第10話 ポッケナイナイな転生者


 二日後に風邪が治って熱が引いたらルドルフが行方不明になっていた件。


「いや人のことおとりにしといてお前が捕まっとるやないかーい」


 あ、捕まったとは限らないのか。孤児院に帰ってきていないだけで、死んでたり逃げ延びている可能性もまだあるわけだな。

 しかし結局のところ、孤児院がちょっとした騒ぎになっているのは変わらないのだ。

 そう、熱で寝込んでいた私は蚊帳の外だったが、孤児院では二日前の夜中から黒髪金目の少年ルドルフが行方不明という事件が、今もっともホットな話題になっていた。


 ちなみに誓約スウェアの魔法が変わりなく効果を発揮していることは、真っ先にそこら辺の子供を使って試している。別に酷いことをしたわけじゃない。ルドルフがフィカス商会に侵入したことを話そうとしてみただけ。相手に影響はない。

 ちなみに誓約が効いていて話せなくても、別に相手と魔法の繋がりがあるわけじゃない様子だから、相変わらず彼の生死は不明だ。

 話そうとすると喉で渦巻く魔力の動きから把握できるのは、誓約を維持して守らせるのは自分自身の魔力ってことくらい。

 ま、考察はこれくらいでよろしい。


 大切なのは、フィカス商会の捜査の手がルドルフから私に繋がらないこと。彼に対して何か思うことは、もうこれしかない。

 裏切られた瞬間はガチギレしていたが、行方不明になっているのを聞いてから、なんかどうでも良くなってしまったのだ。

 そりゃあ目の前に出てきたら、手頃な刃物で肝臓あたりを刺して捻るように引き抜くくらいはするだろうが、まあ居ないなら探すのも面倒だし、もういっか……みたいな感覚だ。

 新しい魔法もいろいろと教えてくれたし、途中までは良い関係性だと思っていたが、雑な裏切り方で利用してくるなら面倒だし関わりたくなくなる。


 ルドルフにも都合があったんだよ……できるのは画面越しフィクションだからだ。没入型リアルで体感してしまえば、そんなの知るかボケうるせぇね、である。

 このように、前世からの筋金入りのろくでなしで、人間関係が面倒になると捨てたくなる人嫌いなのは死んでも変わらないようだ。

 もはやルドルフがどうこうより、保身を優先したいなんて考えている。


 まず現状で一番良いのは、情報源ルドルフがフィカス商会に逃げ延びていること。

 これなら商会に探され捕まり尋問されて、黒髪少年わたしに繋がる何かを口にする心配はない。

 知られていて逃走中でもまあ良い。二人の侵入者を探すため、リソースが割かれるから。


 捕まって死んでると面倒。

 遺体からルドルフが孤児院の子供であることは知られるだろう。そこまでは良い。

 しかし黒髪少年わたしが彼と屋台飯を買い食いしていたことは、調べればすぐに分かってしまう。そうなると結果的にヤブ医者業までたどり着かれる可能性が出てくる。

 そして最悪の場合、薪小屋でヤブ医者をやっていた頃の客から孤児院のルビアまでたどり着く可能性まで出てきてしまうのだ。もう半年前には薪小屋から酒場へ移ったけれど、まだ半年前でしかないのだから。

 迂闊な私も悪いのだが、こうなると思っていなかったせいで孤児院ヒエラルキー維持のため、子供たちには魔法が使えることを見せてしまっている。詳しく調べられたらヤバ過ぎる。


 生きて捕まっていたりしたら最悪だ。

 彼も誓約をしているから、黒髪少年わたしが共に侵入したことを話せないのは分かっている。他の方法で伝達することも、外に具体的な情報を吐き出すこともできないようにしているのだから。

 けれどそれだけで、たんに黒髪少年と屋台飯を買い食いする仲でしたってことは直接話せてしまうのだ。

 凄く親しくしていて……などと言われてしまえば容疑者最有力候補。もうヤブ医者業は終了したに等しい。

 孤児院との繋がりも死んでる場合と同じように、詳しく調べられたらバレそうだ。


 以上、今の状況を三通り考えてみたが、どれが現状なのかは分からない。

 しかし私が取るべき動きは変わらないだろう。


「とりあえず孤児院ここでは変わらず過ごせば良い。下手にいつもと違うことする方がダメだな」


 あとはそうだな、証拠品になりそうなボロボロの服とかきちんと処分しとかないと。腹の部分が焼かれたり切り裂かれたりしてるから、もう使えないし。

 あの夜に着替えてから寝て、そのまま風邪を引いていたから、まだベッドマットの下に突っ込んだままだっけ。


「あ、これもあったのか……」


 服と共に出てきたのは、支店長の部屋で模造イミテーションして胸当て代わりにした書類の一部だった。大半が警備との戦闘や川の水で破れて破損扱いになり、霧散してしまったのだろう。しかし数枚が服に張り付く形で残っていたのである。

 しかしインクも忠実に模造されているため、文字が滲んで内容は読めたものではない。明らかにゴミだ。

 だがまあ、本物の紙より楽に処分できるから問題はない。模造品は破ってしまえば魔力になって霧散するから楽なのだ。えいっ……?


