インターバル・宿にて

M.35 轍をなぞる

 ペルティカの村を出た馬車が走り始めてからしばらくの時間が経った。相変わらず周囲には大自然が広がっている。地平線の向こうまで伸びる一筋の街道はまるで天から降りてきた蜘蛛の糸のようで、このまま手繰って行けばどんな世界とも繋がるような錯覚さえ覚える。そして、そんな数多ある糸の一つを走っている爽志とロディーナの二人はペルティカでの戦いのことを振り返っていた。


「では、そのチャクラムが武奏器で、しかもムジカの遺物だった…ということなんですか?」


「ですね。…夢で見た通りなら」


 爽志は自らでそう話しつつも半信半疑といった気持ちだったが、夢で見た女神の言う通りにしたらチャクラムの力が発動したのだ。超常的な現象に戸惑いはしたが、自分自身が経験したことが全てだろう。


「それにしてもソーシさんは凄いです!符術だけじゃなくって、武奏器まで扱えるなんて!」


「い、いや、俺の力ってわけじゃ…」


 思わぬところで褒められた爽志は思わず顔を赤くした。元の世界ではそうそう褒められるようなことが無かったため、謙遜はしたものの顔面は溶けてしまっているかもしれない。このままではその内に口からエへへなどというリアクションが漏れてしまいそうだ。


「いいえ、ソーシさんの力ですよ!そのおかげで助かった人がたくさんいるんですから」


「…ありがとうございます。そうだと良いな」


 赤くなった頬を隠すように、爽志は窓の外へと目を向ける。天気は快晴。先ほどから変わらず雄大な平原が続いている。二人が乗る馬車の前にも通る馬車があったのだろうか、轍跡てっせきをなぞるように街道を進む。だが、余りにも景色が変わらなさ過ぎて、いよいよ不安になった爽志はロディーナに尋ねた。


「今、どれくらい進んだんですかね?」


「う~ん、どうなんでしょう?御者さんに聞いてみましょうか」


 ロディーナはそう言って馬車の窓を開ける。すると、フワリとした風が窓から中に入ってきた。重たさや濁りのない、透き通るような爽やかな風を顔にいっぱいに感じながら御者へと声を掛けた。


「御者さん!」


 御者はロディーナの声にピクリと反応したが、こちらを振り向かずに前を向いたまま返答をする。その仕草から御者は御者なりの矜持を持って仕事をしているのだということを感じさせた。


「はい!なんでしょう?」


「今、どの辺まできましたか?」


 御者は周囲に頭を振ると少し考えて、今度はロディーナの方をチラチラと見ながら返答をした。顔も見ないで話すことに気が引けたのかもしれない。


「アルファベースまではまだまだ三分の一くらいってところですかねぇ」


「そうなのですね」


「もう少ししたら休憩を入れますんで、また声を掛けますよ」


「ありがとうございます!」


 ロディーナは窓を閉めて座り直すと、ふぅと息を吐いた。その顔には少し困ったような笑みを浮かべている。


「だそうです。まだまだ時間が掛かりそうですね」


「はは、ですね。そう言えば、アルファベースって町はどんなところなんですか?」


「アルファベースですか?私も行ったことが無いので詳しくはわからないんですけど、ギルドがあるということは大きな町だということでしょうね」


「へぇ。ギルドって、大きな町にしかないんですか?」


「えぇ、ギルドを設置するには人手が必要ですから。単純な話、人口が少ない場所には設置が難しいんです。勿論、例外はありますけどね」


「なるほど…。ところで、そのギルドってやつは何をする場所なんですかね…?俺、何となくわかった振りをしてましたけど、実は何もわかってないんです…あはは」


 それを聞いたロディーナは目を丸くすると、それから少しの間を置いてから吹き出した。爽志は突然の事にギョッとする。


「?!」


「ご、ごめんなさい!そうですよね、ソーシさんがあんまり馴染んでるものだから、つい別の世界から来ていただいたことを忘れてしまって…」


「えぇ?馴染んでます?」


「はい、とっても!」


 二人は顔を見合わせて笑った。爽志にとっては余り良い状況ではないが、悪いことばかりではない。頼りになるロディーナも付いているのだ。そう思うと彼女に出会えたことは大きな幸運だったと言えるだろう。それはここ数日で実感したことだ。


「それで、ギルドって言うのは?」


「えっと、私が所属するトリアディックオースについてはお話しましたよね?」


「はい。T.O…でしたっけ?」


「そうです」


 トリアディックオース。通称T.Oは音災に対応するための組織だとロディーナは話していた。そして、ロディーナもその組織の一員である、と。


「対音災専門の組織であるT.Oとは違い、人々の生活のあらゆる問題に対応するのがギルドです。探し物から人と人の諍いに至るまでその活動は多岐に渡ります。場合によっては音災に対応することもあるそうですよ」


「へぇ~」

(警察みたいなもんかな?)


 そんな組織が存在するとは意外だった。治安を維持するためにはそういった組織が必要になるのはごく自然なことだが、音災以外では平和な雰囲気のクラルステラで誕生するものなのだろうか。ギルドというものに対して俄然興味が湧いてくる。爽志はそこではたと気付いた。


「あ!だから大きな町にしか無いのか」


「そういうことですね。人口の少ない土地ではペルティカ村の自警団のようにそこに住む人たち自らが対応することがほとんどだと思います」


「なるほど。そういうもんなんですね…」


 小さな村、大きな町、どこであろうと人の暮らしを守るということは大変なことだ。元の世界では当たり前のようにそこにあったものに思いを馳せる。悲しいかな当たり前が当たり前では無いということに人は無くなってから気付くのだ。


「なんだかアルファベースに行くのが楽しみになってきました」


 爽志は期待に胸を膨らませている。自分の置かれた状況を調査するのもそうだが、ここに来て知らない土地を旅する楽しみのようなものに目覚めつつあった。せっかく異世界に来たのだから、すぐに帰らないと決めた以上、楽しまなければ損だろうと考え始めたのだ。


「そうですね、私も行ったことない町なので楽しみです」

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