第5話 話が脱線しがちな転生者


 ソルシエラ王国テンクルテア伯爵領、シオルトの街。

 ラシェール記念孤児院に住むルビア(七歳女児)の朝は早い。


「いや早すぎだろ朝5時に鐘を鳴らすな」


 くそねむい。ああ、くそねむい。くそねむい。

 今日は日曜日なので、近所の教会に朝からお祈りにいかにゃならんのだ。

 貴族やカネモティなんかは自宅に礼拝所を作って昼頃に家で済ませているらしい。うらやま。


 うん。マジの日曜日だよ。

 日曜日に教会って言ったらキリスト教のパクリじゃん。曜日の設定からして雑だよね!

 と思ったが、ここは学園生活系の乙女ゲーム()から、チート女主人公の恋愛小説になった世界だ諦めろ。

 カレンダーあたりがやけに地球臭いのは、主人公アリザリンいわくユーザーフレンドリーに分かりやすい太陽暦リアルカレンダーを使用して、設定をそれに合わせる方が良いと判断された結果ではないか、とのこと。


 だから今日は日曜日だし、一週間は月、火、水、木、金、土、日なのだ。

 で、それをどうファンタジー設定にこじつけたのかという話だが、これは攻撃魔法の属性で表現したという言い訳らしい。

 夜に輝く月の影から影魔法の月曜日、火魔法、水魔法、木すら切断できる風魔法の木曜日、金にまたたく雷魔法の金曜日、太陽のごとき光魔法の日曜日ってね。

 苦しいこじつけ多くないか?


 年や月なんかもっと適当。まず一年は365日。

 そして今年はソルシエラ暦2010年で、今月は三月なんていうガバ具合。おそらく主人公ヒロインや攻略対象のプロフィールに誕生日をつけてバースデーイベントやるためだろうな、というのは分かるのよ。

 そのくせ平民なんかは新年を迎えたら一斉に歳を重ねる雑さ。でも新生児を一歳からカウントする数え年ではなく、新年を迎えた回数でカウントする零歳スタートなので、満年齢でやってる貴族とそこまでズレていない。


 つまり貴族からすると、平民は全員の誕生日が新年という状態だ。もちろん平民だって自分の本当の誕生日を覚えてる人はいるけど、ふーんそうなんだ、くらいの感覚。貴族と違って新年と誕生日をまとめて祝う習慣だからこんなもんなんやろな。

 まあ、かくいう私も道程どうていでね……ではなく、普通に誕生日は新年で迎えて七歳になっている。

 しかし実はルビアちゃん本人の記憶によると、マジで一月一日に産まれているので笑ってしまった。名前も誕生日もデフォルトのまんま開始したデータかよ。


 ……さて曜日の話に戻る。

 攻撃魔法の属性が由来って話はしたけれど、実は宗教にも関わりがあるらしいのだわ。

 まず私が今、教会のベンチで他の子供と一緒ににゃむにゃむもにゃもにゃお祈りしているように、形式はまんまキリスト教のパクリ。

 日本の作品じゃなきゃ許されねぇし日本人でもキリスト教の方々はいるから完全には許されねぇ。


 なお崇め奉る対象はアブラハムの宗教の神聖四文字テトラグラマトンな神様に掠りもしない、黄金に輝く太陽神ソレーユと七つの羽を持つ山脈の蛇神シエーラの夫婦神にして魔法神。祭る時は必ずセットだぜ。

 キリスト教パクリの形式で魔法の神様を崇めるなんてロックな設定でけっこう好きだと思うが、たぶん原作の人、そこまでかんがえてないとおもうよってのが本当な気はしている。


 そんで西暦とほぼ同い年のソルシエラ王国は、名前で分かるかもしれんがバチバチの王権神授国家神様が王を定めた国だ。

 大昔、災いの満ちていた名もなき土地に住む信心深い男に、太陽神が降臨して攻撃の属性魔法と身体強化の魔法を授けた。同時に土地を守る山脈として顕現した蛇神が、その他の魔法を授けた。

 二柱の神は地上に満ちていた災いを呪詛として地下深くに封じた。魔法を授けられた男は神に感謝し、ソルシエラ王国として国を興した……という建国神話だな。

 なお神話によると魔物は封じた呪詛から漏れてくるばっちいやつだし、激レアさんな呪詛適性持ちの人は魔物からばっちいのが移った扱い。

 むしろ私が欲しい属性なのに。たぶん統治に不都合だから迫害されたんやろな。呪詛。


 ああ……ぼーっと考えてたら、今日も教師さんの建国神話のお話が終わりそうだ。


 ん?なんで教師かって?

