第11話 初心に立ち返った転生者
店主にヤバそうな来客を告げられたため、各種魔法で軽く体を保護しながら、いつもの部屋のドアを開ける。
ベッドしかない狭い部屋には男四人が立っていた。
総じて体格は良く、おそらく身長は180以上あるだろう。まだ130ほどの私は見上げるしかない。魔法が無ければビビって部屋には入れない体格差だ。
「どうも。皆さんは患者じゃなくて、お客さんと聞いてますけども」
「え、ああ……お前が『センセイ』か?」
「ええ。患者さんたちからそう呼ばれてます。で、どちら様ですか?」
他称「先生」のヤブ医者こと、匿名野良ヒーラーをやっている私の小ささに戸惑っている男は二人。
もう二人は私の姿が現れるなり真剣な顔でじろじろ見てくる。十中八九、フィカス商会の関係者だろう。たぶん警備の人だ。
というかそれ以外にこんな特殊イベントが起きるフラグを立てた覚えはない。いくら考えても心当たりは皆無である。脳味噌のスペックが高くても、別にそれを使う私自身の思考力が優れているわけではないのだし。
他に私の知らないところで起きてる陰謀みたいなやつがあったとしても、わからんとしか言えん。
そう。あれだけ
ぶっちゃけ性格の悪さの方向性と拗らせ方が違うだけで、私とビッチさんは前世が同じ性悪凡人だったことに変わりないのだろう。あとはルビアという天才の要素を引いた自分がいかに無能でろくでなしかという、自覚の有無の差くらいか。
だから、ここで男四人と相対しながら考えていることといえば「決定的にバレてなければヤブ医者続行できるけど、孤児院までバレてるなら全て捨てて全力逃亡するしかねぇな」という単純な内容だけである。
がんばれわたしのいいくるめスキル(初期値)。
「あー、俺たちは依頼を受けて人探しをしている者だ」
「情報が欲しいんですね。覚えてることなら売りますけど、誰をお探しで?」
契約もしてないのに、自主的に守秘義務を守るような概念が発生するほど平民社会は発展していないのだ。
という感じで協力的にとぼけておく。
「……お前より小さいガキだ。黒髪に金の目で、お前みたいに女のガキっぽいツラしてる。分かるだろ」
あー……うん。コミュ障だけどここまで特徴を把握されて、分かるだろとまで言われたら、もうヤブ医者がルドルフの買い食い仲間って部分までは押さえられてるだろう。
買い食い中は屋台の人に認識してもらえるよう、偽装や消音は切っていたから、普通に目撃者がいるのだし。
そこだけ認めて、後はとぼけ倒したいなぁ。
「ここに来るような子供の患者は少ないけど、まず黒髪はともかく金の目は珍しいかな。いなかったと思い……あ!」
「患者じゃねぇ」
「はいはいはい。僕の買い食い仲間か」
あいつ何かやらかしましたか?
まあ買い食い仲間というだけで、あいつがスリやってたことくらいしか知りませんて。
ええ、こんな
え?はい。孤児とは聞いてまして、まあどこの孤児なのかは知りませんよ。こんな歓楽街でウリもスリもしてないのが気になったのか、付きまとってくるようになりましてね。話が面白いのでつい飯なんか食わせたりして。
でもそれだけですって。我が身がかわいいのは当然。そりゃ協力的にもなるってもんですよ。というかあいつが何かやらかしたとしても、無関係なのに巻き込まれたくは無いですね。ええ。
「なんなら今日も帰り道で会うと思うし、そこで捕まえますか?夕方まで待ってもらいますが」
なーんも知らんようなお顔を意識して、男四人を見上げる。
すると四人は顔を見合わせて、小さく頷いた。
「じゃあそうさせて貰うかな」
「ついでに治して欲しい怪我があってよ」
「分かりましたよ」
男の一人が左の手袋を外し、第一関節と第二関節の間でスッパリと切れた薬指を見せてくる。つい最近の怪我なのか、スライム軟膏でピッチリと塞がれた断面はまだ赤かった。
……というか赤すぎる。ついさっき切り落とされたような断面だ。指の根元を縛って出血を抑えながら、軟膏で蓋をしているのだろう。
察しが悪い分だけ事前にくどくどと考えてしまう癖で、昨晩に思い付いたひとつの予想が、すぅと脳裏によみがえる。
冷や汗がつるりと背骨の窪みを撫で落ちる感触。
唾を静かに飲む。
「……キレイに切れてますねぇ。関節ひとつ無事だから大銀貨が二枚ってところかな」
もしこの男が、わざと、治させるために、自分でスッパリと切り落としたのだとしたら?
