第8話 富裕層お宅訪問の転生者
「良いですか?商会への窃盗は捕まれば奴隷か死罪です」
「ふんふん」
「ですから、見つかった時点で逃げます」
「別々に、だっけ」
「そうです。追手を二つに割けますし、どちらかが捕まっても恨みっこなしにしやすいですからね」
「せやね。片方が捕まったら後日助けるのは」
「危険なので、絶対になしです」
ルドルフはそう言って新しい魔法を教えてくれた。
お互いに
「多分あなたなら誓約も使えるでしょう」
「支援魔法の適性は自慢できるほどあるからねぇ」
効果は「一人につきひとつの約束を強制的に守らせる」というもの。
使い勝手もそこまで良いわけではないから、この魔法を参考に開発された契約系の儀式魔法や魔道具の方が広まっているそうだ。
「奴隷紋なんか、まさにコレの発展系ですよ」
「なるほど。だから犯罪奴隷が制度化できてるのか」
ルドルフくんはアングラ物知りやなぁ。
「これで、捕まってもお互いに情報を漏らせないようにします」
「ほぉん。でもしゃべれないといつまでも尋問されたら嫌だし、お互い偽名しか知らない顔見知り同士の犯行ってことにしとこうか」
「いいですね、それ」
じゃあルドルフの偽名はドブネズミね!
私はチャバネゴキブリのチャバネで。
「なんでまたそんな名前に」
「や、バーガンディは洒落てるから使いにくいし、君はクロネコにしようと思ったけど特徴そのままだし」
「というかチャバネゴキブリなんているんですか」
「これ故郷のゴキブリなんだ~」
「故郷のゴキブリ」
しかし完遂の条件が無い場合、今やっているように「今回限り」みたいな期限や出来事を限定しないと一生ずっと誓約が解けず、何でもないのにお互いのことを他人に話せなくなるので面倒なんだとか。
ほんと使い勝手悪いねコレ。
『『我が身に結びたまへ脈々と
私もルドルフも、これでスウェア商会への窃盗に関することだけは他人に話せなくなった。あとはもう、侵入時に捕まらないよう頑張るだけだ。
そして今日はもう孤児院の門限が近ため、とりあえず帰らねばならない。
「やはり門限近くか……いつ帰宅する?私も同行する」
「は?」
そこは「孤児院」と答えて欲しかったが、転生者でなければ無理な話か。
「同行してどうするんですか。というか僕の住んでる場所は孤児院だとご存知でしょう。来られても困りますよ」
「……適当に言っただけだから気にすんなよ」
ジト目のルドルフと来週の夜に落ち合う約束をして別れ、違う道を通って同じ孤児院に帰宅した。
ウケる(笑)。
さて、そうして一週間をつつがなく過ごし、下見の当日。
私は孤児院から抜け出そうとするルドルフの目を盗んで、孤児院から抜け出した(笑)。
待ち合わせ場所は屋台通りの路地の一画で、
酔っぱらいの間を抜けて、問題なく到着する。
先に出発していたルドルフの方はもう着いていて、
しかし近付いてもこちらを見ることなく、何やら考え込んでいる様子。
私の方が魔力が高いので、こちらから偽装や消音を解かないと姿や音を認識してもらえないのだ。
「やほい」
「っ!驚かさないでくださいよ……」
「いやぁすまんね」
「
「うん、便利。ありがと」
「これから必要だから教えただけですよ。しかし本当に支援魔法なら何でも使えるんですねぇ、あなた」
お互いに問題なく認識できるよう、偽装と消音を掛け合う。
こうした裏ワザは本にも書いてないし、ルビアちゃんの記憶にもない。貴重でありがたい情報だ。
「商会の間取りは僕が知ってるので従うこと。魔道具と金貨以外の余計な物は盗みません。良いですか?」
「はーい」
「先週に教えた
「もちろん。まだ模造した石は残ってるよ」
「素晴らしい。では行きましょう」
この計画における私の役割は、
魔法で造られる模造品はショボければ数分、普通でも数時間で霧散してしまうが、魔力をたっぷりと使った贅沢な模造品は数日ほどもつという。
