M23. 震える心

「お前たち!いい加減にしないか!」


「ラギリスさんは黙っててくれ!よそ者に頼んだのはあんたなんだからな!」


「馬鹿者!よそ者かそうじゃないかなど、今は問題にすることでは無いだろう!!」


 ロディーナはそのやり取りを目の当たりにして、半ば諦めたように言葉を紡いだ。


「皆さん、わかりました」


「…何がわかったって?」


「よそ者である私たちが先頭を切って戦うべきでは無いと思いますので、ここはあなた方自警団にお任せしようと思います。是非、先頭でリトルホロウの退治を宜しくお願い致します。私たち二人は、村に入ろうとするリトルホロウに対処しますので」


 ディアンたち自警団はその言葉を聞いて表情を緩め、ニヤニヤとし始めた。


「そうだよなー?ここは俺らの村なんだから。お二人さんは村に入らせないよう、せいぜい気を付けてくださいよ。まぁ、俺ら自警団が打ち漏らすなんてことあるわけないですけど…ククク」


「テメェら…!!!」


 その言葉に思わず爽志が言葉を荒げそうになる。だが、それをロディーナが手で制すように止めた。そして、小声で爽志に話し掛けてくる。


「…ソーシさん。ダメですよ。ここで争っても無駄に体力を消耗するだけです。

自警団の人たちが率先して戦ってくれるのなら、私たちは楽をさせて貰いましょう。…ねっ?」


 一番悔しいはずのロディーナが笑顔を作っている。ソーシはその姿に心が震える感覚がした。


「ロディーナさん…わかりました」


「何をコソコソ話してるんです?話が終わったんならもう行って良いですかね?」


 ディアンたち自警団はさっさと出て行こうとしている。その態度にラギリスもお手上げといった状態だ。ロディーナもこれ以上は引き留められないと思い、仕方なくこの場は解散することにした。


「どうぞ、お帰りくださって結構で―」


「あ~あ、いつもとやることが変わらないんじゃ時間の無駄だったな~」


 ディアンたちは、わざとらしくそう言い放ってロディーナの言葉を聞き終わる前に出て行ってしまった。


 ディアンたちが出て行くと、重苦しい沈黙が流れる。その空気にラギリスがたまらず口を開いた。


「お二人とも、うちの連中が本当に申し訳ありません!」


「俺からも謝らせて貰う!本当に申し訳ない!」


 ラギリスだけでなく、ずっと空気だったモークスまでが頭を下げてきた。


「いいえ、良いんですよ。私たちがよそ者なのは確かですし、あぁまで仰られるのであればお任せするだけです」


「…本当に申し訳ない。普段はあんなことを言うような連中では無いんだが…」


「村長さん、もう良いですよ。切り替えていきましょう!…ね?ロディーナさん」


 爽志はロディーナにニカッと微笑み掛ける。


「…ふふ。そうですね!」


 あれほどコケにされたというのに二人は笑っている。ラギリスとモークスは二人を見て呆気にとられ信じられないといった様子だ。


「それでは、村長さん。私たちは一旦休みますが、宜しいですか?」


「あ、あぁ、勿論構いませんとも。奴らが現れるまではまだ時間がありますからな」


「ありがとうございます。では、また後ほどお会い致しましょう」


 ロディーナはそう言うと二階に上がっていった。


「じゃ、俺もこれで…」


 爽志もすぐにその後を追って上がっていく。そのまま別々に部屋に戻るかと思いきや、ロディーナが自室の前で爽志に手招きをしている。急なことでドキリとしたが、真剣な顔をしていたので素直にお邪魔することにした。


「…失礼します。ロディーナさん、どうしたんですか?」


「ソーシさん、ありがとうございます」


 部屋に入ると、開口一番ロディーナが礼を言ってきた。爽志には身に覚えが無い礼だ。


「ななな、なんですか?!」


「さっきは私の代わりに怒ってくれようとしたでしょう?そのおかげで私は冷静でいられたんです」


「そんなの当たり前じゃないですか!あんなこと言われて怒らない人なんていないですよ。

…まぁ結局何も言い返せなかったですけど」


「だからですよ。私もあのまま言われっぱなしで黙っていられるほど温厚な人間ではありません。その内に爆発して無駄な争いをしていたかもしれない。ソーシさんには感謝ですね」


「いやいや、そんな…」


 面と向かって礼を言われると照れるものだ。それが礼を言われるほどのことではない場合は尚更である。あまりにも照れ臭いので、爽志は話題を変えようと話を逸らした。。


「あー、そうだ!そう言えば、さっきロディーナさんは普通の武器じゃホロウノートとは戦えないって言ってましたけど、自警団の人は大丈夫なんですか…?」


「…恐らく問題無いと思います。相手はホロウノートではなく、リトルホロウですから。リトルホロウは幼体なので音素同士の結合が弱く、普通の武器での攻撃も十分に通るのです」


「…なるほど。あの人たち、それで自信満々だったのか…」


「そうかもしれませんね…」


「じゃあ、俺たちはさっき話した通り、あの人たちが打ち漏らしたリトルホロウを倒したら良いってことですね」


「そういうことです」


「わかりました!なんとかやってみます!」


「頑張りましょう!…夜の戦いですから何が起きるかわかりません。注意して臨みましょう」


 爽志は強く頷いた。これから数時間後には戦いが控えている。二人は各々の部屋でしばらく仮眠を取ることにした。





 爽志とロディーナが眠り始めてから少しの時間が経った。

 二人の様子を窓の外から窺う影があった。真っ黒な装束を纏い、フードから見える眼光がギラリと光っている。闇に紛れるその姿は死神と見紛うばかりの様相だ。影はラギリスらとの会話の最中もここで息を潜め聞き耳を立てていた。


「…ボーダーチューナーねぇ。…面白い。お手並み拝見ってところだな」


 影はそう言うと夜の闇へと溶けていった。去り際に装束の中に忍ばせた得物の輝きだけを残して。

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