第7話 ホイホイ誘われる転生者


 肉串を与えた少年だが、彼はどうやら私が同じ孤児院にいるひとつ歳上のルビアちゃんだと気付かないまま暮らしているようだった。

 そもそも彼の存在に気付いていなかった私が言えることは何もない。容姿は金髪碧眼セミロングから黒髪茶眼ローポニーテールに変わっていただけで、他は何も変わっていないのだが、気付かないときは気付かないものである。


「まあ普段から接点ないもんな」


 孤児院では、こちらは女ガキ大将のパワー系で、向こうは目立たず上手くやっていくタイプのようだ。向こうからすれば、ガキ大将やってる私には近寄りたくないのも納得だった。


「でもこの格好の時は寄ってくるのな」

「なんか言いました?」

「べつに」


 肉の串を奢られたのに味を占めたのか、少年は外向きで日本人カラーにした私が偽装カモフラージュし忘れているのを見掛けると、ホイホイ寄ってくるようになった。だから最近は、私の方から彼を見付けると偽装を解いている。

 なお彼は未だに私を男娼だと思っているが、ヤブ医者やってるなんて言えないし、面白いから訂正していない。


「ていうかさ、バカじゃないし逆に頭良さそうなのに、なんでスリやってるの?」

「さっきまでベッドで腰振ってた人がして良い質問じゃないですよ」

「だから男娼じゃないってばよ」


 少年は相変わらずスリをやっているようで、とうとうこの前は衛兵にボコボコ蹴り回されていた。魔法が使えるし腕前も良いようだが、回数を重ねればどうしても失敗だって増えるのだろう。

 さすがに死にそうだったので気絶してる間に治してやったが、その後も懲りずにスリしているあたり窃盗が癖になっているのかもしれない。

 足音を消音サイレントしてるのも癖になってるっぽいしな。暗殺者志望かよ。


「そんなことより何か買ってくださいよ」

「むかつく~」

「ほら、接着アドヒーシブ剥離リムーブの魔法を教えてあげたじゃないですか。勉強代ですよ」

「こっちも観察サーベイ治癒ヒールを教えたでしょうが。まあ治療系に適性ないのかショボい治癒だったけど」

「うるさいですね。僕はお腹がすきました。何か食べないと他の魔法は思い出せませんね」

「くそがよ」


 彼は長くやっているスリだけあって、実に実戦スリ向きの魔法を教えてくれた。う~ん犯罪臭。

 もちろん代金としてやたら飯をたかられるのは毎回のことだが、呪文どころか存在も知らない支援魔法を習得できるので、お互いに悪くない話だ。

 今も私からせしめた屋台飯の、小ぶりなジャガイモ丸ごと塩茹でした物を旨そうに食べている。


「……理由は金ですよ金。スリにそれ以外の理由ありますか」


 イモ代かな?急に答えてくれるじゃん。


「金って結局は手段だよね。その金で何してんの。飯代よりは稼いでるじゃん」

「そんなあんたは売春で稼いでますけど、その金は何のために?」

「売春してねぇわ。金は将来のため、先立つものを買うための貯金だよ。身長が伸びたら魔物狩人になるつもり」

「攻撃魔法が使えないんですから、今の方が稼ぎが良いんじゃないですか?」

「こんにゃろーめ」


 男爵令嬢になる未来があるから腰掛け魔物狩人だよ、とかさすがにアタオカ過ぎて言えねぇわ。

 まあね、もしも男爵令嬢になる未来が来なくても、教会で神官を目指さない場合は、どっか良さそうな学校に入るための金が必要になるからってのもあるよ。


「僕はね、この魔力と頭で稼げるようになるために学校に通うんです。最低限のことしかやらない教会学校とかじゃなくて、ちゃんとした学校に入るんですよ。だから入学金とかいろいろと必要なんです」