「やけに安いな」
「でなきゃ野良ヒーラーに治させる意味ないでしょう」
例えばルドルフが捕まっていたとして。
例えばその所持品に、支店長の切り落とされた指があったとして。
「じゃあ
しかし支店長の指は綺麗に生えているはずなのだ。
「おお早い」
「動きはどうです?」
なにせ私が完璧に生やしたのだから。
「……あー、ちょっと動かしにくいな」
「ええそうでしょう。生えたての指はそういうものだから。オニイサン、指を生やすのは初めて?」
「まあな。センセイは指なんか取れたことないみたいに治せるって聞いていたんだが……」
「そりゃあね、値段のわりには上手くて早くて詮索無しって意味の褒め言葉ですよ」
こめかみから落ちそうになる冷や汗を、爪で皮膚をかじるようにして誤魔化す。
明らかに探るような視線がぐりぐりと顔を撫で回すような圧力。怯むのを我慢して、何の意味かととぼけるように首をかしげる。
「ああ!……しばらくの間、生えた指は寝る前に温めて良く揉むようにしてくださいね。あとは物を触ったり、指を使うとだんだん良くなりますよ」
「ほぉ」
「まあ職人みたいに指を使う仕事をしていれば、あとは温めて揉むだけだから何も言いませんでしたけど。オニイサン、職人の手じゃないから」
「……そうだな」
「おそらく過分な評価をもらっているのも、こういうアドバイス込みでしょうね」
では他の患者さんも来ますから、他の部屋か下の酒場で待っていてくださいな。
そう告げると、四人の男は小さく息を吐いて「必要な事は聞けたから大丈夫だ。また何か聞きにくるかもしれないが」などと言ってアッサリ帰って行った。
「……はぁ~~」
またのお越しをお待ちしております、なんて営業文句は冗談でも言えなかった。
しかしその後に来るのは普通の患者さんばかり。
夕方近くともなれば、普段通りの落ち着きは取り戻していた。
もちろん欠損タイプの外傷は完璧過ぎないように治している。しかし指のような繊細な部位でもない限り、私の現代知識にもとづく治療と他人のガバ治療の結果に明確な差は出ないだろう。
「じゃあ帰るわ。今日はありがとね。また来客あったらよろしく」
「おうよ。気ぃつけて帰れ」
「はぁい」
営業を終えたら店主と挨拶し、キツい
ここ数日、
そう思いながら屋台通りを歩いた。
もちろんルドルフの姿はなく、代わりに
やはりフィカス商会は
「はぁ、やりにくいなぁ」
しかしルビアの身分を守るためにも、自棄を起こすわけにはいかない。
これからは日曜日だけでなく、ルビアで出歩く時も気を付けて行動しないと。
しかしそんな努力は半年もすると必要なくなってしまった。
なにせフィカス商会は違法行為がお上に見咎められ、潰されてしまったのだから。
「ま、もう身長は150どころか160以上になったし、そろそろ日曜ヤブ医者は閉店して魔物狩人になるつもりだったんだけどね」
そう、とうとう身長が目標を越えたのだ。
正直に言えば、金を稼ぐだけならヤブ医者の方が楽だし効率的だった。しかしこのままでは金を稼げる弱者という搾取しがいのある存在になってしまうので、戦闘から逃げてばかりではいられないのだった。
生殺与奪の権利はきちんと自分で保持しておきましょうね、みたいな内容のセリフを某オーガスレイヤー組織幹部さんも言っている。
だから私も将来、強者に惨めったらしく頭を下げたり、両ひざを開いて嘆願するようなことにならぬよう、頑張っていきたい所存ですわよ。
「ガチ対人経験はフィカス商会の警備員だけど、あれは本当に運良くアドレナリンガンギマリ状態で戦闘開始して、行動ダイスでクリティカル連発した結果、
運が良くなければ普通に死んでいただろう。
戦闘経験という部分では、成功体験にしちゃいけないやつ。
「普段はどっか怪我したり調子悪いと集中力が切れがちで、自分に魔法を掛けるのに手間取っちゃうし」
今まで魔法を使うことで魔力量を増やしてはきたけれど、いつも偽装と消音で逃げ隠れてばかりだから、ガキの喧嘩や患者のあしらい以外はやったことないもの。
「どこまでできるか分からないけどやるしかない。回復が使えるんだから他よりマシだし」
普通は怪我したら自然治癒。急いで治したいならば、最低でも大銀貨が必要な教会のお世話になるか、ピンキリ品質の野良ヒーラーに頼むか、安くて大銀貨五枚が必要な
だから回復系統が使える魔物狩人は大人気の人材だし、ヤブ医者を始めるきっかけとなった先輩狩人たちの話のように、少し使えるだけでも拉致監禁暴行される可能性が出てくる。
用心するしかない。
「というわけで今までありがとね、おやっさん」
