第9話 お役目を果たした転生者


 ルドルフの手のひらにのった透明なジェルの塊からオッサンの指が生えている。

 そして同じ指はオッサンの手からも生えている。

 透明なジェルはスライム軟膏という塗る絆創膏みたいなもので魔物狩人御用達の一品だが、間違ってもオッサンの指を植えておくものではない。

 そしてオッサンの手は指が生えているべき場所だが、その指は刈り取っても新しくホイホイと生やすものではない。


 だって面倒だから。


復元リストアって複雑な物を治すほど魔力吸われて大変なんだからな……」

「複雑です?教会で指を生やすくらい良くある話じゃないですか。たしかに新しく生やした指はしばらく冷えが酷かったり、感覚が鈍いままで動かしにくくなるとは聞きますが」


 それ、もしかして神経とか血管を意識せず、適当に治した結果ではないのかな?

 指先は人間にとって大切な機能だから神経が多いらしいのだけど。この世界の人は肉と骨と皮だけ生やせばおっけーとか思っていないですか?


「なんですかその視線」

「いいえ、べつに」


 まあ支店長オッサンみたいな他人の指をそこまでマジになって治さなくても良いのか。


 指を切られて生やされたのにぐうぐうと眠っている支店長の、きちんとしたマットレスが羨ましくなるようなベッドの下から引っ張り出されたのは衣装箱。

 入れ物型の魔道具には革張りが普通なのか、これもまた革と刺繍と魔石で飾り立てられた一品だった。しかし値段に差があるのは明白で、こちらの方が装飾の密度が高い。


「これが魔導金庫マジックチェストちゃんですか。貴族とかが持ってそうな外装ですなぁ」

「ただの贅沢ではなく、この刺繍ひとつひとつが、魔法の効果を定着させるためのものだそうですよ」

「機能美というやつか」


 ルドルフは丸い鍵穴にオッサンの指を突っ込むと、その指に対して何やら魔法を掛ける。するとカチリという音と共に鍵穴が光り、問題なく解錠されたことを示した。

 いやアッサリ過ぎるだろ。簡単に開いちゃったよ。


「え、何の魔法使ったのさ」

「秘密ですよ。念のために言っておきますが、ただ生の指を突っ込んで魔法を使うだけでは開きませんから」

「うわ、気になる……」


 ほんとスリよりこっちが本業にしか見えん。

 どうやって私のひとつ下、つまり六歳でこんなことできるようになるんだ?

 主人公ルビアちゃんより絶対スペック高いでしょ。

 現地モブでも天然の天才って居るもんだなぁ……ってことにしておこう。

 もしや転生者か?とは思ったけど、転生者でもこの態度では、向こうに明かす気はないってことだろう。

 もちろん私も明かさないし、面倒だからパス。

 結果として役立てば何だって良いんだよこういうのは。


「じゃあさ、じゃあさ、持ち帰る金貨は全部譲るから仕組み教えて」

「金貨はどれほど持ち帰れるか分かりませんから」

「プラスで、魔導鞄マジックバッグが一つしかなかったら譲る。二つ以上あったら私は一つしか貰わない」

「うーん……ヒントなら」


 疑惑のルドルフはオッサンの指が植えてあるスライム軟膏の塊を指差した。

 ぷるぷるとただ柔らかそうに見えるが、切り口からの出血はしっかり止まっている。湿潤療法に最適で、絆創膏としてかなりの優れものだ。薬としての軟膏を作るときの基剤ベースにもなるんだとか。

 で、これが?