「ほぉん。だから現金収入で金遣いが適当で、よそ者も多い魔物狩人からスってんのね」


 魔物狩人ゴロツキに捕まれば、下手したらその場でぶっ殺される。打ち所が悪ければ死ぬかもしれない暴行を受けるが、衛兵を呼ばれた方がまだマシだろう。

 ハイリスクハイリターンな選択だった。


「あなたもバカじゃないんですから、魔物狩人ではなく学校を目指してみては?」

「せやな。魔力もあるし、王立魔法学院でも目指してみようかな」

「そんなとこに入れそうな平民は貴族の使用人か騎士爵非世襲の子供かド天才でしょうね」


 鼻で笑われたので、あげようとした冬リンゴを自分でかじる。

 冬になるから冬リンゴ。凍らないようにか、実が甘く、皮は黒くて厚い。普通のリンゴより前世の味に近くて好きな果物だ。


「僕のリンゴ返してください」

「図々しさの天才かよ」

「孤児が遠慮して得がありますか」

「損しかねぇわな。ほらよ」


 こういう気さくな会話がポンポンできるから、楽しくてつい飯を食わせてしまうし手放せなくなるんだよね。外だけで後腐れもない楽な関係ってやつ。

 向こうが男扱いしてくるせいか、私が歓楽街で活動しているからなのか、何か引っ張られてワイルドな言葉使いなってしまうが、これもまた楽で良い。

 おんなのこ~~してると、女の子の態度をしないと失礼なヤツ扱いされるし、したらしたで舐められるからめんどくさいんだわよ。


「学校行くんならやっぱ街から出てくの?」

「シオルトには教会学校以外ないんだから当然でしょう」

「どこの街に行くのさ」

「やはり学園都市でもある王都が良いですね」

「まあ土地に根差さないことなら何でも学べるらしいからね」


 ソルシエラは円形の国だ。真ん中に行くほど安定していて豊かに栄えているから、王都で教育が盛んなのも納得できる。

 そういう場所なら奨学金制度まではいかないが、特待生とか支援みたいなものもあったりするのだろう。

 けれどそれは確定で手に入る金じゃないから、彼が自分で何とかしようとしているのも理解できた。


「じゃあ旅費とか生活費だけじゃなくて、王都の市民税も必要だね。いくら凄腕でもスリだとキツくないかな?」

「……」

「もしかしてデカいところに盗みに入ろうとか思ってる?」


 別に私の察する能力が高いわけじゃない。むしろ前世のことを思えばそんなに優れていない自覚がある。

 けれど、ろくでなしやクズの考え方は何となく分かるのだ。同じ穴のむじなというやつで、もしも私にチート魔法スペックがなければ、彼と似たようなことを考えていただろうから。


「手伝ってくれませんか」

「……え~、犯罪だしぃ~~」

「スリしてる僕を突き出さないのに、思ってもいないことを言うのは止めたらどうです?」


 なんでまた私を誘うのだろうか。コイツなら単独でも充分な気がするのだが。


「僕より魔法が使える人だからですよ」

「もしかして、ガチの窃盗犯を突き出さないと思われてる?」

「そうでしょう?あなた、面倒で得にならないこと嫌いですからね」

「ばれてーら」

「もちろん僕の誘いにはちゃんと得がありますよ」


 少年はにんまりと笑った。金色の目がたわみ、弧を描く様子が髪色と相まって黒猫みたいに見える。

 クロって呼ぶかな。いや、まずコイツの名前なんだっけ。聞いてないから知らないわ。


「そういえばさ、聞いてなかったけど、名前は?」

「今さらですよね。ルドルフですけど」

「ま?その黒猫カラーでルドルフはズルいっしょ」

「何がズルいんですか失礼な。そんなあなたは?」

「あー、俺の名前はイッパイアッテナ……ふふっ」

「は?」

「まあ好きに呼びなよ」


 いやあ、ルドルフとイッパイアッテナは名作だからね、引きずられるのも仕方ないよね。

 これから泥棒する予定だから、ルドルフって名乗られなかったらホッツェンプロッツの名前をお借りしても良かったんだけどね。へへへ!


「頭が黒くて赤茶色い目……」

「なんて名前にすんの」

「ゴキブリ!」

「ころすぞ」


 そこらに捨ててある割れたワインのかめを拾ってぶん殴るふりをする。べしっべしっ。

 汚れがつくから止めろと叩き落とされた。痛くしない代わりに汚してやったんだよ。

 まったく失礼なやつだ。


「ドブネズミって呼んだろか?」

「嫌です。……目の色から、バーガンディで」

「バーガンディ?」

「魔物狩人になるんでしょう?あいつら安ワインで酔っぱらいながら、金持ちになってバーガンディのワインを飲みたがってますからね」

「ほお。ワインガメからその発想……採用で」


 偽名としては申し分ないから良いとして、気になる部分はある。そもそもバーガンディはブルゴーニュの英語読みではなかろうか。

 まさかワインで有名なバーガンディ地方とかあるのか?