「儲かってんのにもったいねぇな」
「また金が欲しくなったら営業したいから、ちょくちょく調子は見に来るよ。おやっさん達に死なれたら困るし」
「せいぜいこき使ってやる」
一ヶ月前には営業終了すると伝えておいたが、改めて酒場の店主に挨拶しておく。
子供の私が五体満足でヤブ医者をやってこれたのは、こう見えて顔の広い店主の下に居たからだ。私が払う以上のショバ代で、私を売ろうとしなかったことに感謝している。
またヤブ医者を再開する可能性もあるし、店主とは良い関係を維持しておきたいものだ。
鼻から下を布でおおい、フード付きの上着をはおり、酒場を出て道なりに南へ。
しばらく歩くと、道行く人間は身なりが荒れた者が多くなってくる。舗装もされていない土の道に
孤児院や教会がある住宅街と比べると、明らかに場の空気が違う。というか臭い。
「地元から上京して、初めて渋谷駅を見た時みたいな感覚になっちゃったよね」
田舎の虚無駅ではまず駅前が荒れるとしても、ポストアポカリプスっぽい無人環境の成れ果てみたいな荒れ方だろうし。
良く言うと、活気のある猥雑さだ。
「ここが
活気の中心部は、他の建物よりしっかりとした造りの建物だった。
役所の一種と聞いていただけあり、観音開きのドアの前には警備員らしき真面目そうな男が二人、立っている。出入りする人間を見る視線はどこか侮蔑混じりだから、魔物狩人のバイトというわけではないのだろう。
なお私は160しかない細身のフードマンであるため、侮蔑より不審なヤツを見る視線をいただいた。
「依頼者用の出入口と狩人用の出入口を分けているのか」
ドア近くの看板には「こちら狩人専用の出入口となります。依頼者の方は右手の出入口へどうぞ。依頼受付は役場でも可能です。」などと書かれている。
ゴロツキと一般市民の接触を少なくするのはトラブル防止のためだろうか。
狩人志望ならこのまま行けば良いだろう。
そのまま開けっ放しのドアをくぐると、中には屈強な男の受付と屈強な男の狩人が怒鳴るようなやり取りをする様子が見えた。
なお小説のように併設された酒場はない様子。
受付は全て屈強な男コレクションであるため、適当に空いているところを選ぶ。
「こんにちは。魔物狩人になりたいんですが」
「おう、坊主は一人か」
「はい」
「銅貨五枚だが、代筆いるか」
「お願いします」
「名前は」
「えっと……バーガンディで」
「ハハハ、いつか
魔物狩人をやりたがる人間の識字率なんてお察しであるからして、まあこういうサービスもあるのだろう。
せっかくだから頼んでみると、屈強さに似合わず丁寧な字で私の名前を書き記している。
やがて生年、市民権の有無などが書かれた簡易なプロフィールが完成した。なお全て偽りの情報だが、受付の男は慣れたことなのか頓着した様子などない。
「このメダルに血判しろ。利き手の逆がおすすめだ」
それから刃先を炭で焼き、振って冷ましたばかりの小さなナイフを手渡された。
消毒の概念があることに感謝しながら指の腹を突く。
「よし、これはこの街だけ使える通行証だから手放すなよ」
血判が押された銀のメダルはくすんだ青に変わり、ひとりでにパキリと割れる。こういうところでチマチマとファンタジーを体感する。
銅貨三枚でペンダントかブレスレットにできると言われたので頼んだら、ブスッと穴を開けて雑に麻紐を通した物を渡された。
「専用の刃物じゃないと傷付けられないから、自分でやろうとするなよ。この紐が気に入らなきゃ好きに変えろ」
ちょっと感心している私をそのままに、受付の男はルールの説明に入る。とはいえ簡単なものばかりだ。
魔物から魔石を抉って持ってきたら金になる。他の部分を売りたいなら業者で売れ。
二軒となりは一番安い狩人専用宿。
魔法適性検査は大銀貨一枚。
喧嘩はやり過ぎると組合員登録の取り消しになる。
街の市民権や村の居住権を持つ人間に手を出すと、死ぬほど不利だから気を付けろ。
最後の忠告は、私が市民権無しと偽ったからもらえたのだろう。なお孤児院の子供は成人して自分で市民権を購入するまで、未成年用の市民権をもらえるのだ、という豆知識を披露しておく。
ちなみに、異世界転移系小説の冒険者ギルドにありがちな依頼の類いは「欲しい種類の魔物の魔石」くらいしかなかった。
採集した植物の買い取りなども業者がやっているようだ。
「それじゃあ上手くやれよ」
「はい。ありがとうございました」
そんな言葉と共に、なんともあっけなく私は魔物狩人になった。
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