たのかい」


「ずっと待っていてくれたのか」


「もちろんだとも。お前は私で、私はお前なのだから」


「では、アーム。他のパーツ達はどこに居るのだ?」


「私が最後だよ。お前、もしかして自分が見えていないのかい?」


 ブレインは、自分の姿を見た。


 地獄の炎で焼かれていたから、久しく自分の姿というのを確認していなかったのだ。


「お前は、ブレインなのだろう? ボディのほとんどは、すでに出来上がっていたのさ。ほら、この天体達をみてみな」


 蜘蛛の巣に捕まった天体のそれぞれは、あらゆる環境を作り出している。


「この一つ一つが、世界。そしてお前なのさ。司っているのもお前だ。すべては私で、お前。わかるか?」

 アームは言うと、糸を紡ぎながら一つの脚でパイプをふかし始めた。


「色々な旅をしたらしい。うらやましいよ。あらゆるヒトの記憶のそれらを、ブレイン、お前だけが出来たのだから」


「アーム。一つになれば、お前も経験したことになるだろ」


「そうだけどね。そうじゃないんだ。私は、個性が欲しかったんだ。他のパーツとは違った経験、考え、価値観。……好奇心の塊だよ私たちは。元は一つなのに、ふしぎだよな」


「まあな」


「それにブレイン、お前はヒトだった。私は蜘蛛。フットは亀だったし、レッグはカバだ。ゾウなんてのもいたぞ。人以外の動物なんて、つまらないものだ。繁殖を願い争うのみ。ま、ヒトに飼われていれば多少は違ったりするんだがな」


「それぞれに経験をしているじゃないか。それではダメなのか」


「それは、パーツそれぞれによって考え方が違うからな。ただ私は人間が良かったよ」


「そうか。それは残念だったな。だが、ヒトも辛いことが多い。これは本当だ。楽しいだけじゃなかった。……アーム、聞いていいか。我々は一つになり、誰に復讐をすると言うのだ」


「そんなもの、決まっているだろう。我々という意識を生み出した根源だよ」


「混沌のことか」


「そうさ」

 言った後で、蜘蛛の形を成しているアームは、腕の一本を糸に掛け力強く引いた。


「ほら、こいつが、混沌の正体さ」


 闇の天蓋を捲った。そこには人体で言う所の、目玉があった。


 それは最も巨大な目玉だった。


「これが、混沌だと?」


「ああ。さ、ブレイン。さっさと一体になって、こいつをっちまおう」


 アームはブレインの傍に近づいて、腕の一本を差し伸ばした。


 ブレインはアームの腕だけでなく、蜘蛛の成りをしたその姿をそのまま丸ごと飲み込んだ。


 ブレインを頂点とするパーツ達は、それぞれが光り出し、一つの形を成した。


 それは奇妙な形をしている。


 大きな広場の上に、大木が五本生えたような。


 それに刻まれた皺の数は、生命の数か。それとも業の数だろうか。


 つるつるとした箇所は、きっと成長し続ける赤ん坊を表している。


 木の幹が所々曲がっているのは、性格の歪みかもしれない。


 とにかくその形は、人体で言う所の、だった。


 ブレインは巨大な手となった、意識の集合体の頂点に居る。

 いや、元々それらは一つの者であったのだが。


 混沌によって切り離されたそれら。


 手の形を成して、その一番強く力の出る親指で、天蓋の奥から覗く目玉を押しつぶした。


 黒い涙が流れ始める。涙は川になる。


 川の中には無数の星屑がちりばめられている。


「これで、混沌はなくなるのだろうか。ぼんは、生きて帰って来られたのだろうか。マクシミリアンの本当の母親は、帰って来てくれただろうか。保安官は、背の高い男から金の懐中時計を奪ったりしないのだろうか」


 ブレインはため息をついた。


「この世の業は、晴れたか?」


 ブレインは、流れる川の傍らに腰掛ける。


 四斤山砲の砲撃音がする。


 赤ん坊の泣き声がする。


 誰かの呼吸の音がする。

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Parts(パーツ) 土釜炭 @kamakirimakiri

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