M33. 捕食

 爽志の宿泊する部屋にラギリスとディアンを招き入れる。すると、ラギリスが口を開いた。


「…では、改めてお礼を言わせていただきたい。この村を救っていただき本当にありがとうございました」


「ありがとうございました」


 ラギリスとディアンが深々と頭を下げてきた。


「いえ、良いんですよ。私たちは当然のことをしたまでです」


「なんとか撃退出来て良かったです。あのホロウノートが元凶だったってことですよね…?」


「えぇ、恐らくそうですね」


「まさかホロウノートがリトルホロウを引き連れて町を襲うなどと…。そんな話、聞いたことがありません。きっと、村にちょっかいを掛けていたリトルホロウたちもあのホロウノートに命令されて来ておったんですな」


「でも、それならどうして東の湖の調査では何も見つからなかったんでしょうか?」


「湖に調査に行った時は奴めがリトルホロウ共に隠れるよう指示していたのでしょう。報告では湖の周りの木が折れていたという話。そして、動物一匹いなかった、と。奴らが動物を狩り、捕食した時に折れたと考えるのが妥当でしょう」


「捕食?!あいつら動物を食べるんですか?!」


 爽志は驚いた。ここ数日、何度か音災と遭遇しているが、そのような素振りは無かった。自分たちが襲われた時も捕食というよりは単に害を加えようとしているようにしか見えなかった。もっとも、自分たちが倒れた後にどうなるかはわかるわけも無いが、そんなことは考えたくもなかった。


「えぇ、正確に言えば動物も…といった方が良いでしょうか。ホロウノートやリトルホロウの体は音素で構成されています。だから、体を維持するのにも音素が必要なのです。

つまり、音素をまとったものならば生物でも無生物でも構わず捕食対象となります。…それでも好みはあるみたいですけどね」


「…好み?」


「人間は食べないのですよ」


「そうなんですか?!…ちょっと安心しました」


 爽志は少しホッとした。しかし、ロディーナが続けて言った。


「ただし…」


「ただし…?なんです?」


「いえ。…なんでもありません」


「え…?」


「せっかく問題が解決したのですから暗い話はこれくらいにしましょう!」


 ロディーナはそう言ってそれっきり黙ってしまった。その先はあまり話したくないといった様子である。爽志は釈然としなかったが、無理に聞き出すのもどうかと思ったのでその先は追及しないことにした。


「…クソ!」


 すると、不意にディアンが悔しそうに口を開いた。


「どうしたんですか?」


「俺らはホロウノートの手下を倒したくらいで良い気になってたってことだろ?…情けねぇ!」


「ディアンさん、もう過ぎたことです。それに、昨日はあなた方自警団が踏ん張ってくれたからこそ討伐することが出来たんですよ」


「そうですよ、ディアンさん。最初からあの数が来ていたら今頃はどうなっていたことか」


「ロディーナさん、ソーシさん…。申し訳ねぇ。お二人には感謝してもしきれない」


 神妙な面持ちのディアンを見かねてラギリスが声を掛ける。


「…そうだな。しかし、感謝をして終わりというわけには参りません。今回は依頼という形でしたので何かお礼をと考えておるのですが…」


 そういうラギリスの顔が少し曇った。依頼をするとは言ったものの、このリトルホロウ騒ぎで村の財政が芳しくないのだろう。そのことを察してロディーナが言った。


「お礼ですか…。では、馬車を手配していただけませんか?」


「?馬車…ですか?」


「はい、実は私たちはアルファベースを目指して旅をしているんです。ここまでは徒歩で旅をしていましたが、急ぎの旅ということもあって馬車があると助かるんですが…」


「おぉ、そんなことでしたらすぐに手配させましょう!ですが、本当にそれだけで宜しいので…?」


「勿論です!…あ、でも、もし良かったら幾分かの食料もいただけると嬉しいです…!」


「それくらいのこと、お安い御用です!」


「やったー!ありがとうございます!」


(…俺抜きで話が決まってしまった)


 爽志は自分も何かお願いしたかったなと少しだけ残念に思ったが、ロディーナの喜ぶ顔を見たらまぁ良いかという思いだった。


「村の恩人に対して、これっぽっちのことしかして差し上げられないとは情けない…」


「良いんですよ、村長さん。一宿一飯お世話になっただけでも十分ですから」


「そうは言われましてもな、村長としてもう少し…。…おぉ、そうだ!

もう一つだけ、私からの贈り物を受け取っていただけますかな?」


「贈り物?なんです?」


「見たところ、お二人の衣服は戦いで傷んでいる様子」


 そう言われてみれば、なるほど確かに二人が来ている服のそこかしこに痛みやほつれなどがあることがわかる。このままの姿で旅を続けていけば周囲の目にいささか不審に映るかもしれない。爽志の服はクラルステラの物ではないし、尚更だろう。


「恩人をそのような状態で村から出してしまってはペルティカ村の名折れ。

実は何を隠そう、ここペルティカには伝統工芸がありましてな。それが服なのです」


「でんとうこうげいが…服?」


「ははは、実際目にした方が早いでしょうな。下へ参りましょう」

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