 あってもおかしくないけどね。世界の設定がそもそもユルいファンタジーな乙女ゲームだし。


「じゃあ何処に盗みに入るか教えて」

「断るつもりで名前の話題にしたのかと」

「いや名前は気になっただけ。お誘いは得があるって言ってたから参加するつもりだったよ」

「その話はなかったことに……」

「冷たいこと言うなよ友達だろぉ?」

「えっ」

「えっ」

「あ、はいトモダチですよね僕ら」


 まあ知ってるわよ。しょせん私はルドルフからすれば飯を集る相手でしかないのさ。

 友達だろぉ、ってちょっと言ってみたいセリフだったんだよ。ほら、ヤンキーが絡むときに使うセリフっぽくて面白いじゃん。


 気分を切り替えて、コイツを誘って大丈夫だったのか、という顔をしていたルドルフから狙う獲物について聞き出す。

 彼は保身もしっかり考えているようで、後ろ暗いことをしていると噂の、大きな商会の支店とやらを狙っているらしかった。


「開発した魔道具や新魔法を国に報告せず、秘匿することが重罪なのはご存知ですよね」

「いやご存知ではないですが」

「おや」

「まず魔法って開発できるんだ」

「そこからですか。まあ、貴族か大商人が金や人を注ぎ込んで、成功すれば大当たり、失敗すれば……という話ですから、平民には関係ないですけど」


 急に判明する新事実。いやたぶんニュアンス的に新薬開発みたいなエグい難易度のやつやな。

 てっきり違法な品でも扱ってる程度の話かと思ったよ商会だし。

 ていうか私以上にアングラに関わる知識を蓄えてますよねルドルフさんや。


 彼の話をまとめると、そのフィカス商会とやらは数年前に王都に本店を移したばかりの、今を輝くやり手の商会なんだとか。

 もとは地方貴族の御用商会をしていたのだが、その貴族が魔道具を改良する研究でかなりの成果を出した。そして貴族が中央に呼ばれたのに便乗し、上手く力を付けたそうな。

 地方でやっていたとはいえ、貴族相手の商売にも慣れている。研究で必要だった魔法素材の扱いも得意ということもあり、こうして余力で新たな地方その貴族の領地ではない土地に店を持てるほどになった。

 その貴族だけに依存するのを止めたんやろなぁ。


 で、フィカス商会が地方に店を構えたのはその土地の産物を扱うためってのが表向きの理由。

 本音としては自分らが開発した魔道具が中央の連中にバレないようにするため、らしい。

 ファンタジー世界にも産業スパイっているのねぇ。


「そういえば、その魔道具って出世した貴族の成果とは関係ないの?」

「ものすごく関係があるから必死こいて隠してるんですよ」

「ああ、研究を勝手に流用したのね」

「原理からパクってます」

「わお」


 ていうかさ、そういう情報ってどっから引っ張ってきたのさ。もう絶対にそれフィカス商会の内部情報じゃん。


「スリなら魔物狩人、空き巣なら商人を狙うのが定石でしょう?」

「やだー、もう空き巣は経験者なのかい」

「商人の寝床って色々とが多くてつい……」


 もう本業じゃん。わざわざ孤児院にいるのは私と同じく将来のために、身元を明らかにしておく意味しかなさそうだな。


「じゃあ狙うのはその魔道具なのかな?」

「ええ。でもメインは金貨ですね」


 まあ金貨は大切だよね。持ち運びのためにも私を誘ったってのがありそうだけど。


「金貨を貰うのは良いけどさ、保管はどうする?学費やら何やら必要になるから大金だよね。ずっと持ち運ぶのは無理があるよ」

「それは大丈夫です。大商会の支店なら……まずフィカス商会の支店なら最低でも『魔導金庫マジックチェスト』が置かれていないわけがないんですから」


 え、なにそのそそられるワードは。


「その貴族……アルバリオ子爵が改良して出世した魔道具ですよ」


 もとは『魔導保管室マジックルーム』という、大きめの部屋を丸ごと設置型の魔道具にするものだったそうだ。様々な魔法や魔道具を複雑に組み合わせて作るもので、設置には多くの資金だけでなく、場所の広さも必要となる。

 主な効果は「部屋の中の空間を最大で10倍にする」「壁や天井や床をぶち抜いて侵入できなくする」「建物ごと部屋を破壊しようとしたら爆発する」「正しい方法で開錠しない侵入者を押し潰す防犯機能」など。

 城や商会、組合のような大きな建物の地下室で使われ、金庫や貴重品保管庫にされているのだが、それをアルバリオ子爵は大きな箱のサイズにまで小型化することに成功した。


 魔導金庫マジックチェストの誕生である。

 部屋から箱までサイズ基準は小さくなっているし、正しく開かないと手が吹き飛ぶレベルまでセキュリティが落ちているらしいが、その分だけ運用コストはかなり軽くなっているそうだ。

 もちろんサイズダウンしたことにもメリットがある。

 馬車に積んだり自分の部屋に置けるから、カネモティに人気で広まってるんだとか。

 

「で、話によると商会の魔法使いがもっと小型化に成功したらしいんですよ」

「ほうほうほうほう。続けて」


 もしかしてマジックバッグみたいな?

 だったらめちゃくちゃ欲しい。金貨より欲しい。


「鞄サイズで5倍は入るらしいです」

「マジックバッグじゃん」


 正解しちゃったな。

 なお、セキュリティはカバンに物理的な鍵をつけないといけない程度まで駄々下がりしているし、部屋や金庫と比べればカバンの強度なんかたかが知れているそうだ。

 けれど、多くの物を手頃に持ち運べるのはそれだけで利点となる。


「めちゃ欲しい」

「でしょう?」

「金貨いっぱい詰めてからもらっちゃお!」

「ええ!」


 もしも『魔導鞄マジックバッグ』がその場になかったら、金庫の方に金貨を詰めて運びだし、埋めて保管するつもりなんだとか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る