「羊皮紙じゃないよな。これ植物紙のはずだし」


 しかしいくら力を込めても破れない。コピー元が耐久性の高い紙だったりするのだろうか。感触はさほど丈夫そうなものではないが。

 後で暖炉に放り込んでおこうと思い、くしゃくしゃに丸めておく。


「ん?裏に何か書いてあるのか」


 片面はインクが滲んでぼやぼやとした黒っぽい汚れにしか見えないが、丸めたことで見えたその裏側には、はっきりと何かの線が残っている。

 文字には見えないそれが気になり紙を戻すと、その裏面にはどう見ても魔法陣が描かれていた。

 えっ魔法陣!?


「なんでこんなもんがあるのさ……」


 魔法陣なんては、学院編になるまでお目にかかることがないと思っていたので、びっくりしてつい手を離してしまう。


 ベッドに落ちた紙面を改めて良く見るが、やはりどう見たって魔法陣以外の何物でもない。

 ゲームではただの演出に過ぎなかった魔法陣。しかしリアルになったこの世界において、魔法陣の持つ価値は重いのだ。


 可視化された魔法、魔法設計図、最小の儀式魔法、魔道具の心臓。その全てが魔法陣の別名である。

 ゆえに正しい方法で刻まれた魔法陣は、使えば適性に関係なく魔法を行使できるため、マジックアイテムの類いには必ずと言って良いほど使用されているほど。

 そして専用の羊皮紙に専用のインクで魔法陣を刻んだ物は巻物スクロールと言われ、使いきりで一度だけ魔法を再生できる消費アイテムの一種だ。


 と、主人公アリザリンが習っていた。

 なお魔法陣の読み解き方は知らん。小説では授業のシーンでも具体的に描写されなかったし、コミカライズでもサラッと抽象的に描かれただけだったので。

 きちんと読めれば、設計図でもあるから魔法の内容が分かるらしいよ。


「えっと、たしか……専用インク自体に魔法的な守りの効果があるから、刻まれた物品も相応に頑丈になるんだっけ。だから紙が破れてないし、インクも溶けてないんだな」


 しかし手の内にある物は明らかに植物紙だ。間違っても羊の皮の加工品ではない。

 これではいくら魔法陣を専用インクで刻んでも、巻物スクロールにはならないだろう。


「何のために不完全な物を?」


 残っていた数枚の書類にも全く同じ魔法陣が刻まれており、不完全な巻物スクロールとして意図的に同じ物が何枚も製作されているのは分かる。


「……いや、そもそもスクロールじゃないのかもしれないな」


 思い返すと、原作には主人公アリザリンが、『手持ち花火』そのまんまの消費アイテムを作るエピソードがあった。

 もちろん試行錯誤で製作する段階があるのだが、描写されている部分では「火属性の屑魔石を砕いた物」と「銅の粉末」を布切れでまとめ、「普通の紙に専用インクで燃焼の魔法陣を描いたもの」で細長く包んで青緑の花火的なアイテムを作っていた。

 まあこれ自体は、理解の実験でお馴染みの炎色反応をマジカルに応用したアイテムなのだが、こいつの着火方法として、自分の魔力を流す描写があったのだ。

 その時に、専用インクは魔力の導火線的な役割があると主人公アリザリンが説明するわけだが。


「つまりこれは、専用羊皮紙に染み込ませた魔力じゃなくて、自分の魔力を魔法陣に通して使うスクロール的なやつかしらね」


 いや普通に使えるじゃんマジの巻物スクロールより安価だろうし。

 なんで原作にこのアイテムがなかったのだろうか。

 わからん。


「……使ってみようかな」


 何の魔法陣かは全く分からない。

 火が出るなら最低でもボヤ騒ぎくらいにはなるだろう。水が出るならば部屋が濡れるだけで済めば良い方だ。風なら下手すればこちらが怪我をする。などなど、結局はこの場で軽々しく使えるものではないのだが。

 しかし魔法陣が読めるようになるのは、おそらく学院で授業を受けるようになってからだろう。

 そんなに待てるか。




 というわけでやって参りました夜の薪小屋。

 いやぁ、久しぶりですね。前はよくここに呼び出されて、相手をボコッたりボコられたり治したり治したり治したり……今はもう必要ないので使っていないんですけどね。

 しかしここは孤児院の建物から庭を挟んだ向かいにあるため、誰にも見られたくない作業をするには最適だ。久しぶりに使わせてもらうことにする。


「ま、火事になっても薪小屋なら孤児院が燃えるより騒ぎにはならんしょ」


 というわけで持ってきていた紙を一枚ぺらり。

 期待を胸に、魔力を通した。


「……ん!?」


 すると紙は使用済みであることを示すように、魔法陣の部分から塵になって消えた。

 しかし何も起きていない。影も火も水も風も雷も土も光も、なんにも出てこない。

 魔力を通した瞬間だけ、頭の片隅がチリっと開いた?ような変な感覚がしたから、全く何にも起こらなかったわけではないだろうが、魔法と呼べそうな現象はピクリとも起きていなかった。


