M31. 胸の言葉

「ここに来てからずっと、頭のどこかで元の世界に帰ることを考えていた。

…だって、そうだろ?見たことも聞いたこともない世界に突然飛ばされて、こっちはどうしたら良いんだか、さっぱりわかりゃあしねぇ。

…でもな、この世界にも暮らす人がいる。生きている人がいる。守らなきゃならない人がいる。

…だったら、俺がやることは一つしかねぇんだよ」


 爽志は深く息を吸い込み、叫んだ。


「俺はぁ!この世界の人にモテたい!元気があるやつもそうじゃないやつにも等しくだぁあああ!この世界に俺の歌を響かせて喜びいっぱいの笑顔にしてやるっ!!

 そうしたら俺はぁ!大手を振って元の世界に帰ってやるんだよぉおおおおおお!!!」


 爽志のありったけの思い。それを聞いたホロウノートは理解できないという顔をしている。しかし、次の瞬間にはそんなこと理解する必要は無いと邪悪な顔をむき出しにして、一撃で終わらせてやると言わんばかりに腕を大きく振りかぶり、凄まじい勢いで突っ込んできた。


「ソーシさん!危ない!」


 ロディーナが力を振り絞って叫んだその時、爽志の頭に女神との会話がよぎった。



(これが…鍵?)


(はい。ですが、これだけでは力を発揮することは出来ません)


(他に何がいるんですか?)


(もう時間が無い。チャクラムに宿った力を行使する時に、この言葉を口にするのです)


 爽志の胸の中に女神からの言葉が浮かび上がってきた。


(…爽志、最後に)


(なんですか?)


(さっき、なんでそんなことを伝えるのだと問いましたね)


(は、はい)


(それは、あなたがチャクラムに選ばれたから。

…それもありますが、しかし、一番の理由は…)


 女神は少しの間だけ沈黙してから言葉を発した。


(…音楽が好きなやつは漏れなく心の友だからです。私の中でね?)




 爽志はチャクラムをかざし、胸の言葉を叫んだ。




「…ソ・ヴェニーテ!」



―――パァァアアアアン―――


「ギギィッ?!」


 破裂音と共に爆発するような輝きが辺りを包み、突っ込んできたホロウノートはたまらず目を抑える。


 ロディーナは横たわりながらも光の中心を目で追った。


「ソーシさん…?」


やがて、光が収まるとその中心には爽志が立っている。しかし、さっきまでと何かが違う。その腕の中には握っていたチャクラムではなく、鮮やかに輝くアコースティックギターがあった。


「…こいつは驚いた。粋じゃねぇか、女神様!!!」


 戦いの最中だというのに爽志は喜びを爆発させた。…無理もない。そのギターは爽志が元の世界で使っている愛器そのものだったからだ。

 すると、爽志は元の世界で行っていたルーティンを始めた。演奏前のチューニングだ。最初は一番太い弦から。一弦一弦、ゆっくりと時間を掛けて音を合わせていく。

ホロウノートはというと攻撃することも忘れ、その姿を興味深く観察している。その上、思わず耳を傾けて聴き入っているようだ。


「…よし」


 ギターのチューニングが終わった。ホロウノートはハッとした顔をして待ってましたとばかりに邪悪な牙を剥く。万全な状態の相手を叩き潰してやろうという気だろう。再び腕を大きく振り上げ、こちらに突っ込んでくる。


「来いよ」


 爽志はギターを構え、弦をつま弾いた。ギターの音に呼応するように輝きが増していく。そのままギターで伴奏するように詠唱を始めた。


「我は掬う…水の源…」 


 爽志のそれまでの詠唱とは明らかに違う。ギターの伴奏に乗せて歌うように詠唱しているのだ。


「水音一色!…アクアァ!!!」


 爽志の詠唱がギターと共鳴するように津波のような水流を生む。突っ込んできたホロウノートは飲み込まれ、押し戻されていく。流された勢いで地面を引きずられ、ホロウノートはズタズタになった。


「ギャァァアアアア!!!」


「す、凄い…!」


 爽志はロディーナが使って見せたばかりのアクアを発動させた。しかも、威力はロディーナの比ではなく、一色のレベルでは無いようにも思えた。

 その姿に圧倒されるロディーナだったが、同時にさっきまで感じていた不安を今はもう感じなくなっていることに気付いた。むしろ爽志の姿を見て安心感すら覚えている。

 しかし、ホロウノートはまだ倒れていない。怒り心頭に発した様子でしつこく襲い掛かってくる。今度は爪を振り下ろし、衝撃波を飛ばしてきた。


「危ない!」


 戦う爽志の頭に再び女神の声が届いた。


(これは武奏器。あなたの想いに応える楽器)


 爽志は女神の言葉に突き動かされ、流れるような動作でアコースティックギターのボディを掌底で叩く。ドンという音に合わせて爽志の前面に大きな盾のような物が出現した。


「スラムシールド!」


 展開された盾はホロウノートの攻撃をものともせず、あっさりと防ぎきった。思わぬ守りにホロウノートは驚き戸惑っている。

 爽志はその隙を見逃さず、今度はこちらからとフラマの巨大な火球を喰らわせた。火球はホロウノートを飲み込み、燃え上がる。あまりの火力にホロウノートは口から煙を吐いた。


「ヴォォオオオ…」


ホロウノートは最早立っているのもやっとの放心状態だ。とどめを刺すには今しかない。爽志は己の心を武奏器にゆだね、こう叫んだ。


「…モードチェンジ!」


 その声に反応し、ギターが見る見る変異していく。やがて変異したそれは爽志の右手にグッと握られた。


「ガイコツマイク!!!」


 爽志が叫ぶ。そう。その形はロックバンドのボーカルが手にするガイコツマイクそのものだ。


(解放なさい)


「…わかったぜ女神様!…出ろぉぉおおお!ソード・オブ・ムジカァァアアア!!!」


 爽志がガイコツマイクに向かって叫ぶ。その声に呼応したマイクが先端から眩いばかりの光の剣を出現させた。その刃は周囲を震わせるようにブゥウウウンという低い唸り声を上げている。


「終わりだよ。この野郎」


「ガギギ?!」


 爽志が光の剣を構える。ホロウノートはたじろいでその場から動けない。


「こいつでとどめだ!!ウィクトーリ・アウローラ!!!」


―――ギュイィィィイイイン―――


 爽志が放った一撃がホロウノートを捉える。すると、ホロウノートは真っ二つに引き裂かれ、まるで最初からこの世界にいなかったかのようにキラキラした塵となり、空中へと霧散していった。


―――サァアアア―――


「皮肉だな。ワルの最後が綺麗だなんてよ」

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