ちなみに適性が悲しいルドルフの模造品はどんなに頑張っても数分で消えるそうだ。だから私の造った石ころが一週間も存在していることに、彼はかなり喜んでいる。
「今思ったんだけどさ、これで食べ物とか金貨を増やせぬか?」
「壊れたら消えるから食べられません。貨幣は模造防止に色々やってるらしいので無理ですよ。僕も銅貨程度ならと思って写したら、魔力が全て吸われて石のコインができました」
「ありゃま」
世の中、上手くいかないものだ。
歓楽街から商店街へ向かい、さらにその中でも余裕がある世帯の住むエリアに入る。
シオルトの代官である何ちゃら子爵とやらも、ここからもう少し離れたよりハイソなエリアに住んでいるそうな。
そんな中流と上流の境からやや上流側に、フィカス商会の支店はあった。
「さて、行くぞドブネズミ」
「……マジで使うんですかその偽名」
「行くぞドブネズミ」
「分かりましたよチャバネ。その前に、偽装を抜かれた時のためにこれかぶってください」
「ずだ袋の強盗マスクやんウケる」
一般的な平民が住む家と違い、カネモティやコガネモティが住むこの区画は小さくとも庭付き戸建てが基本で、商店も相応にゆとりあるサイズをしている。
フィカス商会も庭があり、洒落た装飾に見える返しの付いた塀に囲まれていた。敷地内には地下一階と地上三階の建物、物置、そして馬車用の車庫が存在した。
姿が見えない馬は、城門近くの馬屋に預けているのだろう。さすがに庭先で飼えるものではない。
「庭に警備はおらんのか」
「屋内に居ると思いますよ。あまりに警戒し過ぎていると、無関係の人からも怪しく見えますので」
固く閉ざされ、来客探知の魔道具とやらが淡く光る立派な門を無視し、
ぶっちゃけ
返しの部分を上手く越えて、消音のおかげで何の音も立てずに庭へ降り立つ。
見上げた塀の内側にも返しがある辺り、侵入者を逃がしたくないのは丸分かりだった。
「どっから入るん?」
「こっちですよチャバネ」
指差す先、二階の窓枠にヒビが入っているのが見える。
あそこの窓を枠ごと外して入り込むらしい。
「外した窓はどうすんのさドブネズミくんや」
「そんなのチャバネが接着しておくに決まってるでしょう。帰るときに嵌め直しますよ」
「へいへい」
通いの従業員をしている商人の家から、色々と情報を集めてきたルドルフいわく、フィカス商会の建物は三階が軽い物の倉庫、二階は支店長の住居と事務所、一階が来客を受け入れる店舗、地下階が保管室と重い物の倉庫なのだとか。
つまりこれから入るのは、支店長が住んでて事務所が入ってる二階ということだ。大丈夫か?
「僕らの目的である魔道具は支店長の住む二階か、保管室のある地下階に置かれていると思います。金貨はもちろん金庫でしょうね」
「……保管室といえばさ、
そう聞くと、ルドルフはニマァっと笑った。
まあ、ここまで考えた彼がその部分だけ考え忘れているわけがないか。
塀と同じように壁を登り、消音をしっかり掛けたところでルドルフが器用に窓枠を外す。
物を蹴倒さないように室内へ入り込み、言われていた通り窓枠をもとの位置で接着しておいた。
この部屋は事務所のようで、机には書類や筆記具が置かれている。他にはソロバンに似た道具も置かれているが、形が違うのでソロバンを先に知っていなければ良く分からないオモチャにしか見えない。
「普通の書類しかありませんね」
「ああ、仕入れの計画とかね……」
「ですが、聞いた話ではこの事務所にスペアキーが保管されているようです」
「それを探して模造するわけか」
「持ち出すと記録が残る魔道具に入っているらしいので」
しかし事務所の机や棚にスペアキーは見当たらない。
首をひねっていると、壁際の本棚をあさっていたルドルフが手招きする。
近寄れば彼の手には、装飾を施された革装丁の厚くて大きな本がある。嵌め込まれた宝石は良く見れば魔力を含み、それが加工された魔石だと分かった。
まさかこれがスペアキーの入れ物か?