 教会は学校も兼ねてるので神父や牧師さんではなく、教師さんなんだってさ。急にオリジナリティ出すじゃん設定。

 魔法が使えなくても頭が良くて人を教えられる信心深い人がなるのが教師で、回復魔法の系統が使えて人を癒せる信心深い人がなるのが神官なんだとか。

 なお信心深くない魔力なし知識人は、普通に学者や技術者としてカネモティの支援をもらったり学校で教授やったりできるよう頑張る感じ。


 まあ平民のインテリやヒーラーを野放しにはできないからね。魔物狩人が戦闘職の出世ルートなら、教会や学者系がインテリ職の出世ルートだね。

 こうして平民の実力をある程度は評価できるシステムと、宗教と教育が正しく機能していることと、反社会的な落ちこぼれを受け止めてすりつぶす魔物狩人システムがあることで長く統治してきたんやろなぁ。

 貴族キャラ連中が、乙女ゲーム的ふわっとファンタジー生活ができるように。


 話を教会に戻そう。

 教会は日曜日の朝っぱらから人を集めて説法する代わりに朝飯をくれる。パンと鶏肉入り野菜スープという、前世からすればシンプルだが今では美味しいご飯だ。

 だからみんなきちんと教会に通うし、余裕がある家庭は児童労働をさせずに、教会学校で基本の読み書きと足し算引き算を学ばせる。

 それ以上となると大金がなきゃ教育は手に入らないが、平民に対してここまでできる余裕があるのは教会が王国の下にあるからだろう。


 そんなありがたいご飯を食べ終えたら、有志は片付けと教会のお掃除を手伝う。なお孤児院からの子供らは普通に暗黙の了解というやつで、実質義務だな。

 信心深い有志の大人もいるから、掃除はそんなに大変ではない。そして太陽のごとき光の日曜日は、いくら貧乏暇なしの孤児でも休日だから、子供たちは掃除終わりを楽しみにしている様子。そわそわと、気もそぞろだ。

 もちろん私も楽しみだが、逆に丁寧に掃除をする。


 さて掃除が終わったら子供はみんな帰るのだが、私はまだ残る。

 男爵令嬢を経由して出家神官か脱走魔物狩人をキメる予定なので、ここの教会にもはや媚びを売る必要はないが、ルビアちゃんが育てて私が引き継いだ信用がけっこう使えてね。

 さっきの掃除もしっかりやっていた理由があるのだ。


「本日もよろしいですか?」

「もちろん。先週の本の続きを読むのかな?」

「はい。お願いします」


 というわけで借りたのは王国史のシリーズの一冊。

 平民が本を読むには高い金を出して買うか、図書館がある街ならお金を払って読ませてもらうか、教会で寄付を払って読ませてもらうかになる。

 基本的に読ませてもらう場合、平民は大人しか本を借りれないし、持ち帰るなんてもってのほか。

 ファンタジー中世モドキ乙女ゲーム世界の恋愛小説を再現するためか、植物紙や印字の魔道具みたいなものはあるらしいのだが、手軽に個人で本を読めるのはやはりガチ貴族かカネモティのみ。平民は教会関係者かインテリぐらいしか読みたがらない代物。


 だから子供の私では本を借りることができないところを、ルビアちゃんの積み上げた「お金は無い孤児だけど、良く手伝う礼儀正しくて本に興味がある子」という設定で、丁寧にお願いして午前中の間だけ読ませてもらえることになったのだ。

 なんせ将来は付け焼き刃の礼儀作法だけで学院の下級貴族クラスにドナドナされる予定だ。男爵家は田舎暮らしの平民モドキ代官から都会でバリバリ働いてる文官武官や兼業商人成り上がり勢までピンキリらしいが、求められる教養はクラスで同じ。

 つまりこのまま十歳まで無教養でいたら、スタート地点がマイナスどころじゃねぇんだわ。


 だからせっせと手近なところから知識の空白を埋めているわけです。えーと、1240年に隣国だったアントイシキラ王国からリヴェンティナ姫がロドリゲス王の正妃として嫁いだが、彼女は呪詛をもちいて王と側妃の息子を病にかけて殺したため、娘ともども火刑に処され、遺灰はオゼの地に埋められた。彼女が母国から連れてきた使用人43人は埋める前の遺灰と共に呪詛返しに使われ、オゼの地にてその儀式が行われた。後のオゼの大樹はその時に儀式完了の証として植えられたイトスギの若木である。