「普通のスライム軟膏のように透明に見えますが、これはとある加工を施した粉末魔石を練り込んであります」

「透明な魔石ってあったか?……ああ無属性の、そうかそうか」

「分かりましたか」

「じゃあさっきの魔法は何でも良いんだ。正しくは鍵になる指にんだね。そんで鍵が開くのは、ろ過された魔力が指を通してオッサン本人のものに近付くから」

「理解が早い。ちょっと言いすぎましたね」


 無属性の粉末魔石は適性検査に使う中でもメインの材料だ。

 魔物の魔力をしっかり抜いてあることから通称で無属性と呼ばれている。個人でできる加工じゃないが、適性検査以外の使い途もあるから普通に流通しているはず。

 もちろんスライム軟膏も。

 それを組み合わせて自分の魔力をろ過し、持ち主の指を通して本人の魔力と誤認させる。


 乱暴に例えるならば、泥水から浄水器でキレイにした水を作り、そこからまたドリップコーヒーを作るようなものだろう。少なくとも私はそう理解した。


「でもさ、これで開くなら魔導金庫の鍵ってガバガバ過ぎない?セキュリティ大丈夫か?」

「……普通は本人を脅して開かせますよ。この通り、ただ切り落としただけの指や死体の指では無理です」

「そうは言っても材料の入手難易度が低すぎる」

かなめはアイデアですから。それに、この指も鮮度が落ちて明け方頃には使えなくなりますし」

「それが分かるくらいヤったことあるんかい」


 もしかして、ちょくちょくあるような頻度で指を失くした職人や魔物狩人を名乗る男性が、私のところに怪我を治しに来ていたのってまさか。


「ほら、さっさと中を見ますよ」

「アッハイ」


 ルドルフくんが思っていたよりやべーやつだったのは脇に置いといて。

 とりあえず開いた箱の中を覗き込む。すると中身は書類がほとんどで、金貨は普通の巾着袋ひとつに纏められた分しか見当たらなかった。

 そして魔導鞄のようなものも見当たらず。


「……どうする?書類とか模造イミテーションしとく?」

「かさばりそうなんでいいです。ちょっと目だけ通しておきます」


 その間に部屋の中を色々と見てみたが、気になる品はあっても目的の品は見当たらなかった。くそう。

 暇だから彼が読み終わったっぽい書類を模造イミテーションして胸と反対側の背中に挟んでおくか。

 模造品は壊れたら消えるって言っても、ジャンプの半分くらいの厚さがあれば多少はガードになるかも。かもしれない運転。


「ダメですね。重要な契約書とか、まあ貴重な書類ですけど、新魔道具に関係しそうなものはありませんでした」

「はっや、速読までできるんかい。もう学校行く必要ある?」

「学歴なくてどうするんですか。あなたバカですか?」

「はい、その通りでございます」


 六歳に正論をいただく中身アラサーって終わってんな。わはは。


「じゃあもう地下に行く感じ?」

「そうですね。地下にも無ければ……時間があれば三階の倉庫も見ましょうか」

「せやな」


 物を元の配置に戻し、支店長の居住スペースから出た。

 廊下で寝返りを打っていた見張り番にルドルフが追加で眠れるよう水魔法を掛け直し、階段を下りる。

 一階には二人の見張り番が居たが、二階の彼と同じ末路を辿って貰った。

 そして地下階に続く、広くてやや長い階段へ。


「え、見えるだけで警備が五人もおるんじゃが」

「そりゃそうですよ。普通、魔導保管室マジックルームには盗まれたり壊されたりしたら、責任者が吊られるか店が傾くような物を入れておくんですから、厳重にもなります」

「だからって急に警備エグくなり過ぎだわ」

「まあこの規模の保管室からすると過剰とも言えますから、やはり普通以上に守りたい物を入れてあるとは思いますが」


 地下に続く階段の先は、魔道具の照明らしき白い光に明るく照らされていた。もちろん見張りもバッチリで、精悍な雰囲気の男たちが仁王立ちのまま微動だにしていない。

 二階や一階の見張りも真面目にやっていたが、隙のなさだけでも明らかにこちらが上だと分かった。


 確かネットに転がっていた話によると、軍隊の整列でも基礎ができてないと立ち続けているうちに揺れちゃって、ビシッと決まらないんだとか。

 え、え、つまりここにおるんは基礎から鍛えた戦闘のプロな方々って可能性が高いわけかい?

 やばじゃん。


「あの人たち明らかに強そうだけど、魔物狩人っぽくないよね。雰囲気とか」

「は?……まず店内に魔物狩人ゴロツキなんか置いておいたら翌日には店主が死んで、店からは金目の物が全て消えますけど」

「えっ、そうなん?……仕事だし、契約とか」

「もしや魔法契約のこと言ってます?信用もなく身元も怪しい相手に金を掛けて魔法契約するくらいなら、まず自分の人材から警備を出すか、信頼がある人から紹介された人材と魔法契約して長く使いますよ普通は」

