M12. 無主のネックレス

「えっと、実は携帯を修理して欲しくってですね」


「ケータイ?」


「はい、これです」


 爽志は鞄からスマホを取り出そうとするが、あることに気付いた。付けた覚えのないストラップが付いている。装飾の付いた金色の輪っかのようなものだ。


「あ、あれ?」


「どうかした?」


「あ、いえ!」


 ストラップのことは気になるが、それは後にしてとりあえず画面が固まったままのスマホを見せた。


「これが携帯です」


「どれどれ…?!…なにこれ?!」


 クレアがスマホをまじまじと見つめながら困惑の声を上げた。


「…ねぇ、これは一体なんなの?こんな加工技術、どこにでもあるもんじゃないわ」


「何って言われても…携帯電話です、としか…」


「ケータイ…なんですって?」


「携帯電話!えーと、遠くに離れている人とも話が出来る機械です」


「…機械!…聞いたことがあるわ。確か、符術の発達で衰退した技術のことじゃなかったかしら。…どうしてあなたがそんなものを持っているの?」


「あの、その前に聞きたいんですけど、クレアさんはこれを修理することは―」


「出来るわけないじゃない!

良い?私の専門は符道具の製作と販売。失われた技術の再現なんて出来ないわ」


「や、やっぱりそうですよね…」


 爽志は心の底からガッカリした。


「ねぇ、あなた何者なの?そんな道具を持ってるなんて…只者じゃない」


「何者って言われても、俺はただの高校生で………」


 爽志はそこから先の言葉に詰まってしまった。高校生と話したところで、この世界に学生という身分が存在しなければ伝わるとは思えない。


 何と言おうかと考えていたらクレアが先を促すような言葉を掛けてきた。


「…で?」


「あ、いや、えっと。…そうだ!ルーディオ!ルーディオです!」


「ルーディオ~?…君が?とてもそうは見えないけど…」


「駆け出しなんですよ!だから、クレアさんのお店が見てみたくって!

ルーディオ御用達の店なら僕みたいな初心者にも扱える物があるかなぁと思ったんです!」


「ホントにー?…上手く誤魔化された気がするけど、まぁ良いわ。そういう風に言って貰えたら悪い気はしないしね。…で、何が見たいの?」


 思わず口から出まかせを言ってしまったものだから特に見たい物など無かった。どう切り返そうかと考えあぐねていると、ロディーナが助け舟を出してくれた。。


「えっと、私、ソーシさんにアクセサリーを選んであげたくって!」


「あぁ、アクセサリー。駆け出しのルーディオならそれくらいから始めたら良いかもしれないわね」


「アクセサリーって…。俺そういうの付けないんですけど―」


「良いから!大人しく付き合ってください!」


 ロディーナは迫真の表情を爽志に向ける。誰のために芝居を打ってるんだ、と言わんばかりだ。


「はい、アクセサリが見たいです!!!」


 爽志はロディーナに気圧され元気よく答えた。冷や汗をかきながらロディーナの行為に甘えることにする。


「…へ、へ~、色々とあるんですね」


 ひとくちにアクセサリーと言っても置いてある品物には様々な種類がある。ネックレス、ブレスレット、指輪など、そこから更に細かく分かれていてどれがどれやらという気分だ。手に取ってはみるが、どれもしっくりと来ない。


「ソーシさん、こういうのはどうですか?」


ロディーナが渡してくれたのはネックレスだ。


「ロディーナ、良いセンスしてるじゃない。初心者にはやっぱりネックレスよね。常に身に付けてられるから符術の加護も受けやすいのよ」


「ネックレスですか、良いですね!あ、それならそこに飾ってあるのとか良い色で好きです」


 爽志は商品棚の上の方に飾ってあるネックレスを指差した。大粒で燃えるような赤い石が異様な存在感を放っている。


「あー、あれはちょっと…」


 クレアは渋い顔をする。何かマズいらしい。


「あ、売り物じゃなかったですか?」


「いや、そういうわけでも無いんだけど、…ちょっと曰く付きでね」


「曰く付き…?」


 爽志とロディーナは顔を見合わせた。そして、クレアの方を見て目をキラキラとさせている。その様子を見てクレアはやれやれといった仕草でネックレスのことを語り始めた。


「…そのネックレスはね。無主のネックレスなんだ」


「無主のネックレス?」


二人は声を揃えて言った。


「そう。無主。このネックレスの持ち主はね、手に入れた次の瞬間には不幸にあったり、トラブルに見舞われたりと、大変な目に遭うのさ。誰が購入してもそんな目に遭っちまうから、不吉だってんで必ずうちに返品されて帰ってくるんだよ。

 結果、持ち主がいない。だから、無主のネックレス。」


「そ、そんなことがあるんですか…。でもそれなら、クレアさんは大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ。こいつは身に付けない限り、何の問題も無い。まぁこの話をしたら客は怖がっちまうけどね」


「ソ、ソーシさん。別のアクセサリーにしましょう!ほら、他にもたくさんありますから!」


 ロディーナは怖がっているようだが、爽志は何となくネックレスのことが気になってしまった。さすがに購入する気は起きないが、見せて貰うだけならと好奇心が顔を覗かせる。


「あの、クレアさん。そのネックレス、見せて貰っても良いですか?」


「こいつを?…構わないけど、見るだけにしときなよ。身に付けたら何が起きるかわかんないんだから」


「はい、ありがとうございます」


 爽志はクレアからネックレスを受け取った。


「綺麗ですね」


「だろ?見た目だけなら一級品さ。ここが開業した頃からあるって話だから、作られてから100年はくだらないかもしれないね」


 クレアの言う通り、作られてから年月は経っているようだが、チェーンの部分はしっかりと磨かれキラリと輝いている。宝石を取り付けた金具には綺麗な装飾が施され、主役を引き立てるような見事な出来栄えだ。主役の宝石は言うと天然そのままのゴロッとした姿で、輝くようなカットをされているわけでは無いが、逆にそれが人の目を引くような圧倒的存在感がある。


「これって、何の石なんですか?」


「私も詳しくはわからないけど、ばあちゃんはサラの石とかって言ってたね。

 符術の加護はなんだったかな…大昔に聞いたせいで忘れちまったよ…」


「サラの石…」


 聞いたことは無いが、何となく親近感を覚える響きだった。爽志がそのまま観察を続けているとロディーナが頓狂な声を上げた。


「ソーシさん!それ!」

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