「不発だったのかな?……それとも模造品だから無効だったのか?」


 とりあえずもう一枚、使ってみようと手に取った。

 そして魔力を通したら、紙は消えた。


「いやわからん」


 塵と消えるのではなく、たんにパッと消えてしまったのだ。

 残る紙で試したが、やはり同じようなことになり、困惑するしかできない。


「物を消す魔法かな?デリートとかイレイズみたいな名前の」


 もしやと思い、紙と共に持ち込んだぼろ切れ予備軍の服を握って魔力を通す……消える。

 薪を手に取って魔力を流す。やはり消える。

 置いてある薪に魔力をピッと飛ばす。消える。

 小屋から出て地面の土もに魔力を飛ばす。

 ……少し地面が削れたようだ。

 自分の腕に触れて、魔力を通す。

 これは消えないし削れない。

 地面の草。生えてる物でも土ごと消える。

 虫……これは消えない。死んだ虫なら消える。


「生き物に直接攻撃は無理そうだな」


 いやまて。スクロールもどきが消えたから、魔法の効果が切れればもう使えないのではないだろうか。


「最初に紙を消すんじゃなかった……」


 何かしら工夫をすれば効果的な使い方ができたかもしれないのに、惜しいことをした。

 魔法陣の形は覚えている。しかし専用インクは一番安いやつでも、孤児が簡単に手に入れられる代物ではないはずだ。

 くそ、せめて紙を残しておけば……


「へ?」


 瞬間、手の内に紙があった。

 魔法陣が描かれた、先ほど消えたはずの紙だ。


「いやなんで?」


 もう一度、魔力を通すと紙はパッと消えた。

 もう一度、紙を求める。

 パッと紙が現れた。


「はぁ~~~~、なるほどね?」


 薪を求めると薪が現れた。

 ぼろ服を求めるとぼろ服が。

 地面の土を求めるとひと握りの土が。

 虫の死骸が。草の生えた土塊が。残りの紙が現れる。

 試しにパンや生肉、ボトルのお茶やプラスチックのスプーンなど、さっきまで持っていなかった物や存在しないだろう物を求めても、やはりそれは現れなかった。


「新しい魔道具じゃなかったんかい……」


 つまり新しい魔法だったわけだ。

 この魔法陣を使えば物を魔法でできた鞄マジックバッグに出し入れできる。

 認識すると、脳みその内側に映像が結ばれるように「入れ物の蓋が開いている」という感覚があると気付いた。

 そこにぼろ服と薪を入れるように考えると、正しくその二つは消える。そして「入れ物の蓋を閉じる」と、パチンと聞こえない音がした。

 そうすると、ぼろ服や薪のことを考えても「入れ物の蓋に手を掛ける感覚」がするだけですぐに出てはこない。いや、本当に出すつもりならすぐに出そうな感覚ではあるが。

 逆に、手に持っている最中の薪や虫の死骸に、いくら魔力を通しても消えることはなかった。


「あ……何度でも使えるんだ」


 マジで収納の魔法じゃんよっっっっしゃ!!!!!


 頭の中の入れ物を開いたり閉じたり。

 手持ちの品を入れたり出したり。

 一度「入れ物の蓋」を閉じれば、再びスクロールもどきを使わなければ蓋を開けられないかもしれぬと思い、いらないもので試してみたが、どうやらこの魔法自体を私が覚えている状態なのだろう。

 あまりの幸運。

 まさにご都合主義。


「え、大丈夫かなこんな便利な魔法が使えて」


 私はにやけた顔を戻せないまま、新たに得た魔法のスペックを明け方まで試し続けた。

 そうして分かったことがある。


 この魔法は物を収納する時に魔力を使うが、出すときは魔力を必要としないこと。

 使える魔力さえあれば収納する容量の限界はなさそうなこと。

 液体や気体も、遠隔でも魔力が触れれば収納できるが、なぜか動く生き物は無理であること。

 蓋の開閉で考えなくても、慣れてしまえばポケットに入れたり出したりする感覚でも使えるし、蓋を開閉するワンクッションも必要なくなること。

 水分の多そうな花びらや柔らかい葉っぱで試したが、それらを入れると時を止めたように保存され、数時間後に出してもしおれている様子などはないこと。


 以上のことから、このご都合主義な魔法を『収納ポッケナイナイ』と名付けることにした。

 だってこれ、私に所有権がない物品までもホイホイ手に入れることができてしまう魔法だからね。

 そりゃあ開発したフィカス商会も秘匿するよ。この魔法はヤバい用途の対策ができない限り、社会的に禁呪みたいなもんじゃない?


 そんな素敵過ぎるヤバ魔法を手に入れた私は、とりあえずいきなりヤブ医者を止めるのは危険だと判断し、次の日曜日も酒場ラブホに向かった。


「坊、何した。客が来てるぞ」

「まじかー……どんな?」

「男が四人だ」


 いやヤブ医者までの接触が早くないかフィカス商会。



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