M34. 次なる旅へ

 一同は宿屋のカウンター前の広間に移動した。ラギリスがカウンターにいたモークスに声を掛け、彼はそれを聞くと駆け足で出て行った。ここまで来ると宿屋の主人というよりあっちこっちを駆け回るメッセンジャーと言って良いかもしれない。

そうして、少しの間その場で待っているとモークスが両手いっぱいに荷物を抱えた女性を連れて戻ってきた。


「遅くなってすみません!お持ちしました~!」


 慌てた様子で到着し、肩で息をする女性。その顔を見てみると、どこかで見た覚えがあった。


「あれ?!あなたは…」


 二人は驚いた。その女性は昨日、爽志とロディーナが村に着いたばかりの時、宿屋の場所を訪ねた女性であった。しかし、昨日とは打って変わってすこぶる元気といった様子だ。


「え?あ…!あなたたちは」


「アメノ。こちらはロディーナさんとソーシさん。この村を救ってくれた恩人たちだ」


「え?!じゃあ、あなたたちが噂のボーダーチューナー?」


(噂になってんの?!)


 おかしなことはしていないつもりだが、どんな噂を立てられているのやらわかったものではない。そう思うと爽志の額を冷や汗がつたった。


「それでアメノ。持ってきてくれたのかね?」


「は、はい!こちらに!」


 アメノはそう言うと両手で抱えてきた荷物をカウンターへと広げた。どうやら服のようだが、和服のような洋服のような不思議な雰囲気の服だ。爽志は当然のこととしてロディーナも見たことが無い様子だった。生地の表面は艶々とした光を放ちながらも、ギラギラしたものではなく、まるで着物を思わせるような落ち着きがある。


「これがペルティカ村の伝統工芸品。アウタービートです」


「…アフタービート?」


「い、いえ、アウタービートです」


「あうたーびーと…」


 爽志はラギリスの言葉を反芻した。しかし、アフタービートなら聞き覚えがあるが、アウタービートという言葉は聞いたことが無い。


「これは音素を練りこんだ特別な糸で織り上げた代物でしてな。汚れにくく、ちょっとやそっとの力では破れない丈夫さを併せ持つ服なのです」


「凄い…!そんな物が」


「しかし、今やこの村で製作出来る者もわずかとなってしまいました。アメノもその一人」


「は、はい!恩人に気に入っていただけるかわかりませんが、心を込めて作ったものです!」


「今や貴重となった品ですが、是非お二人にと思いまして。受け取っていただけますかな?」


「こんな素敵なものを…ありがとうございます!とっても嬉しいです!」


 爽志とロディーナはアウタービートに身を包んだ。ゆったりとしながら締まるところは締まるという快適な着心地だ。それに釣られてか不思議と気分も引き締まるような気がする。


 そこからしばらくの時間が経ち、ラギリスが手配してくれた馬車が到着した。二人は馬車へと乗り込んだ。そして、馬車の窓を開け、見送る人たちに声を掛けた。


「皆さん、お世話になりました!」


「こちらこそ大変お世話になりました!村の周りの調律までしていただいて何から何までありがとうございます!」


 ようやく騒動が収まった村にすぐにまた音災が起こってはたまらないということで馬車が来るまでの間、ロディーナは村の周囲を調律していた。


「いいえ、喜んでいただけて何よりです!」


「ロディーナさん、ソーシさん!本当にありがとうございます!

今度ここにいらっしゃる時には生まれ変わった自警団をお見せしますんで!是非また来てください!」


「はい!是非!その時はまた美味しいものを食べさせていただきますね!」


 爽志はまたここに戻って来ることが出来るのだろうかという思いが頭をよぎったが、今はその考えを振り切るように


「じゃあ、また!」


 と、村の人たちに向け声を掛けた。




 馬車の窓を閉じ、深々と座席に腰掛ける。二人はホッと安堵のため息をついた。プローロ村の騒ぎから休んだようで休めていなかったが、これでようやく一息つける。爽志はロディーナに声を掛けた。


「大変な目に遭いましたね」


「あはは、そうですね。でも、無事に解決出来て良かったです」


「ホントですね。そう言えば、アルファベースってとこまではどれくらい掛かるんですか?」


「うーん、このペースなら途中で宿泊を挟んで、2日あればといったところでしょうか」


「馬車でもまだまだ掛かるんですね」


「えぇ、それでもかなりの時間が短縮出来ます。徒歩であれば4、5日は掛かるでしょうから」


「それはそれで楽しかったかもしれませんね」


「…え?」


「…え?」


 二人の空気が固まった。


「…俺なんか変なこと言いました?」


「い、いえ!なんでもありません!」


「?」


 ロディーナは真っ赤になった顔を誤魔化すように窓の外を向いた。空の上には二人の旅路を祝福するように太陽が燦々と照り付けていた。

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