M32. 夜明けのペルティカ

「ソ、ソーシさん!」


 ロディーナが足を引きずりながらソーシの元へと近付いてきた。足からはまだ出血が続いている。


「ロディーナさん!無理しちゃいけませんよ!」


「私のことより、ソーシさんその力は…?!」


「これは…。ムジカの力です」


「?!…ムジカって…。異世界のムジカのことですか…?」


「そうです。詳しい話は後で説明しますよ。

今は怪我の治療もあるし、村に戻りましょう」


 爽志は光の剣を解除し、チャクラムへと戻した。ロディーナは今すぐにでも聞きたいといった様子だったが、爽志の言葉に促されて、ひとまず村へ戻ることを了承した。

 二人は村の入口へと戻ってきた。そこにはディアンと何人かの自警団のメンバーが座り込んでいた。クタクタといった様子だが、二人を確認すると慌てて立ち上がり、駆け寄ってくる。


「あ、あんたたち!大丈夫か?!」


「えぇ、なんとか。ディアンさんたちもご無事で何よりです」


「…あんたたちのおかげだよ。こっからも見えたが、凄い戦いぶりだった。俺があのままあそこに留まっても何も出来なかっただろう」


「いえ、そんなことは…」


「良いんだ。お二人には本当に助けられた。何とお礼を言ったら良いのやら…。

…えっと、あの、…本当にありがとうございます!」


 ディアンは急にかしこまったような物言いをし始めた。余りこういうことに慣れていないのか、視点が定まらず目が泳いでいる。宿屋での態度との違いに二人は面食らったが、そのぎこちない姿に思わず笑みがこぼれた。


「さっきは本当にすみません。村のために戦ってくれたお二人によそ者だなんだと俺はなんてことを…」


「ディアンさん、もう良いですよ!村もこうして無事だったんですから!今はそのことを喜びましょう!ね?」


「あ、あぁ、…そうですね。ありがとう。

…それじゃ、俺は村長のとこに報告に行きます。お二人はそこにある自警団の詰め所で傷の手当を受けてください。終わったら宿屋に戻って休んで貰って結構です。明日また村長と顔を出しますよ」


「そうですか、わかりました」


 二人はその言葉に甘えて詰め所で傷の手当てをしてから宿屋へと戻って行った。爽志は宿屋に戻ってから武奏器の説明をしようと思っていたが、戻ったころにはクタクタで説明どころではなく、そのままベットに倒れ込み、眠りに落ちてしまった。






 二人が宿屋へ入ってからしばらくのこと。周囲に誰もいないことを確認すると、路地裏から真っ黒な装束を着た人物が現れた。二人が眠っているであろう宿屋の二階を見ながら、口元に笑みを浮かべている。


「思わぬ収穫があったな。ボーダーチューナーだけじゃなく、異世界のムジカ…ねぇ。こいつぁ面白くなってきた」


 嬉々としてそう言うと、黒装束の人物は村の入口の方へと足早に駆けて行き、再び夜の闇へと消えて行った。





―――コンコンコン―――


 次の日、爽志はノックの音で目を覚ました。部屋に戻ってベットに倒れ込み、そのまま朝を迎えたようだ。


「…んー?」


―――コンコンコン―――


 覚醒しきっていない爽志を催促するように、もう一度ドアがノックされる。


「ソーシさん、起きていらっしゃいますかな?」


 村長のラギリスの声だった。


「え?…あ!は、はい!ちょ、ちょっと待って!」


 窓ガラスで自分を見ると昨日の戦いの後、そのまま眠ってしまったため、なかなかに酷い顔をしている。これはいけないと爽志は慌てて身なりを整え、それからラギリスを部屋へと迎え入れた。


「す、すみません!お待たせしました!」


「いやいや、こちらこそお疲れのところ早くから失礼を…」


 ラギリスはそう言って恐縮しているが、外は日が昇ってからしばらく経つようだ。昨日の戦いのことを気遣ってくれたのだろう。ふと、見るとラギリス一人ではなく、その後ろに自警団のリーダー・ディアンを連れていた。


「あ、ディアンさん。ご一緒だったんですね」


「えぇ、どうも」


「…えっと、ロディーナさんは…?」


「それが、扉をノックしたんですが、どうもいらっしゃらないようだったのでこちらにお邪魔した次第で」


「え、いない?!」


「は、はい…」


 それを聞いた爽志は少し不安になった。ロディーナがいなければこの世界を歩こうにも右も左もわからないのだ。置いて行かれたとなっては、にっちもさっちもいかなくなる。

 どうしようどうしよう、そんな不安が頭をもたげ始めた時に誰かが階段をギシギシと上がってくる音が聴こえてきた。音の主はそのまま爽志の部屋の方へと歩いてくる。


「あら、ソーシさん起きられたのですね。それに村長さんたちも。こんにちは」


 音の主はロディーナだった。出掛けていたらしく、足を怪我していたというのに、両手には大量の食糧を抱えあっけらかんとした顔をしている。爽志はホッと胸を撫で下ろした。安心したその顔は飼い主を見つけた犬のようだったかもしれない。


「ロディーナさん!良かった!置いて行かれたのかと思いましたよ!」


「ご、ごめんなさい。…お腹が空いちゃって。ソーシさんも一緒にと思ってノックしたんですけど、寝入っておられたようなので一人で買い出しに出ちゃいました」


「そうだったんですか。全然気付かなかった…」


「私がソーシさんを置いて行くわけないじゃないですか。責任がありますから!」


 ロディーナは自信満々に胸を張る。謎の自信である。


「ロディーナさぁん…」


「…おほん。我々はお邪魔でしたかな?」


 ラギリスは若干気まずそうに口を挟んだ。ディアンも何の時間なんだというような顔をしている。


「あ、あぁ、すみません!ロディーナさんもどうぞ!」


「は、はい!ちょっとこれ置いてきますね!」


 そう言ってロディーナは足早に自分の部屋に戻ってから、再び爽志の部屋へとやってきた。買い込んだ食料を置いてきたロディーナだったが、その手には大きめのパンが握られていたのだった。

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