「エッ、ウン、ソウダヨネ」


 ごめんて。なんかこう、ファンタジー冒険者概念中堅ネームドはだいたいプロ派遣のキャラに脳味噌が吸い寄せられちゃってるみたいでさぁ。

 さっきから正論で全身なます切りですわよ……。


「とりあえずさ、あの人らってすんなり眠らせられるのかな?」

「先ほどまでのようにはいかないでしょう。ですが僕に良い考えがあります」

「さすがだね」


「さ、頼みますよチャバネ。本当の役目です」


「は」




 そして私は一階から蹴落とされた。




 何かで察知しているのか、階下にいる男たちの視線がこちらを向く。

 殺気としか言い様がないものが突き刺さる。

 視界がゆっくりと流れ、階段に身体を打ち付けている真っ最中なのに痛みは遠く、時は長く引き伸ばされ。


「るっ……!」


 ルドルフと怒鳴ろうとした息が詰まる。自分のものであるはずの魔力が喉で渦巻いた。

 なるほど誓約スウェアによる制約だ。

 私は『ルドルフが今夜フィカス商会に侵入したと分かるようなこと』を誰かに聞かせることができない。


 くそが。おとりにしやがったな。

 あとでころす。


 怒りのままに増強ブーストしようとして、しかし上手く掛からない無様さにまた苛立つ。

 冷静にならなければならない。ルビアの肉体に支援魔法を掛けるためには客観が必須なのだ。

 感情をすぅ、と後頭部に集める。

 この落ちゆく肉体を、増強ブースト増強ブースト増強ブースト増強ブースト硬化タファン硬化タファン硬化タファン硬化タファン……より魔力を込められ、重ねられた魔法に強まる力。


「侵入者不明数!」

「剣なし杖なし!」

「暗器警戒!」

「魔力あり!魔法使い!」

観察サーベイで抜けない偽装!」

光条レイ!」


 軋む体に繋がる糸を引くよううごかす。

 降りるには長く、落ちるには短い階段の半ばで体勢を立て直す。捕まれた壁が、踏み込まれた床が過剰な力で割れる音。

 駆け上がってくる男の構える切っ先を何とかかわす。しかし瞬きの間に魔法の光が肩を掠め、皮が焼ける感触は痺れに似た熱。

 飛び上がり天井に片手をついて、粘着アドヒーシブで下半身を引き上げ、足裏を天井に。

 手を剥離リムーブし、思い切り天井を蹴る。腰から抜いた安価なナイフに硬化タファンを掛けながら男の眼球を狙う。


炎針スピア!」

「消音使ってやがるなコイツ!」


 見え見えの軌道だったようで、すんなりとかわされた私の腹に炎が貫通する。鎮痛が必要ないほどにアドレナリンが分泌されている自覚を抑えて鎮痛セダティブ、そして復元リストアに魔力を込める。

 しかし背後に回り込んでいた男に蹴飛ばされ、今度は別の男の剣で腹を串刺し。魔法がなければ蹴飛ばしで死んでいたほどの威力ゆえ、根元までぶっすりと情熱的に刺さり引き抜けない。

 壁を蹴り、横に腹を引き裂くように脱出。骨すら断つ剣の切れ味に救われながら再び復元リストアする。

 ダメだプロ連中に勝てる要素があるわけねぇ。


「ヤベェ回復使いやがる!」

「無詠唱かよくそが」

「見えないが重さはガキだぞ!」


 効いてくれ暗視ナイトヴィジョン!!!


「ぐあ!!!!!」

「クソ!!!」


 地下階を煌々と照らす魔道具の光に、たっぷりと魔力がこもった暗視をばらまかれ、男たちの目は焼かれる。

 彼らが自分で使った支援魔法ではないから、効果切れの前に解除しようとしても魔力で押し流すしかない。しかし私の魔法は込めた魔力が多いために重い。

 すんなり解除はできないだろう。油断もできないが。


「いねぇ」


 命に等しい時間を稼いで飛び上がるように一階へ戻るが、ルドルフの姿はない。

 どうせ同じ孤児院に居るのだから問題はないと怒りを飲み込み、ドアを蹴破るように商会を出て、塀を飛び越える。

 そして孤児院とは別方向になるようギザギザのルートでひた走る。

 追いかけてくる気配が無いとようやく思えてから、街を流れるミフス川に飛び込んだ。

 川の流れに沿って泳ぎ、洗濯場が見えたらそこから上がる。


「っくしょーい!!!」


 国内でも温暖なこの地域。雪も溶けているが、しかし三月末はまだ寒い。


 途中で寄った共用井戸で川の水を洗い流す。

 ミフスは糞尿垂れ流しな川でない。しかし洗濯などの生活用水的な使われ方はしている。

 正直めちゃくちゃ冷たくて痛いレベルの井戸水だが、汚れをそのままにはしたくなかった。


「ファンタジー飲料水用の井戸だから大丈夫なは、は……はっくしょいぁー!」


 井戸水も場合によってはアウトなのがリアルだが、ここはファンタジー世界。

 井戸の底には浄水の魔法陣が刻まれているらしい。ありがたや。


 そんなこんなで時間を掛けて服と体を乾かしつつ、追手が来ていないか気を付けながら帰宅した私だが、どうやらかなり体力を使っていたらしい。

 増強と硬化以外の魔法を解いて、まだちょっと湿ってる服から乾いた服に着替えてベッドに潜り込むと、ルドルフがどうたらこうたらと考える前にスコンと寝落ちた。


 そしてそのままキツい風邪を引いた。


 くそ、自分に快復キュアしようにも集中できない!!!解散!!!



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