M27. ディアンの意地

「ウソだろ?!なんでこんなやつが?!」


 ディアンはホロウノートと対峙していた。今しがたリトルホロウの討伐を終えたところで、自警団は満身創痍の状態。体を動かすのもやっとだ。しかも、今度の相手はリトルホロウではなく、ホロウノートである。通常の武器では刃が通らないのだ。符術も使えない自警団では絶望的な状況だと言えた。


「おい!お前ら!動けるか?!」


「あ、あぁ、なんとかな…。け、けど、どうすんだ?ディアン…」


「どうするって、村を守るんだよ!このままじゃマズいだろ!」


「で、でもよ…。ディアンあれ…」


「わかってるよ!ホロウノートだったとしても俺らが踏ん張らねぇと村が襲われちまう!」


「い、いや、ディアン…。そうじゃなくって…あれ…」


 自警団の一人がディアンの後方に震える指を向けた。


「何だってんだよ!今はそれどころじゃ―?!」


 指した方向を確認するとディアンは思わず目を疑った。ホロウノートの周囲に異形が群れを成している。それは先ほどようやく倒したと思ったリトルホロウの群れだった。


「リ、リトルホロウ…!な、なんでだよ?!なんであいつらが一緒に?!」


 リトルホロウがホロウノートに付き従うようにこちらに敵意を向けてくる。しかも、先ほどと比べると倍以上の数の群れである。

 通常、ホロウノートは単体、リトルホロウはリトルホロウのみの群れで行動するものである。少なくともこれまではそうだった。だが、あの群れは明らかにホロウノートがリトルホロウを率いているように思われた。


「ホロウノートがリトルホロウと一緒に襲ってくるなんて聞いたことねぇぞ?!」


 自警団はその状況に恐れおののき、混乱して、ただその場に立ち尽くすばかりだった。


―――ヴヴッヴヴヴ―――


 その時、ホロウノートがリトルホロウの群れに対して声を発した。その姿はまるで配下の者に指示を出す、頭目のようだ。

その声を聴いたリトルホロウは理解したと言わんばかりに群れ全体でギャーギャーと声を上げ始めた。そして、群れが一斉に自警団の方を向いて睨むような視線を向ける。いくらか距離があるにも関わらず、群れ全体が邪悪な笑みをたくわえているように感じた。


「ヒ、ヒィッ!」


 その悲鳴を合図とするかのように、リトルホロウの群れの一部が自警団目掛けて突っ込んできた。


「うわぁあああ!!!に、逃げろぉおおお!!!」


 自警団の一人が叫びながら逃げ出していく。ディアンはその様子を見て思わず声を上げる。


「ば、馬鹿野郎!どこ行くんだよ!俺たちが逃げたら村が―」


「馬鹿はお前だ!こんな数相手にして守り切れるわけないだろう!命あっての物種だっての!!!」


「なっ?!」


「わ、わりぃな、ディアン。今回ばかりは無理だ…」


「ま、待てよ!!!」


 自警団のメンバーが一人、また一人と逃げ出していく。ディアンはそれを為す術もなく見つめるばかりだ。だが、そうしている間にもリトルホロウは眼前に迫ってきていた。


「ち、ちきしょう!俺たちが…俺がこの村を守るんだ…!!」


 ディアンは残り少ない力を振り絞り、群れに向かって剣を構えた。しかし―


―――ドゴォオオン!!―――


「ぐわぁああああ!!!」


 ディアンは不意に浮遊感を感じた。群れに跳ね飛ばされ、その体が宙を舞ったのだ。


―――ズザザザッ!―――


「ガハッ…。く、くそ…ま、まだだ…」


 何とか立ち上がろうとするものの、リトルホロウの群れは嘲笑うように再びディアンを吹き飛ばした。その体が何度も宙に舞う。


「ギャギャギャギャ!」


 リトルホロウたちは吹き飛ぶディアンを見ながら愉快そうに笑っている。


「こ、こいつら…舐めやがって…!」


 ディアンはやられっぱなしでなるものかと剣を振り上げようとするが、もはや手に力が入らない。ようやくと振り下ろした剣もヒラリと避けられてしまう。

 リトルホロウたちはそんなディアンをいたぶるように次々と攻撃を仕掛けてくる。一匹が小突くと、次の一匹が小突く、更に次の一匹と、群れ全体で繰り返される攻撃に、防戦一方のディアンは徐々に追い詰められていった。まるでここが水の中で、自分が追い込み漁から逃げる魚になったような気分だ。


「ハァ…ハァ…ク、クソ野郎共…!ひと思いにやりやがれ…!!」


 リトルホロウたちはディアンの小さな願いすら聞き入れるつもりはない。むしろその願いを踏みにじってやろうという邪悪な顔を向けてくる。なぶり殺しにするつもりのようだ。


「ゲギャギャギャギャ!!」


 愉快で愉快でたまらないという顔をするリトルホロウたち。しかし、意外なモノがそれに待ったを掛けた。


―――ヴォオ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛―――


 ホロウノートだ。リトルホロウたちのはしゃぎっぷりに業を煮やしたらしい。刺すような眼光を向けられたリトルホロウたちは慌てふためいている。


「ギ…ギ…ギャ…ギャギャ」


 その内に仕方ないといった仕草を見せ、リトルホロウたちがディアンに凶悪な視線を向けてくる。ようやく終わらせることにしたようだ。


「く…そ、ここまで…かよ…」


 観念したかのように目を閉じるディアン。しかし、リトルホロウの爪がディアンを捉えるかと思われた刹那―


「フラマ!」「アクア!」


 火柱と水球が数匹のリトルホロウたちを巻き込み、その存在を消滅させた。リトルホロウの群れは突然のことに動揺して周囲をキョロキョロと伺っている。

 ディアンが恐る恐る瞼を開けると、目の前には二つの背中があった。

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