「エメリア」
ルドルフが魔石に触れながら人名らしきものを唱えると、カチリと小さな音と共に表紙が開いた。
「支店長の最近できた恋人の名前です」
「うっそだろおい」
セキュリティがばがばじゃねぇか
「触れないように模造してください」
「まかせろ」
ひとつひとつが窪みに納められた鍵を、ルドルフが指差したものだけ
それが終わると、本の形をした箱は当たり前のように本棚へ戻された。
「他には何か探すの?
「見付かれば軽くて吊るし首なのが新しい魔道具の報告義務違反ですから、こんな場所に証拠品はありませんよ」
「それもそうか」
ならばもう用はない。次は事務所から廊下を挟んで向かい側の、支店長の居住スペースだ。
ドアをほんの少し開けると、廊下から頼りない明かりが差し込んでくる。ランプに灯る火のオレンジは、廊下の突き当たりにある階段のあたりから光っているようだった。
「あの人に
ルドルフがドアの隙間から人差し指をそうっと出す。
私もその下から指を出す。
「おお、凄い」
「水魔法はこういう便利なこともできるんですよ」
水属性の
本来は魔物を眠らせたりぼんやりさせるために使われる魔法だが、人間には良く効きすぎるためにこうして即落ち睡眠状態になっている。
「一時間は起きませんよ」
「やったね」
さて、そうして入ろうとした支店長の部屋の鍵はスペアキーがない。同じ物を作れないよう魔石が使われた一品ものらしく、もちろん模造も不可である。
どうするのかとルドルフの方を見ると、なんとポケットから上等な鍵を取り出したではないか。
「どしたのそれ」
「一回こっきりの使いきりなら、属性を抜いた魔石を使えばスペアキーは作れます」
彼がエメリアさんとお高い休憩所でしっぽりスヤスヤしている間に、魔石以外の部分を伝手に頼んでコピーしてもらいました……だそうです。
3分クッキ◯グの差し替えちゃうぞ。
これもう私の模造品いるか?いらんやろ。
「ほら行きますよ。あなたの出番はまだありますから」
「えぇ~?ほんとにござるかぁ?」
「ウザいですよゴキブリ」
支店長の居住スペースは書斎と寝室、そして給湯室みたいなスペースと、収納くらいしかなかった。
あとは、そこそこ良いお宿やコガネモティ以上の個人なら持っているという、備え付け型の魔道具である
「え、お風呂みたいなもんじゃん欲しい」
「お湯を大量に使う風呂の方が贅沢でしょう。これはお風呂が使えない代わりの魔道具ですよ。洗濯もできるそうですが」
「いいなぁ」
「備え付けだから外せませんよ。田舎では珍しいのも確かです。僕も使ったことはありませんし」
「使いたい」
「ダメ」
井戸水で体を拭いて、灰汁で頭を洗い、獣脂石鹸で洗濯する日常は疲れたのだわ。シャワー浴びたい。
でもたぶん、乙女ゲームの世界じゃなかったら道端にウ◯コが落ちてたり、もっと臭い風呂無し人間ばかりのガチ中世モドキな環境だったかもしれないのよね。
寝具や衣類も頑固な汚れが取れない程度の薄汚さじゃなくて、洗ってない汚さや虫除けハーブもろくにないシラミワールドだったかも。
「ほら、未練がましくしてないで仕事してくださいよ」
「ウッス」
で、何を模造するのかと問えばこの回答。
「支店長の親指を切り落としますから、
「マジかよやベーなドブネズミくんそういう人だったのか」
「魔導保管室とか開くのに、生きた指が必要だからに決まってるじゃないですか」
「こわ」
これ、私を誘わなかったらどうやって突破してたのさ。
「もちろん魔法で深く寝かせて、縛り上げてから問答無用で切り落とします」
「やべぇなおい」
「もちろんあなたのことですから、治癒系も使えるんでしょう?」
「あ、うん」
使えなかったらどうしたのかと問えば、やはり縛り上げて切り落とすから問題ないと言われた。
ひょえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます