M24. 託された鍵
黒い影が去ってから更に後、爽志の部屋。旅の疲れからか部屋に戻るなり、爽志はすぐに眠ってしまっていた。
―――ゴソゴソゴソ―――
爽志は寝返りを打っている。どうやら夢を見ているようだ。
(…あったかい。何だかフワフワする)
どれくらいの時間が経ったかはわからない、夢の中をユラユラと揺蕩っていた爽志の視線の先に、煌々と輝く物体が見えてきた。
(なんだろう。眩しい…。…でも、目が逸らせない)
段々とその物体が近付いてきているようだ。ただただ眩しいだけだった物体の輪郭がハッキリと姿を現してくる。人の形をしているようだ。
(人…なのか?)
やがてその物体は爽志のすぐ目の前へとやってきた。手には弦楽器のような物を持ち、着物姿にヒラヒラとした羽衣を纏い、神々しい光を放っている。
(女の人。…いや、人じゃない。女神…?)
「…私の声が聴こえますか?」
「?!…き、聴こえます」
「良かった。ようやくとあなたと話す機会が出来ました。しかし、あまり時間は無いようですね」
「あの、あなたは…?」
「…私は、異世界から来た者。そして、この世界でムジカと呼ばれていた者」
「ムジカ?!あなたが?!」
「爽志と言いましたね。残念ながら悠長に話をしている暇はありません。
あなたに託したい物があります」
「託したい?何をですか?」
女神は爽志の質問には答えずに
「手を」
と、言った。爽志は一瞬戸惑ったが、言われた通りに右手の方を指し出した。氷嚢を当てられたような冷たい感触が手を包む。
「…冷たっ!えっ?!夢じゃないの?!」
そんなリアクションを気にも留めず、女神は爽志に語り掛ける。
「爽志。今から胸に浮かぶ言葉を口に出して唱えてください」
注文が多い人だな…。いや、女神様か…などと、しょうもない考えが頭をよぎる。しかし、ここで下手に押し問答をしても仕方ないだろうと大人しく従うことにした。
すると、爽志の頭の中に、呪文のような言葉がハッキリと浮かんできた。女神はこれを唱えろと言うのだろうか。
「えっと…。オン…ソ…テ…イ…ワカ…」
爽志がボソボソと聞こえるか聞こえないかの声量で呪文のようなものを唱えると、先ほどあんなにも冷たかった手が徐々に熱を帯びて行くのがわかった。やがて、爽志の手を炎が包み込んだ。
「どわぁ!!!熱い熱い!!!」
慌てて炎を消そうと手を振ったり、はたいたりとやってみたが、あることに気付いた。その炎は温かさを感じるものの、熱くは無いのだ。
包まれている手にも変化は無いように見える。そうこうしているうちに炎は小さくなり、消えて行った。
炎が消えた手はやはり何ともないようだ。だが、よく見ると手の甲に僅かな変化があった。黒い文字のようなモノが浮かび上がっているのだ。
「え、なんだこれ?どうなってんだ…?」
驚きを隠せない爽志をよそに女神は語り掛けてくる。
「良かった。これで大丈夫。…爽志、これから話すことをよく聞いてください」
爽志は張り詰めた空気を感じ、息を吞んだ。
「今この世界は、再び混沌とした時代へ歩みを進めようとしています。乱れる音素、多発する音災はその予兆。このままの状態では近い将来、この世界はあの時代以上の混乱に見舞われることでしょう」
「そ、それってプローロ村のローグさんが言ってた混乱の時代の話ですか…?」
女神は頷いた。その顔から感情は読み取れないが、どこか悲しみを帯びているように感じた。
「そんな…!この世界にいる人たちが危ないってことですよね?!
ムジカの力でどうにかならないんですか?!」
「…ごめんなさい。残念ながら今の私はこの世界の
「ジャミング…?!…でも、なんでそんなことを俺に伝えるんですか?」
「爽志。…手を」
「えっ…?!」
爽志は手を見た。すると、いつの間にか爽志の右手にはチャクラムが握られている。
「うわっ!なんで?!」
「その法輪、チャクラムは遥か昔に私がこの世界に置いていった遺物。本来、私にしか扱えないはずのチャクラムがあなたを選んだのです」
「これが、ムジカの持ち物…?」
「チャクラムはこの世界を救う大きな力となってくれるでしょう。先ほど、その力を使いこなす為の鍵を授けました」
女神の言葉を聞き、爽志はハッと気付いて手の甲を見た。先ほどの黒い文字のようなモノがボゥッと淡い光を放っている。
「これが…鍵?」
「そうです。ですが、それだけでは力を発揮することは出来ません」
「他に何が必要なんです?」
「もう時間が無い。チャクラムに宿った力を行使する時に、この言葉を口にするのです」
爽志の胸の中に女神からの言葉が浮かび上がってきた。
「…爽志、最後に」
「なんですか?」
「さっき、なんでそんなことを伝えるのだと聞きましたね」
「は、はい」
「それは、あなたがチャクラムに選ばれたから。
…それもありますが、しかし、一番の理由は…」
女神は少しの間だけ沈黙してから言葉を発した。
「…音楽が好きなやつは漏れなく心の友だからです。私の中でね?」
爽志はその言葉を聞いて思い出したようにハッとした。女神は笑いながらそう言うと爽志から離れ、光の中へと帰っていく。
「あ、ま、待ってください!俺はどうやったら元の世界に帰れるんですか?!」
「ス…を…あつめ…さい」
女神の言葉が雑音にかき消され、急に途切れ途切れになる。
「え?!なんです?!」
「そ…し、ご…な…さい。ジャ…ング…が」
女神はそのまま遠ざかり、やがて光の中へと消えて行った。
「待って!!!」
爽志は目を覚ました。そこは先ほど眠りについた宿屋のベッドの上だった。周囲は眠る前と何の変化も無いように思われた。
「夢…だったのか…?」
爽志は思わずため息をついた。凄くリアルな夢だった…気がする。どうやら眠っているうちに汗までかいていたようだ。滴り落ちてきそうな汗を右手で拭う。
宿は静かである。静寂と言っても良い。リトルホロウが出現するまでは、まだ時間がありそうだった。もう一寝入り出来るかな、などと考えていた爽志だったが、その時ふと、下ろした右手が気になった。手の甲を見てみる。
「これは…」
爽志の右手の甲に黒い文字が浮かび上がり、ぼぅっと淡い光を放っている。
ドクンという鼓動がいつもより強く、爽志の胸を叩いた気がした。
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