 ほぉん。昔から木材加工で有名なオゼ地方にこんな話がねぇ。


 悪女クソビッチがステータス上げという名の各種授業でテキトーぶっこいたり、主人公アリザリン相手に稚拙で杜撰な陰謀(笑)をやっていたのは、ルビアちゃんボディの天才頭脳を持ちながら孤児院で四年も勉強しないで男に貢がせる生活してたせいだろう。

 脳味噌がなまって前世の義務教育から抜け落ちたにちがいない。

 だって本を一回読んだだけで理解して記憶できる頭なんだからな。もったいねぇ。


 そんなこんなで昼の鐘が鳴って午前中が終わり、教会を後にして向かった先は、街の外縁部にある魔物狩人のエリア。

 街中でも治安がよろしくないこの地区には、魔物狩人組合コア・ハンターギルドや狩人専用の安宿ドヤ街や安い食堂や、街の人なんかもお世話になる歓楽街が固まっている。

 大人の男は良いが女子供は近付くな、と言われているような場所だ。


 武器と防具の店?そんなの普通シオルトの街には無い。魔物狩人組合が売ってるくらい。

 日本で言えば刀剣や銃をそこらで売らないようなものだ。もっと魔物の危険がある土地ならアメリカの銃みたいに街中で売ってるだろうけど。


 ちなみにゴロツキのハロワ的な魔物狩人組合お役所のひとつとは違い、他の職種の組合ギルドはしっかり徒弟制度を持つ職能集団である。ある意味、貴族も魔法使いの職能集団みたいなものなのは、王立学院なんてもんをこさえているあたりで分かるだろう。


 なんてことを考えているうちに、歓楽街の近くまで来たので偽装カモフラージュの魔法を自分に掛けておく。

 背景になんとなく溶け込めるこの魔法だが、本来は魔物にバレないように近寄ったり、森をできるだけ安全に歩くために使う迷彩に似た効果がある。

 だからこんな風に街中でも使い道はあるのだが、しっかり効いてると人が気付かずにぶつかってきたりするので、私みたいなやましい人くらいしか使わない。

 でもこれを使わないと美少女ルビアちゃんの顔面を丸出し露出で歩かなればならないので、不審者になるしかないんだよね。


 あとは増強ブーストして。そうそう、目と髪の色を変えておかないと。

 前世のカラーリングを再現リバイバルして……よしよし。青銅鏡で確認すれば、懐かしの黒髪と赤みが強い茶色の目になっている。

 そんで、最近伸びてる髪を後ろで雑にまとめれば完成。


「おやっさん居る?」

ぼんかい。裏から回ってきな」

「なんかちょうだい」

「冬リンゴとパンがあるからメリアに言って貰え」

「ありがと」


 目的地は休憩所ラブホと酒場が合体したこのお店。

 路地に面した裏口から入ると、店主の奥さんであるメリアが寸胴鍋でスープの仕込みをしていた。手が離せない彼女に挨拶し、黒っぽいリンゴと黒パンを持っていく許可をとる。

 二階の一番奥の部屋に向かい、ドアに引っ掛かった札を使用中の面にして、追加で赤いヒモを巻いておく。

 あとは物を食べながら部屋の中で待つだけだ。


「はいどうぞ」

「お願いします……」


 一時間もするとドアがノックされ、調子の悪そうな若い女性が入ってきた。




 うん、そう。

 いい加減、薪小屋でヤブ医者をやるのは限界だったから、こうして毎週日曜日に場所を借りることにしたのよ。

 助手や手下にしていた子は歳上が多くて今年で卒院しちゃったし、私の身長も110センチくらいから130センチくらいまで伸びてきたので、そろそろ魔物狩人エリアの下見を兼ねてというわけ。


 魔物狩人も通う歓楽街という立地だから患者には事欠かない。

 報酬は教会の神官より安めな野良ピンキリヒーラーの相場くらい。患者は追加で店主に部屋代も払わなければならないが、我ながら良い腕をしているので高い値段ではないはずだ。

 私からも店主にはショバ代を払い、夫妻の不調も治している。代わりに客の選定や評判のコントロールなどの、面倒で人脈が必要な部分をアウトソーシングできるので快適な関係だった。

 こうして稼いでだお金で、青銅の手鏡みたいな手回り品や食べ物を買っている。

 あとは魔物狩人になった時のための貯金かな。


 ちなみに店主が私をぼんと呼んだように、どうやらこの身長で胸が無い私は男子に見えるらしい。

 おかしいな。悪女ルビアは巨乳とまではいかないけど、普通に二次元イラスト由来らしい大きめの胸を攻略対象に押し付けていたはずだが。


 いや、まあね。

 ほぼ男社会の魔物狩人に登録しても目立たないだろうからね。良いけど。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る